14日目

平和で温かな日々は続かない。どこかで思っていたのに人はそんなことを忘れて、平和に身を委ねる。


だから不意に来て焦るようにもがく、足掻く。


まだ離れたくないという願いは宙を舞う。






「おはよう」


陽さんは今日も私に普通に挨拶する。


なんだか最近そわそわしているように見えたが、幻覚もしくは私の自意識過剰。


だから私も普通に返す。


「おはよう」


クラスの友達に挨拶されたらこんなふうに返せばきっと普通なのだろう。


普通とは自分自身の世界だけのルールマナーだ。他の人に強要してはお互いの世界が揺らぎかねない。


普通という言葉は意味ない。私はそう思っている。


「今日は何を答えればいい?」


「そうですね…」


本当はある。あるけどずっと聞けずにいる質問がある。


でもいつこの毎日が崩れるかわからない。今日こそ聞く。


「よ、陽さんは、私のこ…」


ただの欲望だった。1日だけでも一緒にいれてよかった。


なのに求めていた。


「中にいるんだろう!出てきなさい!」


急に私たちの日常は知らない人の声に掻き消された。


メガホンで拡張されたような声は私たちが中にいるのを知っているかのような口調で、また私を探しているかのような…


「この家の周りは包囲されている!今すぐにこの場所を解放しなさい!」


私は震えた。この震えは恐怖または愛。


「夏世、もうおしまいみたいだ」


または絶望。


「いやだ…」


あまりに正直だった。


「私は罪を犯してでも!陽さんといたいのに…!」


「それはダメだ。お前の日常は向こうだ。俺はいいんだ」


陽さんはそっとカーテンを捲り外の様子を見た。


おおかた予想は当たっていたようで、メガホンの声は警察だった。


なぜバレたんだろう。そうだ、この前のヤンキー。


きっと何かに勘付いたんだろう。


「逃げよう!陽さん!」


「ダメだ、夏世は外に行って警察に保護してもらうんだ。」


なんで。私はこんなにも陽さんを好いているのに。


もうこの日常は終わり。私たちは離れ離れ。もう金輪際会うことはない。愛し合うことは許されない。


十何日か前、あなたを見て一目惚れしました。好きという気持ちはふざけた言い方でしか伝わりませんでした。


これで終わるなんていやだ。なのに…


涙が溢れる。


今まで固まっていた砂の城は水をかけられ崩れた。


「わかりました…」


でも、これだけは言いたい聞きたい。


外ではずっと私たちに何かを呼びかけていた。でも耳に入らなかったので私は私の世界を続けた。


「ありがとうございました。私の恋はここで区切ります。」


失恋だ。初恋はだいたい叶わない。誰かがそう言っていた。


私も例外ではなかった。でも一生忘れられないだろう。


「それともうひとつ、今日の聞きたいこといい?」


「ああわかった、それを答えたら必ず玄関から出るんだ。いいな?」


「うん」


深呼吸を一回した。肺に酸素が入っていくのを感じてまだ明るい太陽にうまくいくように祈った。


「陽さんは私のこと、好き、ですか?」


はっきり目を見て祈るような手をしてついに言った。いつか聞きたいとずっと思っていたこと。


祈る手は爪を立て肉に食い込んでいた。


「…」


陽さんは沈黙していた。そして私の腕を取り玄関の前のドアに立たせた。


靴を持たされ、抱きしめられた。太陽のような温かさで、暑すぎるくらいきつく。


「俺も好きだよ」


そう耳元で言われた。私は涙が流れた。ずっと想われたかった。叶ったのに、もう叶わない。


そしていつの間にか外のドアの前にいた。


私はドアを叩いた。滝のように溢れる涙は止まらず、子供のようだった。


「陽さん…!」


私はたまらずボロになっていたドアノブを思いっきり引いた。


1回目は開かなかった。


陽さんの顔をもう一度よく見とくべきだったと、後悔を手に込めてもう一度引く。


すると勢いが良すぎるくらい開いた。


その瞬間はきっと2人の間だけ時間が止まっていた。私は何をされたかわからず感じたことのない口の感覚と人の涙のしょっぱさを感じ、警察の人に無理やり引き剥がされたところで時間が動き出した。


「陽さん…!きっとまた絶対…!」


私は泣くしかなかった。私は必死に見えなくなっていくあなたに手を伸ばした。届かないのに。


もうここは私とあなたの変わらない普通の日常じゃない。私が地獄を見た日常だ。でもなぜか冷静で下を向き涙だけが出続けた。


家に着いたのだろうか、記憶は曖昧でいつの間にか自分の見慣れた部屋の天井だった。


目を瞑る。あなたの顔を思い出して。




これは私の日記。あなたに会いたい。こんなに想ったことはなかった。

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