第31話 月の道標 Ⅰ

「そんな……神父様が……魔女ウィッチだっただなんて……」

「うふふ、驚いた?」

 

 魔女ウィッチ——ライラは、恥じらうことなく、自身の肢体を見せびらかすようにくるくると回る。


「何で……いつから……」

「最初からだよ? ま、君と僕が出会ったのは偶然だね」


 ライラは近づき、アリスのあごに触れる。その感触に驚いて、後ろに退く。


「偶然、君とこの教会で出会って。偶然、君は僕の魔宴サバトに来た。偶然、君は聖女セイントで。偶然、僕は魔女ウィッチだった……これだけ偶然が重なるなんて、もう運命だよね!」

「…………」

「本当だよ? 君を聖女セイントと知って、声を掛けた訳じゃない。神父の僕は、ただ純粋に、踊る君を見て仲良くなりたいと思っただけ!」


 そう言うと、ライラは小動物のように愛らしく、小首をかしげる。


「っていうか、てっきり僕は、僕を殺すために魔宴サバト聖女セイントが殴り込みに来たのかと思ったんだけど、違った?」

「私はただ……禁術の情報が欲しくて……」


 アリスの声は震えている。まだ、現実が受け入れられない。


「そうだったんだ。じゃあ君は、この孤児院についても、何も知らないんだね?」

「孤児院……?」


 何故、孤児院の話になるのだろうか。子どもたちにも、何か秘密があるのというのか。

 先程、押し花のしおりをくれた女の子の顔を思い浮かべる。


「……子ども達に、危険があるの?」


 恐る恐る、ライラに問う。


「どうしようかな……知りたい? 可愛くおねだりしてくれたら教えちゃおうかな?」


 ライラはあくまでも無邪気に、からかうように、アリスを見つめる。恋人を困らせたい、と言った感じの、少女の顔だ。


「…………」

「あ! その怯える顔可愛い! いいよ! 教えちゃう!」


 何故かほほ紅潮こうちょうさせて、ライラは話し始める。


「この孤児院にはね、悪霊デーモンによって親を失くした子どもだけではなく……悪霊デーモンと契約して、行き場を無くした子どもがいる」

悪霊デーモンと……契約……?」

「そ。幼くして、霊を失い、魔女ウィッチとなった子ども達……グレーテルも、そうだった」


 アリスは驚愕きょうがくする。


「グレーテルが、狂悪霊インセインデーモンになったのを、知っていたの?」

「……予想はついてた。彼女をさとせなかった。僕の責任だね」


 ライラは、辛そうにうつむく。その表情に、嘘はなさそうだ。

 顔を上げ、一度微笑むと、アリスに話しかける。


悪霊デーモンに願いを叶えてもらうって、どういうことか知っている? 悪霊デーモンは、追い詰められた人間の前に突然現れて、何でも願いを叶えてくれる、みたいに言うんだ」


 先程までの、調子に乗っている少女の声色ではなく、落ち着いた声で言う。


「でもね、実際、悪霊デーモンはそんなに色んなことはできないんだ。悪霊デーモン)は、神様ではないからね」


 ふと、ライラは自身が裸であることを思い出したのか、ようやく足元の白いシャツを拾って、羽織る。男物のシャツは、彼女の身体を、太もも辺りまで隠す。


「グレーテルはね、悪霊デーモンに、死んだ母親にもう一度会いたい、って願ったんだよ。そしたらどうなったと思う? 悪霊デーモンは、グレーテルの母親の墓を掘り起こして、白骨化した死体を、グレーテルの目の前に持ってきた。どんな姿か、までは願ってなかったから。悪霊デーモンは噓はついていない。でも、あんまりだよね……」


 アリスはただ、息を呑む。ライラの黄金の双眸そうぼうは、アリスを真っ直ぐに見つめる。


「この地にはね、こうやって、純粋が故に、悪霊デーモンに騙され、霊を失い、行き場を無くした人間がいるんだ。自業自得だと、そう思う?」


 沈黙ちんもくが流れる。アリスはやっとの思いで声を絞り出し、口にする。


「……わからない。わからない、けど、同じ状況になったら、悪霊デーモンの手を取ってしまうかもしれない、とは思う……」


 人は、そんなに、強くない——それはよく、知っている。


「そ。王家や王都騎士団は魔女ウィッチを絶対悪みたいに扱うけれど、実際はそんなものだよ」


 ライラは腕を後ろに組んで、目をせる。


「皆、ただの人間なんだよ」

「…………」


 涙が込み上げてくるのを、耐える。ここでアリスが泣くのは、なんだか場違いな気がするから。


「ふふ……魔女ウィッチに同情してくれるのかい? 優しいねえ、君は」


 ライラは、いつくしむような笑顔を見せる。


「だから、こうして姿を明かした」

「え……」


 驚くアリスを無視して、ライラは話を続ける。


「霊を失った子どもたちは、いつも死に怯えている。死んだら、悪霊デーモンに肉体も奪われ、魂は死の国へ行くしかないから。でも、そんな彼らを救う方法が一つだけ、ある」

「……あるの?」


 アリスは聞き返す。ライラは静かにうなづき、口にする。



「契約した悪霊デーモンを殺す」



悪霊デーモンを……殺す……?」


 その言葉を聞き、アリスは戦慄せんりつする。


「うん。殺す……というか、消滅させるって感じだけど。悪霊デーモンは消滅すると、その悪霊デーモンが今までに人間から奪った霊は、地に放出される。現世に肉体と魂が存在しない場合は、浮遊霊となって新たな悪霊デーモンの種になるけど、現世に肉体と魂がまだ存在している場合は、霊が戻るんだ」

「じゃあ、魔女ウィッチとなった人間は、まだ、やりなおせるってこと……?」

「その可能性がある。でも、悲しいことに、一度悪霊デーモンの力を知った人間が、改心するのは難しい。大体はまた新たな悪霊デーモンと契約して、最終的には狂悪霊インセインデーモンになる。そうなるから、そうなる前に、王都騎士は魔女ウィッチを捕らえ、情報を吐かせるだけ吐かせてから、殺す。魔女ウィッチを殺すとね、悪霊デーモン魔女ウィッチの肉体を貰いに必ず現れるんだ……そういう契約だから。それが普段、人前に現れない悪霊デーモンを、簡単に見つける方法。狂悪霊インセインデーモンになる可能性のある人間と、悪霊デーモンを同時に始末できる。王都騎士団はそうやって、悪霊デーモンの数を減らしている。だから、常に魔女ウィッチを探しているの」

「そんな……」

「……君はどっち?」


 ライラと見つめ合う。なんだか心の底を除かれているようで、身震いする。


魔女ウィッチはまだ、生きる価値があると思う? それとも、危険だから殺すべきだと思う? 前者なら……君は僕にとって生かすべき人間になる。後者なら……今、君を、ここで殺す」


 黄金の双眸そうぼうが細められる。

 心臓が不安な鼓動を打つ。頭の中で、神父と話した記憶や、子ども達と遊んだ記憶を呼び起こす。


 あんなにも楽しそうに笑っていた皆が、こんな苦しみを、抱えていただなんて——


「……さない」

「ん?」

「殺さない。皆の霊は、私が悪霊デーモンを狩って、取り戻す」

「へえ……?」


 ライラは少しだけ馬鹿にするように、意地悪に微笑む。


「……元より、この地の悪霊デーモン狂悪霊インセインデーモンを、たくさん狩ることが、私のやるべきこと」


 アリスは、ライラを見据える。


「だから、殺さない」


 アリスの真摯な態度を受けてか、ライラは目を丸くする。

 その後、けらけらと笑い出す。


「無茶言うねえ……君一人で、どこまでやれるっていうんだ。狂悪霊インセインデーモンと違って、悪霊デーモン狡猾こうかつだ。見つけることすら、できないと思うよ?」

「…………」


 しゅんとするアリス。解っている。自分にそんな実力も、知識もないことを。

 でも、放っておけない。何かできるのなら、してあげたい——


「……ふふふ、かわいそうな子。優しすぎるね。他人のことなんて、放っておけばいいのに。それができない。ふふ、可愛い……」


 そう言うと、ライラはアリスに接近する。


「……気に入っちゃったなあ」


 恍惚こうこつとした笑みを浮かべて、ライラは言う。


「ああ、どうしよう、こんなに胸が高鳴るのは、百年ぶりだわ……」


 ライラは手を伸ばし——アリスの頬に、自らの頬をすり寄せる。



「君のこと、好きになっちゃったかも」

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