白い百合の花束

如月いさみ

第1話 ささくれのような痛み

白い百合が歩くたびに手の動き合わせて揺れる。

白い百合と黄色の菊を織りなして作られた花束は死者へ手向ける祈りの花束だ。


花村由紀子は黒地の着物を纏い緩やかな墓が立ち並ぶ坂道を上がっていく。

周囲の木々が風に吹かれてざわめき、初夏のまだ少し弱い太陽が光を投げかけて足元に影を作る。


影は時間と共に少しずつ短く短く足元へと近づいてくる。


彼が時を止めて何年経つだろう。

時間と言うモノは残酷なものでどれほど嘆いても、どれほど懇願しても、前へ前へと進んでいく。


彼と共にいた思い出だけが刷毛で薄めるように色をなくしていく。

由紀子は高台の方にある墓の前に来ると花束を置いてじっと立ち尽くした。


最期に交わした言葉は

「勝手にしなさいよ!」

だった。


今にすれば他愛無い喧嘩だった。

味噌汁がしょっぱいとか。

味が濃い、薄い、その程度のものだ。


けれど、いま彼が元気だから明日彼がいなくなるなんて考えすらしていなかった。

そういうモノなのだ。


「勝手にしなさいよ!」

自分で吐き出した言葉がささくれのように胸に残り続ける。


それだけではない。

もっと。

もっと。

彼のために何かしてあげられたのではないだろうか。


そんな思いが胸の中のささくれを増やしていく。

そのささくれを直すことはできないのだが。


由紀子は暫く立ち尽くすと両手を合わせて笑みを浮かべた。

「不思議だね、私は時を止めた貴方との時間を追い越して生きている」

私が貴方を置いて行ったのに

「どうしてかな? ずっとずっと私が貴方に置いて行かれた気がしてる」


ねえ、私ね

「ずっと、この胸の奥のささくれを抱いて生きていこうと思うの」


それは悲しみの為じゃなくて

「このささくれの痛みを思い出すたびに貴方を思い出すから」


痛みがただ苦しみを生むのではなく。

痛みが彼との幾つもの思い出の記憶を呼び覚ます優しさへ変わると分かったから。


由紀子は振り返り墓が並ぶ裾の尾の向こうに広がる今は静かな青い海を見つめた。

「また来るね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

白い百合の花束 如月いさみ @k_isami

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ