妖怪ささくれ
かなたろー
妖怪ささくれ
「ねぇ~妖怪ささくれって知ってるぅ?」
午前2時、小岩のバーで、俺はいきなりおねーさんにからまれた。
完全に目が座っている……こりゃ泥酔しているな。
「いや、知らないっすけど」
「子供の頃に聞いた話~。江戸川区にある
おねーさんは、フラフラと頭を揺らしながら、バーのマスターにジョッキを渡す。
え? ジョッキ?? バーで???
驚いている俺に気がついたのだろう。ジョッキにレモンサワーを注いだバーのマスターが、おねーさんに手渡しながら説明をしてくれる。
「そのジョッキはおねーさん専用です。あんまりに飲むもんだからお代を戴きすぎるのも悪いなって感じがしてね。おねーさんに限り、代金変わらずジョッキでレモンサワーをお出ししています」
「どうりで……」
俺は、泥酔したおねーさんを納得した目で見る。
「うふふ、かわいいでしょ?」
おねーさんは、へらへらと笑いながらレモンサワーをあおり、
「でね、妖怪ささくれなんだけど、おにーさん知ってる?」
と、再び訪ねてくる。
「いや……今年の春に越してきたばかりなんで。このバーも今日始めてです」
「そっかー。どーりで見ない顔だと思ったー」
「ところで、何なんですか、妖怪ささくれって」
「おにーさんは、江戸川区の市役所いったことあるー?」
? なんだなんだ? いきなり話が飛躍したぞ??
「ええ、まあ。引っ越してきたときに一度だけ。あとは道沿いに家電量販店とホームセンターがあるので、そこに何度か」
「うふふふ。だとしたら、もう取り憑かれてるかも。妖怪ささくれにー」
「え? 物騒なこと言わないでくださいよ!!」
驚く俺をガン無視して、おねーさんは妖怪ささくれについて話し始める。
「橋を渡った後しばらくすると、
「あ、はい。家電量販店に行くときに必ずとおります。珍しいですよね、
「その
「マジっすか??」
「マジっすよ!! ようく耳をすますとね、男の子の声がかすかに『ささくれーささくれー』って聞こえてくるの」
「おねーさんも聞いたことあるんですか?」
「もちろんー。小学生のときから、何度も聞いたことあるよ」
すごい。心霊スポットって、本当にあるんだ。
さすが、江戸川区。さすがは東京の右っ端。
「ところで、妖怪ささくれが出たらなんか起こるんですか?」
「別になんにも-。声が聞こえるだけー」
「なんすかそれ? 肩透かしにもほどがある!」
「あたしにそんなこといわれてもー。あ、マスター。レモンサワージョッキおかわりー」
・
・
・
一ヶ月後、俺は扇風機を買いに行くために自転車で家電量販店へと向かった。
さすがにエアコンは部屋についているけれど、扇風機を回して少しでも電気代を抑えたい。
今は7月の上旬。梅雨が開ける前にさっさと買っておかないと。汗だくで大荷物を抱えるだなんて考えたでけれも気が滅入る。
俺はチャリチャリと自転車をこぎながら、ふと一ヶ月前の出来事を思い出す。
お、そういえば、妖怪ささくれなんて話があったな。
ここ、ここ。ここがちょうどその
俺は興味本位で耳をすましてみる。すると、
(ささくれー。ささくれー)
本当だ。本当にかすかにだけど、男の子の声が聞こえてくる。
(ささくれー。ささくれー。ささくれー。ささくれー。ささくれー。ささくれー。ささくれー。ささくれー。ささくれー。ささくれー。ささくれー。ささくれー。ささくれー)
男の子の声は、ただひたすらに『ささくれ』を繰り返すだけだ。
バーで出会ったおねーさんが言う通り、それ以外のことは特に起こらないらしい。
……それにしても、この信号、めっちゃ待たされるな。
(ささくれー。ささくれー。ささくれー。ささくれー。ささくれー。ささくれー。ささくれー。ささくれー。ささくれー。ささくれー。ささくれー。ささくれー。ささくれー)
一体どれくらい待たせるんだ?
(ささくれー。ささくれー。ささくれー。ささくれー。ささくれー。ささくれー。ささくれー。ささくれー。ささくれー。ささくれー。ささくれー。ささくれー。ささくれー)
俺はスマホを取り出して、待ち受け画面にデカデカと書かれてある現在の時刻を見た。17時07分。おいおいおいおい! もう7分以上まってるじゃないか?
俺はスマホの上画面を見る。7月7日とある。そういえば今日は七夕だ。
(ささくれー。ささくれー。ささくれー。ささくれー。ささくれー。ささくれー。ささくれー。ささくれー。ささくれー。ささくれー。ささくれー。ささくれー。ささくれー)
俺ははたと気がついた。
男の子が言っているのは『ささくれ』じゃあなくて『笹おくれ』ってことなんじゃないか?
(ささくれー。ささくれー。ささくれー。ささくれー。ささくれー。ささくれー。ささくれー。ささくれー。ささくれー。ささくれー。ささくれー。ささくれー。ささくれー)
「いいよ。笹、あげるよ」
俺は気まぐれに答えた。すると、
「わあ。ほんとうに笹があるー!!」
眼の前に、短冊をたくさん持った男の子が立っている。
男の子は、俺に向かってペタペタと短冊をはっている。
いや、ちがう!!
これ、笹じゃない! 呪いのお札だ!!
ドン!!
腹部に猛烈な痛みが走り、俺は我へと返る。
俺は、
もうろうとした意識の中、俺の網膜にある立て札が映る。
『注意!! 死亡事故多発地帯!!』
なるほど。男の子が『笹おくれ』って言ってる事に気づいたやつは、もれなく男の子に憑り殺されるってわけだ。
俺は、けたたましいサイレンの音を聞きながら、ゆっっっっっっっくうりと気を失った。
妖怪ささくれ かなたろー @kanataro_
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