愉快なささくれ

@aqualord

第1話

太田は今日も鳥料理屋でお一人様を楽しんでいた。

今日も、といっても毎日訪れるというわけではなく、給料日の夜に決まって、という意味だ。

振り込まれた給料の中から五千円を引き出し、「1か月お疲れ様、自分。」の会をやるのだ。


この習慣が出来たのは5年ほど前なので、多分自分は常連扱いをしてもらっていると太田は思う。

一人でやって来て偶然会った誰かと会話を楽しむ、というわけではなく、ひたすら自分一人で、誰かに何の気兼ねをする事も無く好きなものを食べ、好きなものを飲み、好きなことを呟き、満足したら帰る。

これこそ「お疲れ様」だと太田は思っている。


「次は~何にしようかな~。」


太田は微妙に節をつけてメニューをひっくり返す。

いつものメニューだが、見慣れすぎていて、次に食べたいものを迷ってしまうのだ。


メニューを弄びながら聴くとも無しに聴いていたBGMが、何かしんみりした歌に変わった。

ささくれた心が何とかと歌っている。


「ささくれ、ねー。なんか、ささみくれ、に似てるな。」


酔いが回ってきてるのだろう。

駄洒落にもなっていないのに、素晴らしい発見をしたかのように愉快な気分になる。

見ていたページにはささみフライの梅肉がけが載っていた。


「ささみを食べろってことだな、これは。」


この店のささみフライは梅肉の酸味具合が太田の好みに丁度合っているのだ。

なのに、先月も、先々月も食べていなかった。

だから、太田はまるで神の啓示にでもあったような気がした。


呼出しのピンポンを鳴らす。


「はーい。何にしましょう。」


店員のお姉さんは、太田のことを覚えていて、太田がまだもう少しだけ飲んで食べてから帰るのをわかってくれていた。


「ささくれ」


太田はちょっとふざけてみた。


「え?」


お姉さんはきょとんとする。


「ごめんごめん。ささみくれ。」


太田は愉快な気分のまま言い直す。


「はーい、ささみフライですね。ささみフライはいりました!」


お姉さんは笑顔で応対した。


太田はまた少し愉快になった。


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