第47話 水と月 Ⅰ
地鳴りのような呻き声が辺りに響く。
アリスは
死者の手のような枝葉はざわざわと鳴り、根は大蛇のように
「ブランカさんは、大丈夫なの? まだ生きているの?」
「ああ。だが、肉体を
「どうすれば助けられるの?」
「ブランカが死ぬ前に、
アリスは
次の瞬間、
「
枝を巧みに
「心臓って言っていいのかはわかんないけど、核はある。それを破壊すれば
「核は何処にあるの?」
「大体は
目を
恐らく、核がある部分だ。だが、そこを正確に攻撃するのは至難の業だ。幹まで近づくのも大変だし、下手をしたらブランカを傷つけてしまうかもしれない。
木は
地面を揺るがすほどの勢いで振り下ろされるそれを、ひらりと
(……全然、近づけない!)
アリスは歯噛みする。もたもたしている暇などない。早くこの
枝を剣で切り落とし、幹に向かって突っ込んでいく。
「待てアリス! 無茶するな!」
エクスの声が脳内に響いたが、時すでに遅し。
真横から伸びてきた枝に気が付かず、脇腹に攻撃を受ける。そのまま、アリスの身体は人形のように吹き飛ばされる。
アリスは一瞬、意識がふわりと揺れるような感覚を覚える。次に目を開けると、何者かによってしっかりと抱かれているようだった。
「ごめん、エク……」
またエクス
エクスでないとすると、この温もりは誰のものなのだろうか。
恐る恐る顔を上げ、目に入ってきたものは——
「……大丈夫ですか、学生さん」
燃えるような赤い髪に黄金の瞳の、物腰の柔らかそうな、青年。
「神父……様……」
アリスが思わず口にすると、青年は優しく微笑み、アリスへと顔を近づける。
「……じゃなくってオーロラ!」
我に返ったアリスは、青年の姿となったオーロラの顔を押し返す。
「おや、いいんですよ? この姿のときは神父様って呼んでもらっても!」
「喋り方も変えなくていいから! なんで男の姿なの!」
「少女の姿では学生さんを受け止められないじゃないですか」
「早く下ろしてよ!」
「残念です! 僕はもうちょっと触れていたかったんですが!」
渋々アリスを地面へと下ろすオーロラに向かって、アリスは聞く。
「……マコおばあちゃんは?」
「もう大丈夫ですよ。術は解除しました。今は家で寝ています」
「そっか……」
少しだけ、胸が軽くなる。だが、問題は解決していない。早くブランカを助けなければ。
「……状況は?」
オーロラが地鳴りの中、尋ねてくる。
「ブランカさんが、あの木の
「そうですか、困りましたね」
「ブランカさんのすぐ上に、
「ふうむ……なら、学生さんの剣も伸ばしてみては?」
「え?」
「遠くからでも木の幹をぶった切れるぐらいに剣を大きくすればいいんです」
オーロラの意見に目を丸くするアリス。剣を握り、エクスに語りかける。
「エクス、そんなことできるの?」
「無理だ」
きっぱりと返事をされる。
「無理だって」
アリスは少し
「今の俺の力ではそんなに剣を大きくすることはできない……ってエクスが」
「大丈夫。僕が手伝います」
「手伝う……? どうやって?」
「さあ、アリス。行って」
オーロラに背中をとん、と押される。
アリスは剣を強く握り締め、再び
距離が縮まると、木の枝がアリス目がけて伸びてくる。アリスを捕らえようと動く枝を次々と切り落としていく。
だんだんと息が上がってくる。これ以上は防ぎきれない。そう思った矢先——
夜空に、歌声が響く。
前に、一度だけ聞いたことがある。オーロラの声だ。
いつの間に少女の姿に戻ったのか、その歌声は美しく、しなやかでありながら、どこか異次元の
夜風がそっと歌声を運び、泉中に響き渡っていく。
オーロラは歌が上手い。昔はアリスも歌が得意だったはずだが、そんなの比べ物にならないぐらい——
うっかり聞き惚れていると、
「あ!」
と、エクスが声を上げる。
「ど、どうしたの?」
「何か、力がすごい
弾むようなエクスの声に困惑する。
「そうなの? 私はよくわからないけど……」
「ちゃんと握ってろよ、アリス!」
「え?」
瞬間、握っている剣がみるみるうちに大きくなる。
シミターのような形状だった剣が、
「きゃあああ! でっか! あれ、でも重くはないかな……?」
「この大きさなら木の幹を狙えるな?」
「や、やってみる!」
「間違ってブランカの首を切り落とすなよ!」
「怖いこといわないでよ!」
大剣を両手で握り締めると、踊るように振り回す。アリスに向かって伸びていた枝が一瞬のうちに切り落とされる。
剣の
最早、負ける気がしない。
「お願い、当たって!」
アリスは木の幹の中心部へと、剣を振りかぶった。
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