秋坂ゆえの脳内倉庫

秋坂ゆえ

「魔物」

 ねえ私恐いの どうしようもなく 彼女が恐いの

 ああそうかい

 電話を切る



 俺はヤニだらけの防音室の中一人

 足音がしたからといって それが彼女のものとは限らない


 カーテンは開けない 光って案外微量で足りる


 雲空の上から 魔物が俺を見下ろしている

 何か言いたげに 醜悪な口元を歪めながら


 俺はこの部屋から出ない



 仮に魔物に人間の言葉が話せるとして

 きっと奴が漏らすのは

 血を吐く言葉

 きっと俺はそれに耐えきれず 彼女の元に逃げ込む

 或いはタバコでも吸って 苦笑いしながら 息を止める



 足音とノックが恐いのは俺も同じだよ

 そう言うとあの女は カラスが鳴くように笑った

 貴方と一緒にしないでくれる?

 オーケー、俺もおまえと一緒はごめんだ

 電話を切る



 部屋の扉が開かれる

 魔物が迎えに来たのかと思いきや

 立っていたのは彼女だった

 洗濯物を置いて 彼女は無言で去った

 俺は涙目のまま窓際まで匍匐前進して 灰皿を握り締め 

 タバコに火を付ける



 雲一つ無いセイテンの日

 魔物はどこに居るのだろう


 もしくは無数の星が輝く夜

 魔物はどこに居るのだろう



 彼女から逃げる事が出来ない俺 さながら囚われのお姫様

 悲劇のヒロイン気取って はん、自己欺瞞お疲れ様です


 とか言いつつ待っている

 あの魔物が俺を迎えに来てくれる日を

                           (了)



 以下、解説。


 確か二十歳前後で書いた詩なんですけど、実は気まずい思い出があります。

 常日頃詩を書いている子に、とあるコンテストに一緒に応募しようと誘われたんです。なので、この「魔物」と、次に掲載する「人種別幸福論」ともう一篇書いたんですが、なんか、誘ってくれた子は一次選考止まりで、この「魔物」と「人種的幸福論」は第三次選考まで突破しちゃったんです。


……気まずかった……。


 今は疎遠になりましたが、彼女が健康に詩作を続けていることを祈ります。

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