16 ケンゾーの強引な捜査というか主にリンが脳筋行動

「新大久保で深呼吸を」

「るるるるー」

リンはケンゾーに言われた通りに深呼吸をする。

ケンゾーとリンはJR新大久保駅の改札前にいた。


「谷山さんカードは何かとこの界隈に縁があるね」

ケンゾーが呟き、スマホに表示されたマップを覗き込む。ハングルとミャンマーとイスラームなど様々な文化圏がごっちゃごっちゃに混ぜ合わされたへんてこな街・新大久保。

小泉八雲記念公園を有する、まあケンゾー達8課のお膝元である。


マルクト乙式魔導札。


政府主導で魔法を浸透させる目的で、魔法を大々的に取り上げたキャンペーンが行われた。実際にリアル世界で魔法を行使するわけではない。仮想空間にシミュレートされた魔法を使って、召喚魔法を再現する。魔導札はモンスター召喚に特化したデバイスだった。

政府が音頭を取るということは、実際魔法は現実世界で行使可能な現象なのだろうと推測はできる。ただし、現時点では確立されていない不安定なものだった。魔法を定着させるための第一次展開として、仮想空間を使っての魔法再現が採用されたのだろう。


脳波を使ってマウスを操作する、なんともSFチックなプログラムを着想とした、召喚魔法練習用カード・マルクト乙式魔導札はその期待に十二分に応えた。応えすぎるくらいに応えた。


ストーカー少女、

狂人、

先天的才能を持つ者、

そんな強い想念の持ち主達が実際にモンスターを召喚したのだ。

召喚者の中でも特に優秀だったのがケンゾーである。そのおかげで現在8課にお世話になっているわけだ。


純正マルクト乙式魔導札が確認されたのは本当に久しぶりだった。魔導札でモンスター召喚が可能だという事実を知った世界各国のあらゆるアングラな組織や機関が、マルクト乙式魔導札の再現を必死で行った。その結果生まれたのが、亜種と呼ばれるマルクト乙式魔導札のコピー品である。その亜種を取り締まるのも公安8課の仕事なのだけど、谷山カードのレベルに到達しているものは、ごく一部。とはいえ、怪しげなカードが違法に取引されるのは、ダメ、ゼッタイなわけだ。

久々に情報筋にヒットした、純正品の行方を追ってケンゾー達は本部から数分の新大久保駅へやって来たわけである。


「灯台下暗し。東大元暮らしだと勘違いしていたことがあるよ」

ケンゾーはお抱えのハッカー齧り屋に調査を依頼していた。

「金刺さんってば優秀だよね」

あっという間に、新規作成された谷山カードの所在を探し当ててくれた。


赤鯥上海公司。もうあからさまに、バックに赤い旗振る、YMOが着てた変な服の発祥の地、人海戦術で人の山を築くしーーあれ? これはロシアだっけ? いやイリア・ムウロメツの敵だからあながち間違ってないかーー机以外は足生えてたらなんでも食う人たちの国がバックに居るよね。

「で、このビル全体が谷山さんカードを作ってる工場だそうだ」

「るるっ」

「やあっ」

先天的天才がリンとハイタッチを決める。

「それでは谷山さんカードを回収しよう」

「るるっ」

リンがそのまま駆け出して階段を昇っていく。最上階である5階にたどり着いたようだ。ケンゾーはマイペースで階段を昇っていく。

「リーン! 先に行ってていいよ」

「るるっ!」

階段にリンの声が反響する。

しばらくするとかすかに聞こえていた呼び鈴を連打する音が段々と大きくなっていく。

しばらく間が空く。ケンゾーはカツカツと階段を上っていく。

今度は金属のこすれるぎぎぎぎぎという嫌な感じの音、ガリガリんと何かが破砕した音が重なる。

「你怎么了?」

「哎呀!」

男たちの怒号も聞こえたようだがすぐに静かになった。

ケンゾーが5階にたどり着いたときには、すでに雌雄は決していた。後ろ手に拘束バンドをかけられた、武骨な男たちが一山にされていた。

「リンは仕事が早いなあ。僕のやることが無くなってしまったかな」

リンはスカートのすそをつまんで、るるっるるっと照れ隠しでクネクネしている。

ケンゾーはテーブルの上に設置された数台のカードリーダーを伸びたコードごとカバンに詰めていく。

再び金属がこすれる音がした。ケンゾーがそちらを見やると、リンが金庫の扉を強引に開けている最中だった。白いワンピースの華奢な娘が行う所業ではない。

「るるっ」

金庫の中には15枚の谷山カードが収まっていた。どうも純正品では無いようだが、普段市場に出回る亜種などとは比較にならないほど精巧なコピーであるようだ。調べればわかるだろう。

ケンゾーは谷山さんもどきなカードもカバンに放り込んでいく。

「指定通り15枚の谷山さんカードだね。これにて任務完了」


ケンゾーは携帯を取り出して、佐々門姉さんに無事谷山カードを回収したことを報告する。

「和三盆の方はどんな塩梅かな?」

『うーん、死体強奪は阻止できないんじゃないかな』

 佐々門姉さんが答える。

「るるる~」

リンが心配そうにケンゾーの顔を覗き込んだ。


「リンが和三盆の事、とても心配してる、未解決故に」

『余裕があるなら、助太刀してみる? 無限大…えーと……急展開』

「おおー。ぜひぜひ和三盆のお供に加えてくださいな。黍団子要る? 切山椒入り」

『教団施設の住所を伝達する……レアグルーヴなレアグループに

って、なんでわたしまで韻踏んじゃってるのよさ』


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る