ゴブリンの上に死の金が成る

卯堂 成隆

第1話 ようこそ、ここは地獄の入り口


 江は碧にして鳥いよいよ白く、山青くして花然えんと欲す。

 そう詠んだのはいかなる古代の詩人であったか定かではないが、実に美しい詩だとと思う。

 窓の外は、まさにそんな風景が広がっていた。


 そして、この美しい風景を眺めながら、私はこう呟くのだ。


「死んだ人間に何を言っても無駄ではあるのだが、もう少し自分が死んだ後の事も考えてほしかったな」


 美しい景色の中で呟くには実に無粋なセリフだとは思うのだが、これから僻地に赴任する人間にとってはとても自然な言葉だろう。


 あぁ、申し遅れたが、私はアーノルド・フレニル・エリオ・ラドリクス・フェルメア・ベルニエル。

 ベルニエル公爵家の七男で、美しい物と錬金術と富を愛する20歳の若造だ。


 なお、ファーストネームのアーノルドは親と伴侶だけにしか呼ぶことを許されない物なので、私を呼ぶ先はフレニルと呼んでいただきたい。


 なお、言葉遣いが少々若者らしくないのは、前世の記憶とおぼしきものを持っているためである。

 どうやらかつての自分は日本という国でサラリーマンなる仕事をしていたようだが、どうも記憶がバラバラではっきりしないのだ。


 さて……全ての始まりは、わが父のあまりにも急な死と、腹違いの兄の悪意。

 そのいきさつについては実にありふれていてくだらない話なのでご想像にお任せしよう。

 ゴシップ好きなおしゃべり雀たちに何度も話をせがまれたので、かなり食傷気味なのだ。


 問題は、我が愚かな父が碌な遺言を残してなかったことである。

 本人はまだ自分が若いから必要ないと思っていたのだろうが、公爵家の継承者としてはあまりにも軽率極まりない話。

 おかげで権力を握った長兄はやりたい放題だ。


 ……とまぁ、そんなわけで。

 今の私は築き上げた財産を没収されたうえで、フェルメア地方というすさまじい僻地に赴任する旅の途中である。


 旅のお供は30人あまり。

 うち、護衛が15人で、メイドが5名、執事と従僕が合わせて10名、馬周り2名といった塩梅だ。

 もしかしたら他にもいるりかもしれないが、少なくとも私は把握できていない。

 そのあたりは執事の管轄だからな。


 なお、これでも公爵家のお供としてはかなり少なく、私を僻地に飛ばした張本人である長兄としては冷遇しているつもりなのだ。

 公爵家の感覚は、色々と庶民からズレている。


 だが……私にとっては十分な数だ。

 この僻地から再起して、再び富を蓄えるにはな!


 見ているがいい、糞兄貴。

 私が心血を注いで築き上げた財産を横からかっさらった罪、いつか倍にして償ってもらうぞ!!


 ……とは言っても、赴任地の僻地っぷりだけは本物。

 産業は無く、土地も痩せており、治安についてはあってなきがごとし。

 戸籍上は1000人程度しかいないのに、実際の人口は一桁多い……と言えば、どれほど狂った土地かは想像できるだろう。


 なお、名物は土着の宗教によるおぞましい因習とゴブリンの襲撃なのだそうな。

 控えめに言って……。


「地獄だな、ここは」


「地獄には間違いありませんが、まだほんの入り口ですよ。

 フレニル様、そろそろ村が見えてまいりますので窓を閉めます」


 思わず口に出していたらしい。

 私のひとり言に返事を返しながら、メイドが身を乗り出して窓を閉める。

 さらに上から鉄板を下ろせば完璧だ。

 何が完璧かって?

 盗賊化した住民に襲われる備えがだよ。


「もう少し景色を楽しんでいたかったのだがな」


「この地を地獄だとおっしゃっていたのに?」


「地獄である事には違いないが、美しいものは美しいのだよ」


 いつの間にか心の中で恨み節をつぶやく作業に没頭していたが、景色自体はほんとうに美しいのだ。

 腹の底の煮えくり返るような感情を口に出さずに済む程度には。


 呟く私の耳に、ガツンと何かが窓にぶつかる音が響いた。


「襲撃でございますね」


「そうだな」


 無感情で呟くメイドを振り返りもせずに、私は読みかけの本を荷物から取り出した。

 緊迫感など欠片もない。


 なぜなら、今回の旅におけるこのような襲撃の回数はすでに二桁に突入しており、そして私の護衛は非常に優秀だからだ。


「あぁ、外の連中に伝えてくれ。

 後からゴミ領民の回収に来る奴隷商人たちのために、出来るだけ殺すな……と」


「御意にございます」


 馬車の外から聞こえてくる野太い悲鳴を聞きながら、私はふたたび呟く。


「地獄だな、ここは」

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