第2話 夜の歌声、心の扉を開く

みつは、その日の夕方、再び歌声喫茶へと足を運んだ。昨日の訪問以来、心のどこかでこの場所が気になっていたのだ。店に入ると、哲治が温かい笑顔で迎えてくれる。「おかえりなさい。今夜は特別な夜になりそうですよ」と彼は言った。


店内は、昼間とは異なる雰囲気に包まれていた。いくつかのテーブルには、既に人々が集まり、期待に満ちた表情で話している。みつは昨日と同じ席に着いた。哲治がコーヒーを運んできてくれ、彼女はその温もりを手の中で感じながら、店内を見渡した。


やがて、店の奥にある小さなステージの照明が点灯され、沙羅が登場した。彼女は着物を身にまとい、その美しい佇まいが一層、店内のレトロな雰囲気を引き立てていた。ピアノの前に座り、彼女は静かに演奏を始めた。そして、その美しい声で昭和の名曲を歌い始める。みつはその歌声に心を奪われた。


歌声が響く中、みつは自分の心が少しずつ解き放たれていくのを感じた。彼女の目からは、久しぶりに感じる感動の涙がこぼれた。歌が終わると、店内は暖かい拍手に包まれた。沙羅が微笑みながらお辞儀をすると、哲治が客たちに向かって言った。「ここでは誰もが主役です。歌いたい人はどうぞ前に出てください。」


そこから、店内はさまざまな人々の歌声で満たされていった。老若男女問わず、それぞれが好きな曲を披露し、他の客たちは温かくそれを聴き、時には一緒に歌を口ずさむ。その雰囲気に心を打たれたみつは、ふと自分も歌いたいという願望が湧き上がるのを感じたが、まだ勇気を出すことができなかった。


夜が更けるにつれ、みつはこの歌声喫茶で過ごした時間が、自分の心に深い傷を癒してくれていることを実感した。哲治、沙羅、そして他の客たちと過ごす中で、彼女は少しずつだが、自分の殻を破り、心を開いていく勇気を得ていた。


夜が終わりに近づき、みつは哲治に感謝の言葉を伝えた。「今夜は本当に素晴らしい時間でした。ありがとうございます。」哲治は優しく微笑み、「いつでもお待ちしていますよ」と答えた。


みつは歌声喫茶を後にしたが、その足取りは昨日よりも軽やかだった。彼女の心には、次にこのステージに立つという小さな希望が、確かに芽生えていた。

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