ささくれ尻尾の押しかけ女房

セツナ

ささくれ尻尾の押しかけ女房

「タケル君、大好きです! 付き合ってください」


 通っている高校に登校しようと歩いていると、突然女の子に告白された。

 知り合いでもないし、見たことも無い女の子だったが、とびっきり可愛い女の子で驚いた。


「え……君は、誰?」


 僕がそう尋ねると、彼女は嬉しそうにニコっと笑う。


「私はやこだよ。君の事がずっと大好きだったんだ」


 とても愛らしい笑顔で笑いかけてくれる彼女の顔を改めてじっくりと見るが、やはり見覚えが無い。

 なにより僕の人生でこんなに可愛らしい女の子と知り合った記憶はない。

 そんな僕の戸惑いなんて知らず、彼女は僕の手を掴んで嬉しそうにブンブンと振った。


「君は私の事なんて知らないだろうけどね、会えて嬉しいよ!」


 謎に好意を向けられているのは不思議だが、可愛い女の子に好かれるのは悪い気はしない。


「あの、君は――」


 誰なの? と聞く前に彼女は「あ、タケル君はもう学校でしょ? 行ってきてよ!」と僕の後ろに回り込んで背中を押した。

 そして「また夕方に!」と手を振ったのだった。

 彼女はどうやら、とてもせっかちらしい。

 夕方に、という事はまた会える確証があるということだろうか。

 僕は彼女に手を振り学校に向かいつつも、頭の中はどこで会った誰なのだろう、と考えていた。

 そうこうしている内に学校に着き、僕はいつも通りの学生生活を送るのだった。


***


 学校から帰ろうと校門を目指していると、そこには今朝話しかけてきた女の子の姿があった。

 彼女は僕の姿を見つけると嬉しそうに顔を綻ばせつつも、校内に入ってはいけないと思っているのか、大人しくその場で待っていた。

 彼女に尻尾が付いていたなら、左右に振られているだろう、と思うような様子だった。

 僕がやや駆け足で彼女の元に近寄ると、彼女は両手をばっと広げて僕に抱きついてきた。


「タケル君! 待ってたよー!」


 その様子を同じように帰宅中の生徒たちがチラチラと見てきているのを感じる。


「と、とりあえず別の場所に行こ?」


 ポカンとする彼女の手を握り、僕は家と学校の中間にある公園に向かうことにした。


***


 公園は夕方の時間には珍しく、人影がなかった。

 僕と彼女はベンチに並んで腰掛けることにした。

 ほぅとようやく一息つけたところで、僕は彼女に切り出した。


「やこちゃん……って言ったっけ。僕と君っていつ知り合ったの? 申し訳ないけど、僕覚えてなくて……」


正直失礼な話だが、やこは相変わらず嬉しそうに僕の顔を見つめながら答えた。


「タケル君、昔おじいちゃんの家に来てたでしょ?」


 おじいちゃん。僕のおじいちゃんの家はここからそう遠くないが、ここより田舎にあって、今どき珍しい山の麓に昔ながらの平屋を構えていた。

 おじいちゃんの家には子供の頃によく行っていたが、5年前におじいちゃんが亡くなってしまってからは、行ってない。

 おばあちゃんはもっと前に亡くなっていたし、他の親類も管理できないと言うことで取り壊されることになったのだ。

 おじいちゃんを知ってるってことは僕が幼い時に、彼女に会っているって事なのだろうか。

 まだ思い出せない僕にやこは続けた。


「おじいちゃんちで、よくタケル君と遊んでたんだ。その時から私、タケル君の事が大好きだったの」


 そう言って彼女はじっと僕の顔を見てくる。

 そんな可愛い顔で、そんな熱い告白をされたら、ぐらっと来てしまう。

 でも、僕がおじいちゃんの家で同い年くらいの女の子と遊んだ記憶はない。

 じゃあ彼女は――?


「あぁ、私ニンゲンじゃないんだよね」


 僕の心を読んだように彼女は笑った。

 え、人間じゃないってどう言う事だ?

 僕の思考がショートしかけた瞬間。


――ポン。


 空気が抜けるような効果音と共に、やこの頭頂部に耳が生えた。

 そう、耳。動物とかに生えてる獣耳。

 それは犬や猫とは違う、縦に長く尖った黄色の耳。

 僕のイメージに一番近いのは、多分、狐。

 それに思い当たり、やこをまじまじと見ると彼女の腰の辺りにはふさふさの狐の尻尾が生えていた。


「夢……?」

「夢じゃないよ。私は狐。タケル君に会いたくて、人間に化けられるようになったんだ」


 そう言って笑う彼女は本当に本当に嬉しそうで、僕への気持ちが冗談じゃない事が分かってしまう。

 そう言えば、おじいちゃんの家にいる時に、1匹やけに人懐っこい狐が庭に来ていた事を思い出す。

 僕はそいつと夜まで遊んで、毛並みを整えてあげたり、おやつを一緒に食べたりしていた。


「じゃあ、やこちゃんはあの時の狐?」

「そうだよ」


 ようやく思い出してくれた? と言わんばかりに、やこの尻尾はゆっくり揺れる。

 耳もピクピク動いていて、なんと言うかこう……無性に触りたくなってくる。

 正体がわかって安心したからだろうか。


「み、耳とか尻尾、触ってみてもいい?」


 僕が尋ねると、やこは少し恥ずかしそうな表情を浮かべつつも頷いた。


「くすぐったいから恥ずかしいけど……タケル君ならいいよ」

「あ、ありがとう」


 目をつむってじっと触られ待ちをしているやこの耳に手を伸ばし、そっと触れる。

 触れた瞬間にピクンと動くが、そのまま触れ続ける。

 毛は柔らかいけれども、耳の部分は硬くて、それはいつぞやの狐の耳そのものだった。

 続けて彼女の尻尾をそっと撫でてみる。それは柔らかいんだけど、所々固い毛もあったりして、毛の流れに逆らって撫でてみると、かすかに痛い。

 それはまるで指にできたささくれのようだったが、その痛みさえもどこか愛おしく感じた。

 ひとしきり尻尾を堪能した僕に、やこは言った。


「それで、タケル君の返事は?」


 恥じらうような顔のままそんな事を聞いてくる。

 やこは狐だと言うし、きっとそうなのだと僕ももう疑ってはいなかった。


「僕もやこの事が可愛いと思うし、もっと知りたいと思ってる」


 だから、素直に気持ちを伝えることにした。


「上手くいくかは分からないけど、僕と付き合ってくれるなら喜んで一緒にいたいよ」


 つまり、告白の返事はOKって事だ。

 僕の返事を聞いて、やこは嬉しそうに顔を綻ばせ、僕にぎゅーっと抱きついてきた。

 今度こそ、僕はそれを振り解かず、大人しく彼女の背中に手を伸ばす。

 彼女の尻尾も僕の腰に抱きついていて、全身で包み込まれている感覚になる。

 しばらくその幸せをお互いに堪能して、僕たちはそっと身体を離した。


「また会いにくるよ。ここに来れば会えるかな?」


 僕がそう尋ねると、やこは「んー」と少し考えるようなそぶりを見せた後で、頭を何度か振ると言った。


「いや、私から会いに行くよ。タケル君は待ってて」


 そう言ってやこは立ち上がると僕に手を振った。


「それじゃあ、またねタケル君!」


 言って早々にやこは駆けて行った。

 やっぱり彼女はせっかちらしい。

 僕もゆっくり腰を上げると、自宅に向かって足を進めた。

 夜も更けてきたし、そろそろ帰らないと怒られそうだ。


***


 家につき、玄関の扉を開けると、いい香りが漂ってきた。

 今日の夜ご飯はどうやらカレーらしい。

 僕が帰ってきたことに気付いたのか、リビングから母さんが顔を覗かせた。


「健おかえりー。遅かったね」

「うん、ごめんね」


 素直に謝りつつ、靴を脱いで上がる。

 そしてリビングに足を踏み入れた瞬間、僕はまた驚くことになる。


「タケル君おかえり!」


 そこには先ほど別れたばかりのやこが居たのだった。


「やこちゃん!? どうして……」


 驚く僕に、彼女はニコッと笑った。


「変化を身につける途中で、簡単な催眠も出来るようになったんだ」


 言って片目をウインクして見せる。


「やこちゃんには、いつも助かってるわ。健にこんな素敵な幼馴染がいるんだもんね」


 そう言った母さんは、完全にやこの事を幼馴染だと認識しているようだった。


「タケル君、今日からよらしくね」


 そう笑ったやこの笑顔はやっぱり、とてつもなく可愛かったが、僕はとんでもない女の子と付き合うようになったんじゃないか、と思ってしまう。


 何はともあれ、彼女が作ってるカレーはどことなくじいちゃんが作ったカレーと同じ香りだし、やこは可愛いし、小さいことは気にしない方がいいかもしれない。

 僕は考える事を放棄し、夕食の準備を手伝うことにした。


 これから、キツネ娘との同棲生活という、この上なく魅力的な毎日が始まるんだから。

 そんなの楽しまなきゃ損だろう?


-END-

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