第8話 いわくつきの相手



 転生前の社畜時代では自分のことで精いっぱいで人助けなど無関心だったが、この異世界では何故か妙な正義感に駆られてしまう。


 気づけば俺は駆け出していた。

 その背中を追う形でローグが「待ってくださいよ!」と後に続く。


 裏路地に入ると、若い女性が複数の男達に絡まれている。

 まだ少女だ。見た目からして15か16歳くらいか。

 黄金色の長い髪をツィンテールにし、ちょっとつり目気味の大きい茶色い瞳に顔が小さく可愛らしい顔立ち。

 品の良さそうなフリルがついた赤いワンピースを纏っている。


 ……ん?

 なんだろ、この子どっかで見覚えがあるぞ。


「お離しなさい! あなた達、無礼ですわ!」


「んな騒ぐなよ、姉ちゃん。俺らと一緒に遊ぼうぜぇ」


「いいだろ~、楽しいぜぇ。気持ちよくしてやるからよぉ」


「ギャハハハ! このままさらっちまおっか! なぁ!」


 男達は冒険者のような身形をしていた。どいつも強面で筋肉隆々だ。

 それにナンパにしては物騒なことを言ってやがる。


「おい! お前ら何しているんだ! その子が嫌がっているだろ!」


 俺は臆することなく堂々と胸を張って男達に近づく。

 前世では絶対にありえないシチュエーションだ。けど既に強力なモンスターや魔族を狩っているからか、少しも怖くなかった。


 案外、元のアルフレッドの精神が交わっているかもしれない。

 奴は愚鈍のクズだが常に自信に満ち溢れていた。

 衰退し落ちぶれた後も這い上がろうと必死で、怪物と化したローグを超えようと魔王軍に寝返り闇堕ちまでして戦いを挑んだ。


 しかしどんなに足掻こうと、主人公補正のあるローグには勝てず敗北し何もかも失ってしまう。

 最後は無様な命乞いをしながら処刑され城に晒された。

 読者からは「アルフレッドざまぁ」とか「やっとこくたばったw」だの「すっきりしたわ、カス」っと心の浄化役カタルシスとして散々書かれている。


 けど俺はどこか奴の生き方が羨ましかった。

 社畜として悶々と生きている俺とは違い、ゲスにせよ完全燃焼して人生を謳歌していると思えたからだ……。

 

「んだと! このガキ!」


「関係ねぇだろ、あっちに行け!」


「殺すぞ、コラァ!」


 俺の言葉に男達の顔つきが変わり、その中の一人が殴り掛かってきた。

 けど遅すぎる。スキルを使うまでもない。


 あっさりと躱し、同時に空ぶった男の手首を掴むと足を引っ掛け勢い任せにぶん投げた。

 男は一回転し受け身も取れず地面に叩きつけられる。

 白目を向いているが一応は生きているようだ。


「テメェ!」


 仲間の一人が躊躇なく剣を抜いた。


「やめておけ、武器を持った時点で俺も手加減できなくなる(今もしてねーけど)。死ぬぞ」


 俺は剣を向ける男だけじゃなく、他の連中にも威圧した。

 男達は圧倒され「ぐっ……」と奥歯を噛み締め動こうとしない。


「もうアルフレッドさん、足早いですって……って戦闘じゃないですか! これはいよいよ、僕の《能力貸与グラント》で強化する時がきましたよぉ、ひゃほーい!!!」


 遅れて来たローグが現場を見て、スキルジャンキーと化している。

 だがその言葉で、男達は「なんだと!?」と声を荒げた。


「ア、アルフレッド!? あの【英傑の聖剣】の団長か!?」


「魔王軍の幹部を瞬殺したって言う、第一級の冒険者じゃねぇか!」


「や、やべぇよ! どおりで強ぇ筈だ! 俺らじゃ勝てるわけねぇって!」


 何やら俺の名を知って酷く動揺している。

 最初から名乗っていればよかったか……いや、こうして痛い目を見せてやらんと信じないだろう。


「戦う気がないなら見逃してやる。こいつを連れてとっとと失せろ! 二度と悪さするなよ!」


「わ、わかりました!」


「すんません、すんません!」


「ひぃぃぃ、ごめんなさぁぁぁぁい!」


 男達は平謝りして、気を失っている仲間を担いで消えて行った。


「ふぅ、やれやれ……ローグのおかげで無駄に戦わなくてすんだよ。サンキュな」


「アルフレッドさん、あんまりです!」


「は?」


「どうして戦闘してくれないんですか!? せっかく僕が強化貸与バフしてあげようと思ったのにぃぃぃい!!!」


 目を血走らせながら、やたらとブチギレるローグ。


「い、いや……どの道、あんな雑魚にバフは不要だと思うぞ、うん」


 もう呆れて何も言えねーっ。

 鳥巻八号め……とんでもねぇジャンキーを主人公にしやがって。

 てかアニメ化されているんだよな……マジかよ。


「あ、あのぅ!」


 助けた少女が声を掛けてくる。

 間近でその顔を見た瞬間、身体中に電流が走った。

 言っとくが別に一目惚れとかじゃないぞ。

 俺は彼女を知っている……コミック版のまんまだ!


 ――ティファ・フォン・ルミリオ。

 ルミリオ王国の第一王女……つまり、この国のお姫様だ。

 しかも相当なじゃじゃ馬姫。今は15歳くらいか。


 思い出したぞ!


 ローグが追放される前、ティファは単身で城を抜け出し今みたいにゴロツキ達に絡まれていたんだ。

 その現場に偶然居合わせたのが、娼婦館帰りのアルフレッドと荷物持ちだったローグの二人。

 アルフレッドが「んなの放っておけ」とスルーする中、ローグは「放っておけません!」と正義感を振り翳し、男達に「どうか見逃してください!」と武力ではなく土下座して見せたんだ。


 結局は男達に容赦なくボコられるも、ローグはひたすら謝ることでその場を丸く治めている。

 半ば呆れられてゴロツキ達は去っていった。


 アルフレッドが「そんな薄汚ねぇ小娘を必死に守ってバッカじゃねぇっての、だっせーっ!」と暴言を吐き、それでもローグは「キミ、大丈夫だった?」と優しく介抱してその場を後にした。

 そしてローグが追放され覚醒した後、ティファは王女として彼の前に現れ「あの時はありがとうございます」と礼を言いつつ、その後は主人公に惚れて持ち上げる最強のパトロンとして支えていくという話だ。


 一方の衰退したアルフレッドは、とあるイベントでティファと再会し、「あの時は、よくも薄汚ない小娘だと言ってくれましたね? 覚悟しなさい!」てな感じで詰め寄られてしまう。

 結果アルフレッドはさらに失墜しどん底に落ちるという、見事なざまぁ展開であった。


 だからだよ――俺は勇者の称号を断り王族と関わらないようにしていたのは。

 なまじ原作を読んで顛末を知っているだけに、トラウマ的な苦手意識を持ってしまっている。


「危ない所を助けてくれてありがとうございました!」


 そんなティファは丁寧に頭を下げて見せてくる。


 やべぇ、関わりたくねぇ……本能がそう囁いている。

 きっとろくな目に遭わないと直感が疼いているんだ。


「いえ、当然のことをしたまでです。か弱い女子が単身でこのような場所で歩かないほうがいい。では――」


 俺は逃げるようにローグの腕を掴み、彼女から離れた。


 ティファは何故か頬を赤く染め、ぽーっとこちらを見つめてくる。

 やっぱりローグに目をつけたか……クソッ、フラグへし折れなかった!


「――アルフレッド様ですね! 貴方様のお名前は覚えましたわーっ!」


「ひぃい! なんなんだよ!? 俺ぇ何もしてないよね!? 失礼なことしてないよね、ローグ!?」


「いえ、アルフレッドさんは重大なミスを犯しています――それは僕に強化貸与バフをさせてくれなかったことです!」


 やかましい、スキルジャンキーめ!

 お前はいいよな! 主人公補正でどうせヨイショされるんだからよぉ!


 もう嫌だ!

 こうして俺は戦慄しながら足早に去って行く。



 一方で、


「……アルフレッド様ぁ、なんて麗しきお方なのでしょう……わたくし恋に落ちたかもしれませんわ」


 俺の知らないところで、別ムーブが進行していた。



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