第21話  アルペンハイム侯爵の憂鬱

 海賊が出没するということで、バルフュット侯爵から海賊討伐の依頼をされた息子のセレドニオが、三ヶ月もするとアルペンハイム侯爵家のタウンハウスに帰って来た。


 セレドニオが王都に戻って来た頃には、貴族の間でまことしやかに、

「セレドニオ様とコンスタンツェ様は婚約を解消するらしい」

 という噂が囁かれることになったのだ。


 アルペンハイム侯爵はセレドニオに婚約は継続するのかどうかを尋ねると、

「私の伴侶はコンスタンツェしかいません!」

 と、豪語するし、息子の婿入り先であるバルフュット侯爵家に手紙で問い合わせても、

「その件についてはしばらく時間をいただきたい」

 という内容のものが返されることになったのだ。


 息子の妻となる予定のコンスタンツェ嬢は、王家で主催されるガーデンパーティーの手配を任されているため、準備で忙殺されているような状態らしい。アルペンハイム侯爵はコンスタンツェにも手紙を送っているのだが、時間が出来たら絶対に顔を出すのでそれまで待っていて欲しいという内容の手紙が届けられることとなったのだ。


 恐らくコンスタンツェ嬢は、やる気がないカサンドラの犠牲となっているのだろう。王家主催で行われる貴婦人を集めたパーティーは、本来、カサンドラが仕切らなければならないものなのだ。


 王家へ輿入れした王太子妃の顔見せと、今後も王家に、未来の王妃に対して忠誠を誓うことが出来るのかを問いかける場。本来はカサンドラが差配をしなければならないというのに、昔から仲が良いコンスタンツェ嬢に丸投げしているらしい。


「旦那様、ロレンテ伯爵がいらっしゃいました」

 家令に声をかけられた侯爵は、思わず口をへの字に曲げた。

「そうか・・」

 ロレンテ伯爵はアルペンハイム侯爵率いる中立派貴族たちのまとめ役となる人物である。


 晴天が続き青空が広がる中、初夏の心地良い風が豪奢な彫琢品が取り揃えられた応接室の中を吹き抜けていた。ソファに腰かけていたずんぐりむっくりした体型の伯爵は、白髪まじりの自分の髪の毛を撫で付けながら立ち上がる。


「侯爵様、お忙しいところ申し訳ありません」


 クラルヴァイン王国では王子の元に妃が輿入れをすると、まずは王国の貴婦人を集めてパーティーを開くことになる。このパーティーは輿入れした王妃の腕の見せ所という意味のものでもあって、集まった貴婦人たちは新しい王族を快く受け入れるという意味合いも含めた儀式的な要素もあるのだ。


 今の王妃は結婚式を挙げる前にアルノルト第一王子を産んでいた為、産後、王妃の体調が整ってからパーティーを主催した。アルノルト王子の妃となったカサンドラはこのパーティーを出産前に開くことにしたのだが、友人であるコンスタンツェ嬢に丸ごと任せているのは有名な話だった。


 王太子妃が差配を丸投げしたパーティーということだけでも前代未聞だというのに、その王太子妃自身が出席するかどうかも分からないという。そのことから、未来の王妃に忠誠を誓う場というよりも、貴婦人たちを一つにまとめ上げるために事前に開かれるガーデンパーティーという意味合いの方が強くなっているのだろう。


「伯爵にも迷惑をかけるな」

 向かい側のソファに座った侯爵が苦虫でも噛んだような表情を浮かべながらそう言うと、ロレンテ伯爵は少し前屈みとなって早速本題を切り出して来たのだった。


「侯爵様、どうやらパーティークラッシュは避けられそうにないようです」


 パーティークラッシュとは、主催者の意に反して招かれた貴婦人たちが拒絶の意思を顕わにするものだ。パーティーだけでなく、主催した人物をも潰す行為のことを言う。


「イグレシアス伯爵夫人とカルバリル伯爵夫人が手を組んだようでして、王家派と貴族派は派閥を越えて手を組むことになったようです」

「うう〜ん」


 クラルヴァインの貴族は王家の元に、王家派、貴族派、中立派に綺麗に三分割されていたのだが、中立派であるアルペンハイム侯爵家からカサンドラが王太子妃として輿入れして以降は、中立派の勢力が大きくなったところがある。


 手広く商売を行うアルペンハイム侯爵と起業家であるカサンドラのもとには自然と商売でのし上がった新興貴族が集まるようになり、中立派の勢力が拡大したようにも見える状態だったのだ。そこで今までは犬猿の仲だった王家派と貴族派が手を組んで、カサンドラの勢力を押し潰すという作戦に出たというわけだ。


 王家派筆頭はバルフュット家、貴族派筆頭には落ち目とはいえど未だにエンゲルベルト侯爵家が就いている。まだまだ完全に立て直しが出来ていないエンゲルベルトの隙を突く形でイグレシアス伯爵が貴族派内でイニシアチブを取ろうと考えているし、カルバリル伯爵夫人はバルフュット侯爵の妹ということもあって、好き勝手暴れているのだ。


 王家派、貴族派のナンバー2同士が手を組んで暗躍をしている中で、中立派のナンバー2であるロレンテ伯爵は膝の上に置いた手を握りしめながら言い出した。


「パーティークラッシュが止められないとあれば、我ら中立派は今回のパーティーの出席を見合わせようかと思うのです」


 中立派に新興貴族が加わり勢力が拡大したとは言っても、手を結んだ王家派と貴族派の数と比べれば劣勢になると言えるだろう。


 パーティー会場で王太子妃の後ろ盾となる中立派の劣勢をアピールするよりも、今は一度引いた方が良いのではないかとロレンテ伯爵は考えているのだが・・


「だとするのなら、カサンドラが中立派の貴族にすら見捨てられたというように思われてしまうのではないのか?」

 侯爵の杞憂は大きくなっていく。


 貴族の世界では、大多数が言い出した事柄が正義であり、数を集められなかった貴婦人は平気で社交から放逐されるのだ。


「カサンドラ様にはアルノルト殿下がいらっしゃるのです、下手なことにはならないと思うのですが・・」

 伯爵は額の汗を拭き拭き言い出した。


「とにかく、カサンドラ様には絶対にパーティーには参加しないように言ってくださいませ。少しだけ顔を出すということも駄目です。なにしろ、カサンドラ様を追い落としてやろうと企む女狐たちがよだれを垂らしながら待ち構えているような状況ですから・・」 


 ロレンテ伯爵の言葉を聞来ながら胸の前に自分の腕を組んでしかめ面をした侯爵は、

「よだれを垂らした女狐たちか・・」

 そう呟きながら、敵前逃亡を企む目の前の伯爵は狸そのものだと、そんなことを考えていたのだった。




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