第22話 ロレンテ伯爵の娘
ロレンテ伯爵の娘エステルは、ずんぐりむっくりの父から王家主催のガーデンパーティーは欠席するように言われて、驚愕に目を見開いたのだった。
「お・・お・・お父様?一体何をおっしゃっているのかしら?」
「アルペンハイム侯爵様にも了承を得て来た、中立派の貴族全ての貴婦人はガーデンパーティーは欠席する形となる」
「なっ・・なっ・・なっ・・」
絶句したエステルは、とぼけた表情を浮かべる狸そのものの父の顔を見て、眉間に深い皺を刻み込んだのだった。
父の思惑はエステルにも良くわかる。最近、カルバリル伯爵夫人とイグレシアス伯爵夫人が手を組んで貴婦人たちを掌握し、王家主催のガーデンパーティーをクラッシュさせるつもりで動いている。
パーティーの企画を任されたのがバルフュット侯爵家の令嬢であるコンスタンツェだとしても、王家に楯突く行為だというのは間違いないというのに、二人の貴婦人に賛同する貴婦人が想像を超える形で増え続けているのだった。
アルノルト王子の妃となったカサンドラは、異国の技術を我が国に取り入れ発展に寄与しているのは間違いないのだが、その恩恵が多くの貴族に行き渡らない。楽してより大きな権力を掴み取りたい貴族たちとしては、甘い汁が行き渡るような差配をしないカサンドラは嫌悪すべき存在だった。
カサンドラは王都に役所を短期間で作り上げ、王都の管理はこの役所で一括管理をする形としたのだが、そうしたらそうしたで、下々の者から賄賂を受けとることで融通を利かせてきた貴族出身の官吏たちが臨時収入を失うことになってしまった。
王家に権力が一極集中する形となるクラルヴァイン王国において、王家の周囲に集まる有象無象の貴族たちは楽をして浴びるように甘い汁を吸い続けたいと考える者ばかりで、そのために下々の者たちにどれだけ皺寄せが来る形になったとしても、それは当たり前のこととして認識しているのだ。
カサンドラは、自分が任された部分に関しては、甘い汁が発生しないシステムを作り出した。それがいわゆる『鳳陽方式』ということになるのだが、多くの貴族たちが激怒しているのは間違いない事実だ。
「多くの貴族が王太子妃となったカサンドラ様を排除したい、王太子妃であるカサンドラ様の力を削ぎ落としたいと考えているのは理解しますけど、私たち中立派の貴族が一斉にカサンドラ様から距離を取るというのは悪手だと思うのですけれど?」
アルノルト王子がカサンドラを溺愛しているのは間違いない事実だ。同じ時期に学園に通っていたエステルは、カサンドラの誘拐を企んだクラリッサ・アイスナー嬢が、顔の皮を剥ぐ勢いで王子にナイフを入れられて失神、失禁している現場を目撃した。
アルマ公国から留学して来たエルハム公女がアルノルト王子を手に入れるために、婚約者であるカサンドラに様々な嫌がらせをしているのも知っているし、それに激怒した王子が艦隊を率いてアルマ公国に攻め入り、港湾都市を一つを陥落させた事実も知っている。
「エステルは王子の逆鱗に触れることを恐れているのだろう?」
憂い顔となった父は、エステルから視線をそむけながら言い出した。
「だがしかし、仕方がないことなのだよ」
「仕方ないってどういうことなのですか?」
「・・・」
「お父様?」
「・・・」
視線を逸らして何も言わない父親を見下ろしたエステルは、
「もういいです!」
と、癇癪を起こすように言うと、
「私は私で情報収集をさせて頂きます!」
と言って、日当たりの良いサロンから飛び出して行ったのだった。
◇◇◇
バルフュット侯爵家のタウンハウスにある執務室で集められた資料に目を通していたコンスタンツェは、
「お嬢様、ロレンテ伯爵のご令嬢、エステル様がお嬢様にお伝えしたいことがあると仰っておりまして、面会を希望されているのですが・・」
と、家令のコーバンから言われた為、顔をくちゃくちゃに顰めてみせた。
昔から侯爵家に仕える家令のコーバンは一時期、生死の淵を彷徨うことにもなったのだが今は無事に体調も回復して、王都の邸宅の方へその身を移しているのだった。父の懐刀でもあるコーバンが王都に居るのは、コンスタンツェがガーデンパーティーを差配する手伝いをするためだ。
数日後には領地からコンスタンツェの父であるマルティンも王都までやって来る予定でいるのだった。
「いつまでもお嬢様を待つと仰いますので、応接室へとご案内しておりますが・・」
白髪に白髭をたくわえたコーバンはピンと背筋を伸ばしたまま、
「私はお会いした方が良いと判断しております」
と言って辞儀をした。
「では、今すぐ会う準備をして頂戴」
資料を執務机の上に置いたコンスタンツェは、父親似の釣り上がった目尻が更にグイッと釣り上がって不機嫌丸出しの表情になっている。
最近は、コンスタンツェに媚を売るために多くの令嬢が侯爵家のタウンハウスに訪問して来るのだが、大概が、
「何があっても私はコンスタンツェ様の味方ですわ!」
というようなことを言い出すのだ。
コンスタンツェはカサンドラに変わって王家主催のガーデンパーティーの手配をすることになったのだが、そのガーデンパーティーがクラッシュされるという噂が王都中を駆け巡っているのだ。
ガーデンパーティーに参加する令嬢たちは、コンスタンツェの味方だと主張しながら、クラッシュに賛同するつもりでいるのは間違いない。
「コンスタンツェ様の味方ですわ!」
と、わざわざ直接言いに来るのは、クラッシュをしたことで王家の反感を買うようなことになった場合、自分はパーティー前に主催者側であるコンスタンツェの元まで行っていた。クラッシュするのは不本意だったと言い逃れをするための布石でしかない。
エステル・ロレンテ伯爵令嬢は学園時代の親しい友人だったけれど、今のコンスタンツェにとって、全ての貴婦人たちは敵である。
中立派の貴族であったとしても、王家派でも貴族派でも、すべからくコンスタンツェにとっては敵扱いとするべき人間なのだから。
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