かみ合わない気持ち

伊南

僕の視点

「離さないで」


 君は時折、そう言って僕に縋る。

 その度に僕は君の髪を撫でながら、抱きしめてこう言うんだ。


「大丈夫、側にいるよ」


 たったひとこと。

 それを聞いた君は安心したような顔で少し笑う。

 ……何度、同じ事を繰り返せば判ってもらえるのかな。僕が君を離す訳ないのに。


 何がそんなに不安なんだろう。

 こちらとしては不安にさせる態度をしてるつもりはない。

 ……それとも君の事を判ってないのは僕の方なのか。

 君が本当に欲しいものをあげられてないのかな?

 もしそうなら、それは何だろう。

 少し考えてから君の名前を呼ぶ。君は顔を上げて僕の方を見た。


「……何か、僕にして欲しい事はある?」

「…………」


 何も言わず、君は僕の顔をじっと見る。

 君の目の中に僕が映ったが、それは目が伏せられた事ですぐに見えなくなった。


「……そばにいて」

 そう言って君は再び僕に身を寄せる。


 ……何度も繰り返されるやりとり。

 いくら言っても僕の言葉も気持ちも伝わらない。響かない。

 君が抱える不安はどうしたら消してあげられるんだろう。


 自分の無力さを情けなく感じながら、僕は顔を君の髪の中へ埋める。


「……いるよ、ずっと」


 ……考えても出ない答えに、僕はそう言うのが精一杯だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る