夕景

鈴木怜

夕景

 壮大に色を変え、暮れていく空を見ている。


 それはまるで、あたしのこころみたいだなと、こうやってバルコニーで思う。


「また、やっちゃったな……」


 今日は何かできただろうか。

 いや、何もできなかった。

 新卒で入った会社で、人間関係に悩まされ、ミスをしてどんどん考えが後ろ向きになって、なんてことなかったはずの些細なことまでできなくなっていく。それが今のあたしだった。

 いうなれば、ささくれのようなものができすぎてしまったときの指みたいな感じ。心にそのようなものがたまっていって、発散することもできずに押し潰されそうになっている。上手く言葉にできないもやもやがあたしの体をどんどん縛っていった。


 その結果がこれだ。心にできたささくれは、いつしか現実にまで侵食してきてしまったらしい。

 今のあたしは、休日がくるたびに何もできず、布団にくるまるだけの人になっていた。


 今日は何かできたかと頭で振り返る。

 布団にこもっていたらなんにもできないってわかっているのに。

 そしてそれが、無駄に終わってしまったことがつらい。


 それがまた、息になって空に消えていく。

 まるで、あたしの未来を示すかのように。


 煙草かお酒かに逃げてしまいたい気分だ。


 そうして空は、闇が迫ってくる。色彩が深みを増してくる。

 ゆっくりと夜がやってくるのを感じても、あたしは動くこともできなかった。

 罠にかかる魚のように、波にさらわれるブイのように、あたしは夜に襲われる。


 風が出てきたから、あたしはバルコニーから部屋に戻った。


 心にできたささくれは、きっと取ろうと思って取れるものじゃない。

 じゃあどうしたらいいのだろう。

 誰かに答えてほしかった。

 でもここにはあたし以外に誰もいない。答えなんてあるはずもなかった。


 埒が明かない。とりあえず今はこの思考をリセットしてしまおう。夜は逆に後悔のようなものが止まらなくなる。


 睡眠剤を飲んだ。

 きっとすぐ、あたしの胃の中は青い薬で満たされるだろう。

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夕景 鈴木怜 @Day_of_Pleasure

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