ささくれ

かわしマン

ささくれ

「うわぁ。ささくれ酷いね。っていうか手、乾燥すごいじゃん。私のハンドクリーム貸してあげようか?」

 京子が素早く私の右手を取った。

 私の右手は何故か京子の右の手のひらの上にあった。犬がお手してるみたいだった。

 京子は軽く口角を上げ、線になった目は優しい弧を描いていた。

 私は何故かそんな京子の顔を見て息苦しくなった。

 さっきまで真っ直ぐに見る事が出来ていた京子の顔を突然直視出来なくなっていた。

 ドキドキする。なんで?なんで?

 

「ねぇ。ハンドクリーム私が塗ってあげようか?」

 京子が悪戯っぽく笑ってそう言った。

「えっ!いいよ!いいよ!なんで?自分でやるよ!」

 私は動揺を隠しきれずに早口なった。目が泳いでいるのが自分でも分かる。

「私クリーム塗るの上手だからさ。私に任せてよ」

 

 京子は鞄からチューブ型のハンドクリームを取り出すと蓋を開けて、私の右手の甲の上にクリームを少し垂らした。

 ヒヤッとした感触が甲に走る。その感触がびっくりするくらい鮮烈だった。私は思わず身悶えして声が出そうになった。心臓が高鳴る。

 京子はフフフと一瞬笑った。私の動揺を見透かしてるみたいだった。

 京子はクリームを指先で優しく撫でるように甲全体に広げていく。京子の指先は柔らくて少し弾力がある気がした。気のせいかもしれない。私の感覚が過剰になっているのか。


「ちょっと足りなかったね」

 何故か小声で囁くように京子はそう言うと、クリームを私の甲に追加した。

 京子の指先が私の指を這う。酷くささくれだった箇所に触れたとき、少しだけクリームがしみた。でもその痛みも何故かここちいい。

 全体にクリームが行き届いた所で、京子は自分の左手のひらにクリームを垂らして、両手を擦り合わせクリームを両手のひら全体に馴染ませた。

 そして私の甲の上に右手のひらを乗せた。

 

 京子が私の甲をゆっくりと撫でる。

 京子の皮膚と私の皮膚が擦れる音がする。

 京子の手はあったかい。柔らかい。気持ちいい。すごく気持ちいい。

 私の体温はどんどん上がっていく。頭がぼんやりしてくる。


「指と指の間もやらなくちゃね」

 京子がまた囁くようにそう言うと、私の指と指の間に自分の指を絡ませてきた。いわゆる恋人繋ぎみたいに手を握りあう形になった。

 手全体で京子のぬくもりも一身に受け止めて、私はとろけそうになる。

 京子が私を見つめている。

 私も京子を見つめる。

 しばらく手を握りあったまま京子と私は見つめあった。

 私の呼吸が荒くなる。

 京子がゆっくりと私から手を離そうとする。

 京子の指の側面が私の指の側面をこする。

 体験したことのない感覚が私の体を駆け抜けた。

 頭のてっぺんから足先にかけて電気が走ったみたいだった。

 私の体は一回だけ猛烈に痙攣した。

「やっ……」

 思わず声が漏れた。


 京子がまたフフフと笑った。そのあと私の耳もとでこう囁いた。

「ささくれ治してね。そんなカサカサの手で私の体に触れちゃ駄目なんだから。どういうことか分かるよね?」

 

 私は黙ってただ頷いた。

 


 

 

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ささくれ かわしマン @bossykyk

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