9日目

なんで陽さんが抱き締めたのか分からなかった。


私たちの関係は犯人と人質。決して恋人ではない、私が片思いだけの好き同士でもなかった。


男女が抱き合うのがどんな時なのか分からなかったがきっとこういう関係ではやらないことだと分かる。






私たちは何も言葉を交わすことなくそれぞれの場所で寝た。


案の定心臓は高鳴り寝られず、温もりを自分の中で反芻していた。



「おはよう」


陽さんはまるで何もなかったかのように挨拶してきた。


私は目を見ることが出来ず、ちょっと逸らして普通を装い挨拶を返した。


「おはようございます…」


「さて今日は何を聞いてくるんだ?」


テーブルが一つ置いてあるだけの何もない部屋に1人座っていた。


まるで普通。空気も天気も陽さんも。私の荒れ狂った心以外は。


何を聞けばいいんだろう。何か普通の質問、普通の質問、質問。


「誕生日はいつですか…?」


「誕生日か、そんなんでいいのか?」


迷った挙句の質問。普通だったかな。


「はい」


「実はその…今日、なんだ…」


「え?」


「今日…そう今日だったな…」


陽さんの家族の環境は劣悪だった。だから誕生日会とやらをあまりしてこなかったのかもしれない。


「ちなみにおいくつになったんですか?」


「おっと?質問は一日一つまでだが?」


これもカウントか、けち。


「けち」


心の中の自分が勝手に話した。びっくりした。多分もう気を使う必要がないと感じたのかもしれない。


「随分とおしゃべりになったようだな?」


クスッと陽さんは笑った。胸がキュッと締め付けられる。


「誰のせいだか?」


私もつられて笑う。もう一緒にいて10日近くなる。仲が深まっててもおかしくはない、おかしくはなかった。


「あ!そんなことよりいいこと思いつきました。今日はせっかくですから誕生日会でもしましょ?ケーキとかはないですけど」


これをいい機会に色々話せそうだ。そう思ったら止まらなかった。


「んーまぁいいけど。そういえばこの家なぜか冷蔵庫に酒が入ってたよな。今日くらいいいよな」


渋々了承したかのように話したが、顔は嘘をつけないようでにやけていた。お酒が楽しみなのかな。


その後私たちはちょっとでもらしくなるようにジュースとお酒、たくさんのコンビニのパンを用意した。まぁ内容はいつも通りだけど。雰囲気だけ。というかなんでジュースもあるんだ?


プシュッ 陽さんは缶に入ったお酒を開けた。味は想像つかないが美味しそうにグビッと飲んだのできっと美味しいのだろう。


「それ美味しいんですか?」


「お前にはまだ早い味だな」


「はいはい、そうですねー」


わざとらしく棒読みで返した。


私たちはいつもの会話しか結局しなかった。でもだんだん時間が経ってきて、陽さんの呂律が回らなくなってきているように感じた。


「陽さん、大丈夫ですか?もしかしてお酒弱いんじゃ…」


「だいじょーう」


「絶対大丈夫じゃないですよ…お水持ってきますね」


私は水道に行くためにと立ち上がろうとした。しかし腕を掴まれバランスを崩し、図らずも陽さんの膝の上に座る形になってしまった。


「ちょ、ちょっと…陽さん?」


「どこいくんだよーおれのことすきなくせにー」


陽さんはどっからどう見てもお酒が弱い体質でしかも酔うと色んなこと喋るし結構めんどくさいタイプだった。


「お水ですよ!少し酔いを覚した方が………!?」


キスされた。頬だけど。陽さんは酔うとキス魔にもなるのか。とかいう思考はその瞬間は出来ず、私の頭はおかしくなりそうで振り払うことも出来ずにただただ硬直したまま目を泳がせた。


「あ、あえ…えっと、え、え…あ…」


顔がないあいつみたいになってしまった。そしてとにかく混乱した。なんなんだ?私を掻き乱して人質としての恐怖心を荒く取り除こうとしているのか?だとしたらお門違いだ。


むしろまた意識してしまう。好きってどういう気持ちだっけ…ぐちゃぐちゃでよく分からなくなってきた…


「おまえはここにいろよぉぜったいにがさないんだからぁ」


やめて、初日にもこんなこと言われた気がするが変な気持ちになる。こういう気持ちなんて言うんだろう。今の私の脳内はとにかくぐちゃぐちゃで混乱するとはこういう感じなのかとまざまざと知らされた。だからもう離して…


「あの…離してください…さすがに…」


「おおいいぞお」


あれすんなり。でも私が離れた瞬間寝息が聞こえてきて、振り向くと陽さんは床の上に転がって寝てしまっていた。


「はや…お酒こわ…」


色々起きすぎて声に出したのはこれくらいだった。あとは脳内の処理に任せて私も寝ようと転がった。


しかし頬に残った感触を思い出して目がぱっちりと開く。苦しい。思い煩う恋する乙女の気持ちとはこういう心境なのか。心臓全体が痛いと言うよりも心臓のどこか裏側が痛いようなそんな感じがした。唇が当たった箇所を何回も撫でる。何回も何回も。


恋したことがなかった私がこんな恥らしい行為を出来ていると考えると顔から火が出そうだったが、どうしても思い出してしまう。


しかし明日からどんな顔して陽さんの目を見ればいいんだろう。分からない。平静を装える気がしない。誰か教えてほしい。


そのまま眠ることが出来ず明るくなってしまった。


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