ヒルコの娘は常世と幽世の狭間で輪舞を踊る

加藤岡拇指

1 和三郎 馬のしっぽを目で追う

読むのを躊躇する人に




もしも転生調子の異世界物語や、


 逆境上等や冒険、無職やクズが、


もしも役立たずスキルや、最弱や、


 弱小領地や婚約破棄や隠しスキルや、


さてはまた昔の風のままに再び語られた


 あらゆる古いロマンスが、


私をかつて喜ばせたように、より賢い


 今日の少年少女たちを喜ばせることが出来るなら、


――それならよろしい、すぐ始め給え! もしそうでなく、


 もし勉強好きな青年たちが、


昔の嗜好を忘れてしまい、


 ラヴクラフトや、ゼラズニィや、ハインラインや、


火山に指輪を捨てに行く話を、もはや欲しないなら、


 それもまたよろしい! それなら私と私の警官どもは、


それらの人や彼等の創造物の横たわる


 墳墓の中に仲間入りせんことを!




=====================================




「ここでほんとに合ってるの?」




東京都新宿区大久保1丁目7番地。


新宿区小泉八雲記念公園。




スマホの地図ソフトに赤いマーカーが指しているのは、小泉八雲終焉の地近くに造られた公園だ。案内されるままにここまで来た。


前の部署で移動の命令が出た。




事務方のお局さんに


「次の配属先送ったから」


と言われた。




直後、住所とマップのリンクがメールで送られてきた。


配属先の移動はしょっちゅうだ。慣れっこではあるのだけど、配属先が公園って、いやほんとかね。




周りを朝鮮街と東南アジアごった煮の店に囲まれて、ひっそりと在る公園。


小泉八雲ってラフカディオ・ハーンが本名なのか。ギリシャのお人だったのね。


だから公園はギリシャ建築っぽい作りなのか。


しかし、今更なんだけど新大久保界隈はなんでもありだなあ。




文化の坩堝だな。“るつぼ”って小さい頃はそういう名前の壺があるんだと思ってたな。気になって今調べたが、ああ、間違ってはいなかったか。壺は壺なんだよな。


鋳る壺、炉壺か。




「ここは禁煙です」




不意に声をかけられて、振り返った。無意識のうちに煙草を取り出し喫おうとしていたらしい。


人差し指と中指で挟み込んだ紙巻煙草を一瞬目で捉えてから、声の主の方を向く。




「あ、すまん」




加熱式カートリッジも格段に使い勝手が良くなって、当初は特定銘柄しか喫えなかったが、現在は含有するニコチン、タールも多岐にわたり、まあ割と普通においしく喫えるようになっている。匂いもそんなにないし、副流煙の心配もいらないから、ぜひ乗り換えてはどうかと、ニコニコな営業に迫られたりもした。迫られたのだけど、あえて変えなかった。なんかやっぱり紫煙を燻らせたいのである。古くはダシール・ハメット、ちょっと前はロイド・ホプキンズやら、魔界探偵コンスタンチン、チョウ・ユンファと双子の弟ケンみたいに、プハーっとやりたいわけですよ。


喫煙は中々にハードボイルドな感じがするじゃない。




俺に声をかけてきたのは、ポニーテールの少女だった。後ろにきゅきゅっと髪を束ねて結っているから、きりりっと少し吊り目がちになっている。年頃から言えば高校生か。制服着てるし、まつ毛長いし、顔は小さいし、スタイルはいいし、NEWJEANみたいだし、きっと女子高校生だよな、たぶん。




加えて、でっかいバイオリンのお化け、えーっとコントラバスだっけ? それが収められたと思しきケース。これをゴロゴロ引きずりながら近づいてきた。クラシックを嗜んでるということは、まあまあお金持ちでいいとこのお嬢さんなんだろうね。




「鈴鹿和三郎」




少女は俺を見上げながら呟いた。俺の名前だ。


呟いたときに小首を傾げた。ポニーテールの先端がゆっくりと首の軌道をなぞる。




「うん? 如何にも俺が鈴鹿……。


いやいや、なんで君は俺を知ってる? というか何者?」




30過ぎの俺に高校生の知り合いはいない。




「はじめまして。


淡島です。」




深々と腰を折ってぺこりんとお辞儀をする。やはりポニーテールが後を追いかける。




「どうも……鈴鹿です」


「迎えに参上しました」


「迎えって…ねえ」


「同じ所属になります」




同じ所属。警視庁公安第8課ってこと?


警視庁の公安はほんとは第4課までしかない。あとは外事課と公安機動捜査隊。


今度の自分の配属先がなぜか5,6,7をすっ飛ばして、8課。


同僚にも聞いたのだけど、みんな全く心当たりがないという。


いったい何をするところなんだか、全く情報が集まらなかった。




「閑職」


「窓際」




そういうお約束は資料室だよね。特殊な案件を扱う部署なのかもしれないけど、お約束はやっぱり資料室みたいなところだよね。ウルトラセブンみたいな名前の人も、そういうとこに配属されてた。相方は天才肌なんだけど、日常世界からずれまくった人だったし。




ってことはこの子が、その相方か? 


「同僚だよ、よろしくネ」


って、目の前の女子高校生が言っていると。


その認識で合ってる?


きゅきゅっとポニーで釣り目の高校生が同僚?


まじで、ほんとにー?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る