第2話 銭ゲバ新領主とケバケバ地方行政
「これはなんとも……場違いな建物ですね」
そう呟いたのは、私の護衛を務める騎士の一人だった。
まったくもって同感である。
私たちの前にあるのは、青や赤といった原色だらけのけばけばしい豪邸だ。
周囲に広がる、いかにも寒村といった風情に全くマッチしていない。
今日からここに住むのかと思うと眩暈がしそうだ。
その前に眼精疲労でやられそうだが。
「閣下、代官が出てまいりました」
執事の言葉に視線を動かせば、玄関からでっぷりと太ったオッサンが揉み手をしながら現れる。
濃い赤色の布地に金糸だらけ……家も悪趣味だが、服も悪趣味だな。
布地の悲鳴が聞こえるようだ。。
というか、そんな服どこで仕立てた?
これだから無知な田舎者というのは恐ろしい……。
王の色である緋は禁色だ。
それに近い色の衣裳を作るとは、正気を疑うぞ。
ここが王都ならば即座に密告されて、数日もせずに不敬罪で貴族の地位を失いかねない。
それが分かっているから、まともな見識のある仕立て屋は絶対に引き受けないだろう。
「ようこそおいでくださいました、耽美公……ではなくフレニル閣下!
実はまだ閣下をお迎えするための準備が整っておりませんので、今日の所は村長の家に……」
満面の笑みを張り付けながらの挨拶を、執事が強い言葉で遮る。
「では、お前が村長の所に泊まればいい。
私たちはこの屋敷でお前の裏帳簿でもじっくり拝見させてもらうとしよう」
その言葉に代官の顔が凍り付く。
よしよし、これは間違いなく犯罪の証拠を隠しきれてないな。
それを期待したからこそ、わざと早くやってきたのだ。
こいつの脱税と横領の証拠を押さえるために。
「お、お待ちください!
裏帳簿とは何の事でしょう!?
まったく身に覚えが……」
あぁ、聞き苦しい。
これ以上私の耳を煩わせるな。
あと、お前、私の事を耽美公子と言いかけただろ。
その二つ名は……嫌いなんだ。
苛立ちをもって目配せをすると、護衛の騎士たちがズイっと前に出る。
「始末しろ。
税金の横領は即刻死刑だ。
証拠は後からいくらでも出てくる」
執事の言葉に従い、騎士たちが喚き散らす代官を腕をひねって地面に跪かせる。
そして金糸で派手に刺繍された襟を引いてなまっちろい首を晒した。
「お、お待ちください閣下!
私は無実……」
ここまで面の皮が厚いと、いっそすがすがしいな。
だが、公爵家の人間を禁色まがいの衣裳で出迎えるような低能に価値は感じない。
代官を黙らせようと騎士が剣を引き抜く。
だが、その手を私が抑えた。
「閣下?」
「どうせ死ぬのだ。
せめて納得のゆく理由を私の口から聞かせてやろう」
あぁ、私もこいつの悪趣味を笑えないな。
だが、その間抜けさを暴露せずにはいられないのだ。
それに、これはこの地獄のような場所に送り付けられた私の権利である。
「裏帳簿がない?
ありえないな。
お前、この地域の税収がどれだけ少ないのか知らないのか?」
「そ、それは存じております!
ですが、ちゃんと税は支払っている……はず……税務官の方も、毎年……しっかりと……」
その言葉が細くなるあたり、何か心当たりを思い出したのだろう。
さぁ、答え合わせの時間だ。
「この領地は貧しすぎてな。
徴税を行う事が出来ないと嘆願書が出ている。
だから、税収は0だ。
嘆願書はお前が書いたのではないのか?
代官の印章をどうやって偽造するのかはしらんがな。
ついでに補助金が必要だという事で、父が金を出していたはずなのだが……この屋敷を建てて維持するための金はどこから出ているのだろうな?
私に教えてくれないだろうか」
「そ、そんなバカな!?」
おや? 意外な反応。
あぁ、これはたぶん税務官の仕業だな。
こいつはこいつで横領をし、補助金の方は税務官が勝手に申請して懐に入れたのか。
で、この間抜けな代官はその税務官に賄賂を渡して、巧く税金の横領を隠せている……と思いきや、税務官に利用されていただけ……ときたもんだ。
「なんとも無様な」
自分を利用したでろあう税務官の名を繰り返しながら、代官が聞くに堪えない罵声を奏でる。
あぁ、美しくない。
だが、その内容をメイドが眉一つ動かさずに書き止めていた。
なんともご苦労な事である。
しかし、税収をピンハネするだけでこの屋敷が維持できるなら、この地の税収は私の予想よりずっと多いという事だな。
これは実に嬉しい誤算だ。
たっぷり搾り取る事にしましょう。
人の心がないのかって?
心外ですね。
収入が増えたら誰だって嬉しいでしょう?
実に人間らしい反応です。
よって私はとても人間らしいのです。
銭ゲバ?
誉め言葉ですね。
私が思わずにやけていると、代官の声が急に静かになった。
抜けるような青空の下、死の匂いを嗅ぎつけた烏が高らかに歌う。
冥福を祈るなどという無駄な事をする者は誰もいない。
罪にまみれた彼の死の先に冥福などあろうはずもないのだろから。
ただ、従僕とメイドたちが粛々と屋敷の中に荷物を運び、いらないものは護衛たちが始末する。
燦燦と降り注ぐ柔らかな日差しの中、私は静かにその光景を見守るだけ。
そんな私にとってはありふれた日常の中で、私は一人つぶやく。
「あぁ、
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