領主屋敷の幽霊にさよならを

彩賀侑季

第1話


 ニールがハーベスに移住したのは、彼が六歳の時だった。


 使用人の老婆に手を引かれ、ニールは生まれ育った首都を離れることになった。鉄道と馬車を乗り継いで連れていかれたのは海沿いの田舎町であった。


 物心がつく前に母親は事故で他界。唯一の肉親であった父とはその時に離れ離れとなった。


 ニールが首都を離れ、遠い親戚の元で暮らすことになったのは父の仕事が原因だ。幼いニールが父の元で暮らすのは危なくなってしまった。そのため、父と離れ離れになったということは幼いながらにニールも理解していた。


 別れ際、「いつか迎えに行く。また、一緒に暮らそう」と、父はニールを強く抱きしめてくれた。


 愛情表現の少ない、冷淡な父にしては珍しい行動だった。そのことをよく覚えている。



 ニールが移り住んだのは大陸の東海岸沿いにある小さな町、ハーベスだ。


 首都がある西海岸からは州都まで列車で十日近く。それから馬車で三日の距離の、生まれ故郷からは遠く離れた場所にあった。


 ハーベスは海に面しているが切り立った崖が多く、港には向いていない。また、南北を繋ぐ主要道路とも主要都市を繋ぐ鉄道の駅からも遠い立地は、大陸中が近代化が進む中、良くも悪くも昔の風土を残す土壌となっていた。


 余所者を拒み、変化を拒み、百年以上昔ながらの生活を送るハーベスの町の者たちからすると、近代化された首都からやって来たニールは異分子でしかなかった。

 ニールを引き取った初老の夫婦も『やむを得えず引き取っただけ』という態度を隠そうとしなかった。衣食住は与えられたものの、必要最低限以外はニールと接触しない。ニールは殆どいていない者のように扱われた。


 引き取られた家でもそんな扱いだったため、初等学校に入学してからは虐めの格好の標的だった。「余所者」「捨て子」と同級生に嘲笑われ、教科書や靴を隠されたり、何人かに囲われて喧嘩を売られることも頻繁だった。


 しかし、ニールは同級生の中傷を無視し、私物を隠されても直ぐに見つけ出した。喧嘩もボロボロになりながらも逆に勝ってしまうものだから、虐めっ子達は面白くなかっただろう。


 初等学校に入学してから数年経っても同級生からの虐めは収まることがなかった。

 


 ◆



 その日、帰り際、ニールはまた鞄がロッカーから消えていることに気づいた。


 犯人は考えるまでもない。


 ニールはため息を吐き、ロッカーをしめて教室に戻る。


 まだ教室には何人か生徒が残っていた。ニールは後ろの席で雑談をしている三人組の男子生徒の所に迷いのない足取りで近づく。彼らはニールの姿に気づくと意地の悪い笑みを浮かべた。


「鞄、どこに隠した」


 ニールが訊くと、彼らは大袈裟に首を傾げた。


「鞄? 何の話だよ」

「なんだ。また、鞄なくしたのか?」

「可哀想になあ」


 ニールは眉をひそめる。


 ――しらを切るつもりか。


 三人組――バイロン、フリッツ、ラリーは昔から何かとニールに絡んでくる同級生だ。


 入学当初は喧嘩を売ってくることの方が多かったが、最近は物を隠したり、様々な嫌がらせをしてくることの方が増えてきた。正々堂々とした喧嘩ではニールに勝てないことを学習したからだろう。


 ここで三人を殴り、無理矢理答えを聞き出すのは簡単だ。しかし、そんなことをすれば説教され、反省文を書かされるのはニールだ。


 普段、ニールがどんな嫌がらせをされても見て見ぬ振りをする教師は、バイロン達が被害者になる時だけは目敏く介入してくる。その理由は三人の親がこの町の有力者だからだろう。


 入学当初は大人に助けを求めていたニールも、既に問題事は一人で解決しなければならないことを身に染みて理解している。力業も良くない。


 バイロン達は面白おかしくこちらを茶化してくる。ニールはそれをを黙って聞いていた。こういう時は何も反応しないのが一番だ。こういうことには慣れている。


 すると、何も反応を返さないニールの態度に飽きたのかフリッツがバイロンに目配せをする。バイロンは頷いて、「そういえば」とわざとらしい声をあげた。


「もしかしたら、領主屋敷の幽霊の仕業かもしれないなぁ」

「……幽霊?」


 領主屋敷のことはニールも知っている。


 北の外れ、森の近くに古い大きな洋館が建っている。ずっと前、領主の住んでいた建物だ。現在は誰も住んでおらず、手入れもされず、廃墟となっている。


 『領主屋敷には幽霊が住んでいる』というのが、この町の言い伝えの一つだ。


 当時、屋敷を建てた領主はとても裕福だった。珍しい物が好きで、様々な希少品を収集していたという。


 そんなある日、領主は奴隷市場で一人の娘を見つけた。娘は天使のように美しく、領主は一目で娘を気に入ったと云う。領主は大金をはたいて彼女を買い取り、その屋敷に迎え入れた。


 領主は娘と共に幸せな時間を過ごしたが、そんな時間は長くは続かなかった。間もなく、娘は崖から身を投げて命を絶ってしまった。彼女は領主に買われたことが耐えきれなくなったのだ。


 領主は娘の死から立ち直ることが出来なかった。領主の座を子供に譲り、屋敷を去ることを選んだ。そして、間もなく死んでしまった。


 ――それから少ししてのことだ。


 屋敷の中や町の周辺で娘の幽霊を見た、という者達が現れ始めた。


 新しい領主はその話を一蹴したが、いつまで経っても幽霊の目撃談がなくなることはない。そのうち、幽霊の存在を気味悪がった領主によって屋敷は手放された。しかし、屋敷は取り壊されることもなく、未だに残っている。


 あの館に人が住まなくなって長い時間が経つというのに、未だにこの町では幽霊が目撃される――と云われている。


 ニールはその噂話を信じていない。しかし、大人たち――特に年配の者は幽霊の存在を信じている者も多い。時折、夜更けに幽霊を見たと騒ぐ者がいる。その多くが老人たちだ。


 ラリーも嗤いながら、バイロンに同調する。


「そうそう。幽霊が盗んでいったんだよ。『悪い子は幽霊に大事なものを盗まれる』って言うだろ?」


 悪い子は幽霊に大事なものを盗まれる。


 この町固有の子供への脅かし文句だ。


 ハーベスでは幽霊がいるという言い伝えを信じられている土壌のせいか、盗難が発生し、犯人が見つからない場合、『領主屋敷の幽霊の仕業』だという考え方をする。夜な夜な領主屋敷から町に下りてきた幽霊が泥棒を働いているのだと云う。これも幽霊の存在と共に昔から町で信じられていることだ。


 その延長で大人たちは子供たちに言い聞かせる。『いい子にしていないと幽霊がやってくる』と言うのだ。


 しかし、ニールももう十二歳だ。大人たちがそうやって言い聞かせるのはもっと幼い子供たちだ。これくらいの歳になればそれがただの脅かしであることを皆理解している。物心ついた頃からそう言われ続けてきたバイロン達もそんな脅し文句、もう信じてはいないだろう。


 つまり、バイロンは――。


(領主屋敷に隠したって言いたいのか)


 ニールは心の底から呆れていた。


 町の外れに領主屋敷に行って帰ってくるには一時間近く時間がかかる。今日の授業中、三人はちゃんと席に座っていた。考えられるのは昼休みの時間だけ。確かに昼休みの間、ニールは三人の姿を見ていない。


(わざわざ三人は昼休みの時間を使って鞄を隠してきたのか。馬鹿じゃないのか)


 ニールが何も言えないでいると、驚いて黙り込んだと勘違いしたのだろう。フリッツがニヤニヤ笑いながら口を開いた。


「でも、それじゃあ、諦めるしかないな」

「そうだな。腰抜けのニールには領主屋敷に行く勇気なんてないだろうし」

「そもそも、大人たちに危ないから近づくって言われてるしな」

「よかったら一緒に探しにいってやろうか」


 三人が揃って嗤い声をあげた。


 ――鞄の在処が分かればバイロンたちに用はない。


 ニールは何も答えず、教室を後にした。後ろの教室からは三人の嗤い声が聞こえた。


 学校の門を抜け、ニールは早足で歩く。


(あと三年。あと三年もすればこんな町ともおさらばだ)


 ニールは言い聞かせるように心の中で何度も繰り返す。


 この町に来て既に六年。常に孤立し、誰からも疎まれる生活は苦痛でしかない。このままずっと町で暮らしていくなんてとてもではないが耐えきれない。


 「迎えに行く」と約束した父からも連絡は殆どない。毎年誕生日にはプレゼントが送られてくるから生きてはいるのだろうが、首都から遠く離れたこの地には父の噂話も届かない。父の別れ際の言葉はいつか果たされると思っているが、ニールはただ妄信的に父の迎えが来るのを待ち続けるほどお気楽でもない。


 この六年間でニールは学んだ。状況を変えられるのは、自分自身だけなのだ。この町を出ていきたいのならば、自分自身の手でその道を掴み取るしかない。この町を出る最も現実的な手段は州都の全寮制学校への進学だ。


 十五歳になれば受験することが出来る州都の全寮制学校は、優秀な生徒のみが集まる州立の進学校だ。入試で主席になれば、特待生として入学料や授業料が免除される。


 ニールは何としてもその学校に入学したかった。父親にニールが州都の全寮制学校へ通うための学費が捻出出来るのか、今のニールには分からない。そのため、確実に金銭的な問題を解決するため、ニールは特待生の座を狙っている。一日の大半をそのための勉学に注ぎ込んでいる。


 それなのに、今、ニールは同級生(クラスメート)の嫌がらせのせいで無駄な時間を過ごしている。その事が無性に苛立たしい。


 町を通り抜け、ニールは領主屋敷の門前までやって来た。


 遠目から見ることはよくあるが、ここまで近くまで来るのは初めてのことだ。


 大きな屋敷だ。門の外からでのその大きさがよく分かる。領主屋敷はハーベスのどの建物よりも大きい。


 屋敷の周りには鉄で出来た門と石造りの塀がそびえ立っていた。両方とも高さは7フィート近い。


 ニールは門に近づく。


 古い門には頑丈そうな南京錠が施されている。


 試しに門を揺すってみたが軋むだけで力ずくでも開けられそうにない。ニールは早々に門からの侵入を諦め、塀に目を向けた。


 古びた塀は蔦が絡まり、ところどころ崩れている。


 バイロン達が本当に幽霊屋敷に鞄を隠したのならどこかに侵入経路があるはずだ。

 ニールはどこか入れそうな場所がないかを探すため、塀に沿って屋敷の外周を歩く。暫くして蔦に隠れていたが人が通れそうな隙間を見つけた。ニールは幽霊屋敷に足を踏み入れた。


 敷地内に入ると、屋敷の裏庭と思われる場所は荒れ放題だった。草木が多く生い茂り、ろくに手入れがされていない。


 しかし、人の出入りはあるようだ。雑草は誰かに踏まれ、折られているものもある。折れた葉っぱを観察すると、まだ踏まれて間もないものがある。もしかしたら、バイロン達の仕業かもしれない。そう考え、ニールはその跡を追う。


 人の通った跡を追い、ニールは屋敷の勝手口までやって来た。かつては使用人の出入口だったのだろう。大きな屋敷の割に小さな入り口だった。


 扉の取っ手に手をかけると、扉は簡単に開いた。鍵はかかっていなかった。


 一歩、ニールは屋敷に足を踏み入れる。


「――?」


 その瞬間、ニールは奇妙な感覚を味わった。


 初めて感じる感覚だ。空気が変わったと言えばいいのか、明確に言葉には表せない。だが、何となく違和感を感じる。今までに感じたことのない感覚だ。しかし、その感覚もすぐに消えてなくなってしまった。


 周囲を見渡すが、そこは雑多に物が置かれた、ただの変哲もない物置だった。気のせいか、とニールはそれ以上考えるのをやめ、室内を捜索し始める。


 しかし、物置部屋には鞄は隠されていなかった。


(こんな簡単な場所に隠すわけないか)


 ニールは部屋の奥の扉を開け、屋敷の奥を進んでいく。


 外観から分かっていたことだったが、領主屋敷はかなり広い。一階だけでも扉が十近く並んでおり、中には普通の一軒屋程の広さのある部屋まである。この町で一番大きい町長の屋敷の何倍もの広さだ。それだけ当時の領主は権力とお金を持っていたのだろう。


 この広い屋敷から鞄を探し出すのは中々骨のいる作業だろう。頭が痛くなってくる。


 諦めて帰りたい気分だが、そうもいかない。あの鞄には教科書や筆記用具だけでなく、明日提出の課題も入っている。


 課題は教師に言えば再度用紙はもらえるだろう。しかし、教師に課題を失くしたと思われるのも、それで評価を下げられるのも癪だ。


 教科書や鞄を用意し直すのも非常に面倒である。なんとしても鞄を見つけ出さないといけない。


 ニールはバイロン達の痕跡が残ってないかと注意深く床を見る。しかし、百年以上前の屋敷は埃が溜まっていてもおかしくないのに妙に綺麗だ。多少汚れている箇所もあるが、誰かの足跡を見つけられるほど埃は積もっていない。


 大人たちは子供に屋敷に近づかないように言うが、一部の子供たちの間では領主屋敷の探検はスリルのある遊びの一つになっている。もしかしたら、そのせいかもしれない。


 ニールは足跡から鞄の隠し場所を推測するのを諦め、手前の部屋から一つ一つ地道に調べていくことに決めた。


 最初の部屋には沢山荷物が置いてあったが、それ以外の部屋は備え付けらしき家具以外殆ど何も置いていない。一部屋を探す時間は思ったより短くてすんだが、それでも面倒なことには変わりない。


 一つ、二つ、三つ、四つ。


 五つ目の部屋を調べ終え、ニールが廊下に出たときのことだった。


 ――、と遠くから何かを叩く音が聞こえた。


 驚いて、ニールが音の方を向く。


 音がしたのは廊下の向こう側。一番奥には一階で一番大きな扉がある。その扉が、ギイと音をたてて、ゆっくりと開いた。


 窓は締めきっているためだろう。屋敷内の空気は動いていない。だから、風の仕業ではない。


 ――なら、一体何故扉が動いた。


 ニールは背を冷や汗が伝うのを感じた。


 屋敷に誰かがいる、とは思いにくい。屋敷に入ってからニールは人の気配は感じていない。だが、幽霊の仕業とも思いたくない。ニールは幽霊の実在を信じてはいない。


 ニールは慎重な足取りで、その扉に向かって廊下を進んでいく。おそるおそる扉の向こうを覗き込む。


 そこは大広間のようだった。


 今まで見たどの部屋より一番広い。室内には椅子が幾つか置かれているだけで、他の部屋と同様、殆ど何も置いていない。幾つも並んでる窓には古いカーテンがかかっており、まだ日が昇ってるにも関わらず薄暗かった。


 その大広間の中央に置いてあるものを見て、――ニールは目を見開いた。


 そこにぽつんと置いてあったのは見覚えのある鞄だ。


 ニールは不審に思いながらも大広間に足を踏み入れ、鞄に近づく。


 茶色の皮で出来た肩掛けの鞄だ。見間違えようがない。ニールの鞄だ。


 初等学校入学の際に父親が贈ってくれたものだ。大分ボロボロになっているが、ニールは大事に使っている。


「何で、こんなところに」


 ニールはポツリと呟く。


 それから鞄を開け、中身を確認する。


 教科書に筆記用具、ノート。課題の用紙も入っている。失くなっている物は何もない。


 そのことに安堵するより先に、ニールは不審感を抱いた。


(…………おかしい)


 バイロン達にしても隠し方が手緩い。


 普段の彼らなら、こんな見つけてくれと言わんがばかりの場所に隠したりしない。片付いていない納戸の奥や、高い場所の戸棚の奥。簡単に見つからない場所に隠す筈だ。


 今回はわざわざ領地屋敷まで足を運んで隠しているが、バイロン達もニールが幽霊を怖がるなんて思っていないだろう。


 屋敷は広い。ニールを困らせるためにも、この広大な屋敷の中で探すのが難しそうな場所を選んで隠しそうなものだ。


「アイツら、何を――」


 考えてるんだ、と続くはずの言葉は続かなかった。


 ――後ろから、透き通るような女の声が聞こえたからだ。


『よかった。やっぱり、貴方のだったのね』


 誰かが近づいてくる気配は感じなかった。これほど静かな屋敷だ。誰かがいればすぐに気づける。


 ニールは勢いよく振り返る。


 ニールのすぐ後ろ。振り返った目の前に――若い女がいた。


 女というよりは少女という表現が正しいだろうか。


 年の頃は十代後半。まだ娘と呼ぶに相応しい年頃だ。美しいというよりは可愛らしい顔立ちをしている。眉は少し垂れ下がっており、どこか大人しそうな印象を与える。肌は白く、瞳は灰色をしている。


 これだけならごく普通の変哲もない娘だ。しかし、女の見た目はこれ以上なく特徴的であった。


 まず、腰まで伸びる柔らかな長い髪は薄緑色をしていた。


 黒、茶、赤、金、銀。――今まで、ニールも様々な髪色を見たことがある。しかし、緑色の髪の人間を見た事はない。いや、そもそもそんな髪色を聞いたことがない。


 そして、彼女が身にまとっているのはアンティークなドレスだ。レースがふんだんに使われる象牙色のドレスはかなり古風な意匠(デザイン)に見える。


 こんな時代錯誤な服装をした、頭の色が変な人間を今までニールは見たことがない。まるで物語から飛び出してきたような見た目の女の登場に、ニールは驚きのあまり、身動きを取ることも出来なかった。


 女は最初、優しげな微笑を浮かべているが、ニールの視線に気づくと不思議そうにぱちぱちと目を瞬かせる。


 彼女が首を傾げるのと、ニールが後ろに下がり、距離を空けたのは同時のことだった。


「お前、誰だ」


 女は返事をしない。不思議そうに首を傾げ、キョロキョロと周囲を見回すだけだ。


 ニールは女を睨み付けたまま、言葉を続ける。


「お前、町の人間じゃないな。何でこんなとこにいる」


 女は再びニールに視線を向けてきた。


 それなら困ったようにニールを見つめてから、どこか自信なさげに自分を指差す。


『……あの、えっと、お前って、もしかして、私のこと?』


 ニールは強い口調で答える。


「お前以外に誰がいるんだ」


 女は驚いたように目を見開いた。ふらふらと体をよろめかせ、一歩後ろに後ずさった。それから、何か言いたいのか、何度か口を開ける。


 ニールには女の反応が理解できなかった。何故女がそこまで驚いているのか、分からない。何も答えない女に苛立ちが募る。


 ニールは我慢できず、再び口を開いた。

 

「いいから、何か答えろよ」


 女は決して短くない時間、黙り込んでいた。


 しかし、小さな声で漸く、声を発した。


『――貴方、私のこと、見えるの?』

「何、意味分からないこと言ってんだよ。見えるに決まってんだろ。そんな幽霊でも――」


 そこまで言って、ニールは思い出した。


 かつて身投げをした、奴隷の少女は異国の出身で変わった容貌をしていたらしい。そして、言い伝えの幽霊の特徴は確か――薄緑の髪の女だ。


 ニールは察しの良い方だ。しかし、今目の前で起きている現実はあまりに非現実的すぎて、直ぐに受け入れることが出来なかった。


「お前が――領主屋敷の幽霊?」


 思わずそう呟くと、女は困ったように微笑んだ。

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