青春のとき
ゆでたま男
第1話
「やっぱり、かっこいいよね」
街角の大型モニターに、最近人気の俳優が映し出されている。
由紀恵は、胸をときめかしていた。
「母さん」
突然、後ろから声がした。由紀恵が振り向くと、そこには、知らないおじさんが立っていた。
「なんですか、いきなり」
白髪混じりの髪で、スーツを着ている。
自分より、ずっと年上に見える。
「あの、誰ですか?」
「なに言ってるんだよ、俺だよ。息子の隆之だよ」
「え!私まだ17歳だし、子供なんていません」
由紀恵は、前を向いて歩き出した。
「ちょっと、待てよ」
隆之は、腕をつかんできた。
「やめて下さい、離して」
かかとで隆之の足を思いっきり踏みつける。
いたがる隆之を背に、走り出した。
「待て!」
なんなのよ、あいつ。振り向くと、まだ追いかけてくる。
息が切れ、足が重くなる。
歩道橋の階段を上り、道路を横切って、今度は階段を下る。途中で足がもつれた。
そのまま階段を転がり落ちて、地面に頭を強く打ち付けた。
「命に別状はありません」
医師は、そう言った。
隆之は、ホッと胸を撫で下ろした。
「だいぶ症状が悪化しているようですね。こちらとしても、たくさん患者を抱えていますので、なかなか目がとどかなくて」
医師は申し訳なさそうに言った。
「いえ、心配をおかけしました。それと、
母が自分は17歳だと言っていたのが気になりまして」
「17歳?」
「私には、子供なんていないと」
「それはもしかして、お母様は、今青春の中にいるのかもしれません」
「青春?」
「17歳の時の思い出の中で生きているんです。少しずつ新しい記憶から消えていき、
17歳の時の記憶だけが残っているのかも」
「そうだったんですか。僕のことも、もう覚えてないようで」
「きっと、お母様にとってはそれが幸せなのかもしれません。青春を謳歌させてあげてください」
「そうですね。それでは、会社に戻ります」
隆之は、立ち上り、ベッドに横たわる母を見た。その寝顔は、まるで少女のようだった。
青春のとき ゆでたま男 @real_thing1123
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