第15話、友

 王宮に戻れば、王の姿を見た衛尉えいいが駆け寄ってきた。この場合は王宮を守る禁軍の長である。着物はぐっしょりと濡れ、雨の中走り回っていたことが窺い知れる。その向こうでは縛られた賊が列になって連れて行かれるところだった。衛尉は困惑した様子だったが、一応、尚王の前で恭しく頭を下げて見せた。


「天子様、ご無事で……」

「どうなった」

「賊は全て殺すか捕らえました。しかし……」

「叔父上か」


 衛尉ははっと、顔をあげ、また頭を下ろす。


「は……賊をひきいれたと大宰様が……」

「いい」


 顔を上げぬまま、衛尉はぴくりと肩を揺らした。


太傅たいふ間者かんじゃとし、予は襲撃を予測し備えた」

「は……」

「予は、賊が来ることを知っていた。太傅に賊を引き入れ、一網打尽にせよと命じたのだ」


 衛尉が一度息を飲んだのが分かった。にわかには信じ難いことだろうが、ここは信じてもらわねば困る。


「これは予が策である。負傷者はいるか」

「は、数名が……」

「ならばそのせきは予にある。とりまとめて報告せよ」






「叔父上はここか」


 夜燈のやしき、寝台の上に横たわっている姿は、ずいぶんと弱々しく頼りなく見える。ここにはすでに仲燿と大舟がいた。普段であれば、大舟の身分では入れなかっただろうが、仲燿が無理を効かせたらしい。ありがたいことだ。大舟は部屋の隅でうつむいていた。


「天子……よかった。上手く逃れられたのですね」


 か細い声が尚王を呼ぶ。いつもの堂々とした振る舞いと全く異なるその音に、尚王は背を正した。


「いや、衡大公のところに行ってきた」

「……何故」

此度こたびのことは奴の差金であろう」


 夜燈は目を見開く。


「北の大国、異民族の侵入を防いでいる衡と戦はできない。……それに、なにも太師は戦乱を起こそうとしていたわけではない。ゆえに『俺がしっかりと国を治め、今後はつけいる隙を与えない』と、そう言った」


 夜燈はじっと聞いていた。しばらくの間、言葉を発さなかったが、やがて嘆息するように漏らした。


「私は、王を助けるつもりで軽んじていたようです」


 夜燈は衡大公が動くのを察し、どうしようか考えたはずだ。十二年前からずっと疑っていたのだから。自らと通じることで襲撃を予測し、備えた。その後は? 当然捕らえられるに決まっている。その上で衡大公を告発し、衡を潰す口実にするつもりだった。大きな戦が起きたとしても、ここで俺の敵を全て片付けねばならないと思ったのだろう。

 衡大公の前で取り違えられた杯を見せたのも、王位を簒奪するつもりがあると見せるためではないか。衡大公は夜燈を王殺しの主犯とし、自身が大義を持って処断する算段だった。夜燈と衡大公は賊を挟んで協力しているように見えて、内では探り合い、お互い潰し合おうとしていたわけだ。


 まったく、王が殺されなければいいとはいえ、夜燈が衡大公と共倒れになれば、誰が衡と戦をすると思っているのだ。この男は俺を軽んじているのだか信用しているのだかまったくわからない。


「……今はまだ、太傅たいふの力が必要だ」


 尚王は王としてあろうと思う。けれども思うだけでは足りない。今回の件は、俺はまだ十四の子供であるとしみじみ実感する出来事だった。夜燈も、衡大公も、良い臣下と上手く付き合い、使わねばならない。尚王はそれから大舟に向き直る。


「大舟、おまえには悪いことになる。太師も叔父上も死なれては国がおさまらない。しかし、父君のことに関しては」

「……もうよいのです。天子様が分かってくださったので、慰めになりました。私は、ずっと父が死んだ理由を知りたいと思ってきました。けれども、本当に知りたかったのは、その意味だったのです。天子様が生きて、この国にあるために必要だった。今はそう思えます」


 王の言葉をさえぎったのは無礼になろうが、指摘する者は誰もいなかった。


「あとは、毒を使った咎めなりなんなりと。私は全て天子様に従います」

「……そうか」


 尚王はこくりと頷いて見せた。


「ならば、近習として取りたてよう。俺があやまちを忘れず、正しく国を治めるために」


 大舟が驚いた顔のまま、夜燈に目を移す。その夜燈は窪んだ目で笑ったように見えた。


「王の命を助けた殊勲しゅくんです。天子様のお好きなようにするのがよいでしょう」

「そうか。なら、もうひとつ頼みがある。これは命令ではなく……」




「王のではなく、俺の友になってはくれないか」

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