第7話 蠱惑の瞳



 やはり原作通り、ジャダムは《蠱惑の瞳アルーリングアイ》を所持していた。


 アルフレッドはこの呪術具を密かに回収し、自分の右目と融合させシャノンを魅了し寝取ってしまう。

 その現場をわざわざローグに見せつけ、後日追放宣告するというダブルパンチを食らわせる最低な鬱展開だ。


 んでどうするの?


 このまま持って帰ったら原作通りに事が進んでしまう気がする。

 けど放置して他の奴らの手に渡っても酷い事態を招き兼ねない。


 特にスキルジャンキーのローグに渡った日には手に負えなくなる。

 なまじ主人公補正があるだけに何をやらかすかわかったもんじゃない。

 今回の探索で奴の本性もわかったからな。


 俺は仲間達を背にしてしゃがみ込む。こっそりと《蠱惑の瞳アルーリングアイ》を拾い懐のポケットに入れた。


(とりあえず俺が回収しておこ。なぁに使わなければいいだけの話だ……)


 以前のアルフレッドならともかく、今の俺が使用する筈がない。

 前世では35歳で童貞のおっさんだ。

 それにこう見ても純愛派だからな。

 こんなアイテムなど使って誰かをどうこうしようとするつもりなど毛頭ない。


「アルフ、どうしたんだ?」


 背後から、ガイゼンが声を掛けてくる。


「なんでもない……ジャダムを討伐したことだしクエスト達成だ。皆、良くやった」


「けど、パル達は何もしてないよ?」


「最後はアルフさんお一人で斃したではありませんか? 流石としか言えませんが……」


「しかも瞬殺でしたぞ。まぁ格の違いというところでしょうか。お見事です、団長」


 シャノンとカナデに称えられ、俺は誤魔化すように「ハハハ」と笑う。


「……けど本当なら、僕の《能力貸与グラント》でみんなを強化してイキってもらいたかったのに……僕が一番、みんなをイキらせられるんだ!」


 もう何、堂々と言っちゃってんの、ローグ!

 こいつ、ガチやべーよ。


 けど主人公補正ガバなのか。誰も聞く耳を持たない。恋人のシャノンでさえもスルーだ。


 いや一人だけ耳を傾けている人物がいる。


 ――二軍の魔法士ソーサラーである鷲ゴボウのダニエルだ。

 唯一こいつだけがローグの独り言をずっと聞き入り、丸眼鏡のレンズをキュピーンと光らせていた。


 今回の戦いで思うところがあったのだろう。

 あるいは自分を含め【英傑の聖剣】の全員が強くなるカラクリに気づき始めているのか。


 ……まぁいいさ。

 最初からローグの有能性を証明する算段だったからな。

 実は奴がスキルジャンキーだと判明したことで、俺から直接手を下すまでもないと思っている。


 このままローグにスキルを使わせないよう抑制させれば、いずれ禁断症状を起こし自分からボロを出してくるに違いない。

 今だって何度もボロ出しているからな。ガバ設定で気づかれにくいけど。

 案外、自分から「実はみんなの能力値アビリティを勝手に上げて固有スキルを進化させてました~ん、えへっペロッ」とかぶっちゃけそうだ。

 それが自然のあるべき姿ってやつかもな。


 こうして俺達のクエストは終了した。



◇◆◇



 魔王軍の幹部を討伐したことで冒険者ギルドを始め、ルミリオ王国中が大賑わいのお祭り騒ぎとなる。

 【英傑の聖剣】はついに白金プラチナクラスの集団クランパーティとして認められた。

 さらに国王が俺に会いたがっており、勇者の称号を授与したいようだ。


 ――だが俺は丁重に断った。


 どうせいずれ取り上げられる称号だし、そういう面で頑張りたいとは微塵も思っていない。

 考えてみれば前世では、ひたすら忙しかった社畜人生。過労死した疑惑さえある。

 たとえ鳥巻八号の原作世界だろうと、異世界に転生できたのだからセカンドライフは自由気ままに過ごしたい。


 目指せ、スローライフ!

 っていうのも悪くないしょ。


 団長専用の部屋で、俺はそう思いに耽ける。

 ダンジョンで回収した《蠱惑の瞳アルーリングアイ》を棚の中に入れた。



「いやぁ、勿体ねぇな……」


 夕食時。

 副団長のガイゼンが面頬の口部分を開けて鶏肉を押し込みながら、ずっと同じことを言っている。


「何がだ? てか食事の時くらい兜を脱げよ。どうして顔を隠すんだ?」


「前に説明したろ? オレは照れ屋なんだ……それより、アルフよ。勿体ねぇよ」


「だから何だよ?」


「勇者の称号に決まっているだろ? 冒険者として最高の名誉じゃねぇか。上手くいきゃ貴族にだってなれるんだぞ? 領土だって貰える……なのにあっさりと断りやがって、せっかくの大出世のチャンスだったのによぉ」


 まぁ孤児院出身で貴族になれるのだから栄誉なことだろうな。

 けどね。


「あくまで魔王を討伐したらだろ? それまで今回のように魔族の討伐とか危険なクエストばかりを強いられるんだ。いい使いパシリだよ」


「なんだ? 随分と欲がねぇな……以前は超貪欲の塊だってのによぉ。なぁパールやシャノンからも何か言ってやれよ」


「パルはアルフが決めたことについて行く。それだけ」


「わたしも特には……確かにガイゼンさんが仰る通り、勇者は弱者を助け世に光をもたらす由緒正しき英雄職。それ相応の覚悟は必要でしょう。アルフさんではありませんが、安易に引き受けていいものか悩んでしまうのも無理はないのかもしれません」


 数日前の冷たい口調とは異なり、俺のことを気遣ってくれるシャノン。

 フラグを立てちゃいけない子なんだけど、ちょっと嬉しい。


 ガイゼンは「まぁ、お前さんが決めたことなんだからオレはついて行くよ」と納得してくれた。

 なんだかんだ気のいい相棒だ。


 けどごめんな、ガイゼン……実はアルフレッド、原作では王族と絡むと決まってろくな展開になっていない。

 したがって勇者を断ったのは言わば自己防衛策でもあるのだ。



◇◆◇



 数日後。


 俺はローグを連れて王都の冒険者ギルドに立ち寄り報酬金を受け取っていた。


 え? なんでローグなんかとだって?

 別に珍しいことじゃない。


 原作でもアルフレッドはよくローグを連れ出して荷物持ちなどコキ使っていた。

 またある理由でローグに証言役として仕立て上げていたようだ。


「――アルフレッドさん、今日は娼婦館に行かないんですか?」


 そっ。女遊びするための口合わせアリバイ役だ。


 アルフレッドはどういうわけか、《蠱惑の瞳アルーリングアイ》を手に入れるまで団員の女子達とほとんど男女の関係になっていない。

 せいぜいそういった間柄はセフレビッチのラリサくらいだった。

 なので、よく報酬料をちょろまかして娼婦館で豪遊していたとされている。

 無論、今の俺はそのつもりなど一切ない。


「もう行かないよ……俺は今、自分を変えていこうと頑張っている。だからローグも変われるよう頑張ってくれ」


 とりあえず、こいつのスキルジャンキー癖を直さなければならない。

 そのために連れ出し親睦を深めているってわけよ。

 でないと追放イベントを回避できたとして、別の問題が発展しそうだからな。


「……はぁ、よくわかりませんが努力します。いつまでもシャノンに庇ってもらうわけにもいきませんからね」


 最近ローグも対応が改善されたのか明るい笑みを浮かべている。

 元々は人柄良く心優しい温厚な兄ちゃんだ。

 クエスト以外は比較的まとも精神だが、「よくわからない」というワードがやたらと引っ掛かる。


 などと歩いていると、


「やめなさい、何をするのです! 離してぇぇぇ!!!」


 裏路地の方から女性の声が響いた。



―――――――――――

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