第20話 幸運を運ぶ妖精



 座長は乱雑に積み重ねられた荷物の上に置いてある物体を指し示す。


 よく目を凝らすと、虫かごのような小さな鉄の檻がある。

 その中には小さな少女が蹲っていた。


 緑色の髪をツインのお団子風に纏めており、とても可愛らしい顔立ちをした美少女。

 鮮やかな葉っぱのような衣装を姿で、背には虫のような透明の翅が生えている。


 おっし間違いない――ピコだ。


 ピコも原作でローグの仲間となる、もう一人のヒロインポジを務めている。

 さっきも述べた通り固有スキル《幸運フォーチュン》を持ち、物語のご都合展開ガバにさらに拍車をかけさせた戦犯であった。


 この妖精族フェアリーが常に傍にいることで、ローグに様々な幸運が舞い降りて、それは戦闘中にも生かされ奇跡的な偶然を何度も起こしている。

 でなくても《能力貸与グラント》で破格のレベルアップがなされているのに、さらに幸運も味方についているのだから、誰も手に負えない異世界最強のチート主人公の完成だ。


 しかもローグの野郎は相当エグイ方法で、このピコをゲットしている。

 原作ではメインヒロインのシズクを奴隷にして間もない頃、冒険者等級が低いローグはとあるクエストを請け負っていた。

 それは何日も帰って来なくなった貴族が飼っている猫を捕獲する任務だ。

 ローグは猫を見つけるも逃げられてしまい、とある場所に迷い込む。


 ――それがここだ。


 もうわかったろ?

 ローグはここで檻に閉じ込められていたピコと出会い、彼女から「ここから出して」とお願いされる。

 奴は「こんな狭い所にいるなんて可哀想だ! 種族の売買なんてどうかしている!」とかホザいて、勝手に檻を壊してピコを逃がしたんだ。


 しかも座長に無断で。


 そしてピコに感謝され「マスターとして貴方の傍にいるわ」となり、晴れてローグの仲間になったんだ。

 んで猫もピコのスキル《幸運フォーチュン》で無事に捕獲できてクエストも達成できたという展開だ。


 無論、このことで感想欄は荒れ、SNSは炎上した。


 読者から「ローグ最低。勝手に開放したら駄目だろ」「お前も奴隷を飼っているよな!?」「どの口が言えるんだよ草」「店の人に迷惑です」「普通に犯罪w」と非難の嵐であり、一方で「ローグくん甘くて優しい」とか「漢気ある!」とか「可愛いフェアリーを解放して何が悪い」「好感度アップです」など擁護する信者コメも書かれている。


 鳥巻八号の世界観に脳が侵されきってない俺としては前者側の意見だ。

 どんな店だろうと窃盗はやっちゃいけない。

 前世の時代や犯罪組織からなら救出劇の美談となるだろうが、ここは異世界であり国が認め営業しているれっきとした店だ。


 国民として筋は通すべきである。

 だから、わざわざ座長に声を掛け案内してもらったんだ。


 このピコを正式に購入し仲間として迎えるために――。


「よし買おう。んでいくらだ?」


妖精族フェアリーは希少種族ですので1000万Gは頂きたいですね」


 た、高ッ!

 いや、これでも最安値でお買い得の方だ。


 座長が言うように、原作でも妖精族フェアリーはエルフでさえ踏み込めない大森林の最奥地で生息されている伝説級のレア種族だとか。

 けど、いくら貯蓄があるとはいえ1000万Gも払ったら破産しちまう。


「あ、あのぅ……ローン払いじゃ駄目っすか? ギルドローンで……はい」


 急に弱腰になる、俺。

 まさかローグみたいにパクるわけにもいかないだろ……。


「問題ありません。ギルドから差し引くようお手続きして頂けるのであれば」


「ありがとう。まとまったお金ができたら利息分ごと返済するよ」


 よ、良かった……こういう場面で鳥巻大先生のガバ設定に感謝だな。

 こうして幸運の妖精族フェアリーピコを手に入れた。

 また原作に反し、ローグからヒロインを奪ってやったぞ……フフフ。


「お客様、ご購入して頂いたサービスです。どうぞこれを」


 座長は言いながら、長い糸を俺に渡してきた。

 何やら先端部分には小さな首輪状になっている。


「何これ?」


「そ奴用のハーネスです。私が躾けのため使用していたモノです」


「いらないよーっ、可哀想じゃん」


「……しかしそ奴は中々どうして。かなり強かなフェアリーですよ。籠を開けた途端、よく脱走しようと目論んでいましたので」


 そりゃ、おたくが怖かったからだろ?

 原作だって逃走したなんて描写はなかったぞ。

 いや待てよ……案外、主人公補正ってやつか?

 ご都合展開ガバが働いていた可能性がある。


 俺は檻に顔を近づけた。

 ピコは怯えた様子で隅の方で身を屈めている。


「……キミは今から俺の仲間になるわけだが、間違っても逃げたりしないよな?」


「ア、アタシ……種族を売買する連中は信じない。そいつから買った、アンタも含めてよ!」


 なんだよ。ローグのように、俺も無断で解放させて罪を犯せってか?

 言っておくけど、間違っているのは主人公側だからな。

 てゆーか、お前にとって結果は一緒だろ?


 でも参ったぞ。

 ピコにとって売り手と買い手も同罪だという認識のようだ。

 皮肉にも彼女にとって購入されるより無断で逃がした方が、気持ち的に正解だったのか。


 原作だとピコから信頼を得られなければ、《幸運フォーチュン》スキルは発動しない。

 こりゃ、しばらく時間がかかりそうだ。

 その前に逃げられてしまっては元も子もない。


「……そのハーネス、有難く貰うとするよ」


「はい、それと躾けに不安を感じられるのなら、アクバを訪ねると良いでしょう」


「アクバ?」


「近辺にある奴隷商店です。その者に依頼し、主従契約の魔法を施せば嫌でもお客様の言う事を聞き入れますからね」


 なるほど、その手もあるか。

 けど、それも可哀想……いやシズクに同じことしているんだから有か?


 にしても座長め。

 さっきの口振りだと、ピコの躾けに失敗して最安値で俺に売ったようだ。

 まぁいい、ウィンウィンの買い物には変わりない。



 それから俺達は見世物小屋フリークショーから出た。


「――アンタ達、アタシを奴隷にする気ね! 酷い人族ッ! 最低ッ、信じられない!」


 小屋から出た途端、ピコに延々と罵られる。


 こんなんじゃ檻カゴから出すわけにもいかない。速攻で逃げ出すに決まっている。

 クソッ、主人公補正のない俺には原作のローグのようにしれっと瞬殺で手懐ける術はないからな。


「アルフレッドだ。奴隷にするかは検討中だ。逃げ出そうとしなきゃ何もしないし安全は保障する……頼むから仲間になってくれよ」


「……どうしてアタシにこだわるの? わざわざローンまで組んで……エッチな変態さんには見えないけど?」


「俺は色々あって優秀で信頼できる仲間を集めているんだ。キミにもそうなってほしいと期待している……それが俺の本音だ」


 俺は手に持つ檻越しで、ピコをじっと見つめる。

 最初はびくびくと怯えていた妖精族フェアリーだったが、今はじっと透き通るような瞳を向けていた。


「……ピコよ。貴方の真っすぐな瞳、嘘はないと信じるわ。だから逃げたりはしない……約束する」


「そうか、ならピコを信頼し檻から出そう。よろしくな」


「アルフレッドと言ったわね? アタシはまだ信頼まではしていない。仲間になるかは、これからの行動で見定めさせてもらうからね……」


 どうやら俺を試す気のようだ。


 まぁいい。

 なら時間をかけてで、ピコに信頼される男を目指してやろう――。



―――――――――――

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