女神候補生とヤバい相棒3(KAC2024)

ファスナー

女神候補生とヤバい相棒3


「―ってわけで姉の権力使って私の候補を横取りしてきたのよ。

 あり得なくない。私もう頭にきちゃってさぁ。

 その時誓ったのよ。あの女、絶対潰すってね。」


その少女は貴族令嬢のように縦ロールに巻いたブロンドの髪をいじりながら、時々思い出したように腹を立てていた。


「うわー、それで女神候補生ってマジ?

 良かったー。僕はそっち選ばなくて。」

褐色肌に黒髪ショートカットが特徴的な少年のような少女が、ホッと胸を撫でおろしていた。


「言ってなさいよ。 

 私はそんなチンケな嫌がらせに屈しないんだから。」


「君らしいね。身内に女神がいるんなら厄介だよ。

 勝算はあるの?」


「当然。参加するからには勝つ。

 それがこの私、姫柊ゆかり様という存在なのよ。」


「おー、久しぶりに聞いたけどいいねー。

 流石のゆかり節じゃない。

 相変わらず自尊心が高くてサイコーだね。」


褐色肌の少女はそう言ってパチパチと手を叩く。

拍手された姫柊ゆかりと名乗る少女は満更でもないようで嬉しそう笑った。


「で、鍵を握るのが君の相棒バディ?」


褐色肌の少女はそう言うと目の前でいる直立不動の男を見た。

目をつぶったままのその男はまるで石像のように動かない。


「その通り。あのクソ女のせいで急遽変更するハメになったとはいえなかなかの逸材だと思うよね。」

姫柊ゆかりは首肯する。


「僕を呼んだ理由はその確認かな?」


「ふふ、万全を期すためにね。

 悪魔であるミオの目で魂を診て欲しいのよ。」


「こらこら、僕はまだ悪魔見習いだよ。

 まぁでもいいさ。君の魂胆に乗ってあげよう。」 

そう言うと、男を見つめる褐色肌の少女ミオの瞳が赫く変わった。


「名はフィルシード=ストーム。

 51惑星のシルフィード伯爵家の長男として生を受ける。

 母の死後伯爵家での扱いが一変し、度々悪行を繰り返すようになる。

 その被害は領民にも広がり、事態を重く見た父親から廃嫡されて出奔。

 冒険者に転身するも突如発生したスタンピードによって遭遇した災害級の魔獣に殺された、と。

 ふーん、これなら単なる『ささくれ悪党』って感じね。」


「はっ?ささくれ?何そのダサい名称?」

姫柊ゆかりはミオのネーミングセンスにドン引きしていた。


「馬鹿、滅多なこと言わないでよ。

 悪魔界の連中に見つかったら張り倒されるわよ。


 『ささくれ悪党』というのは悪魔界が悪党を格付けする時の等級名の1つよ。

 親の愛情不足とか周囲の評判の悪さでささくれ立った心のまま悪の道に進む輩をそう呼ぶんだって。


 普通は小規模な小悪党ってレベルで収まるんだけど、中々悪行を積み重ねたね。

 だけど、サイコパスな奴らより意思疎通もできるし悪魔界としちゃインパクトに欠けるかな。」


「ふふっ、悪魔の目を持つミオでも

 それなら安心だわ。神界の奴らは誰も彼のポテンシャルを見抜けないわ。」

嬉しそうに笑うゆかり。


「誰も見抜けないってどういうことよ?」

一方で、見抜けていないと指摘されたミオはムッとしていた。

悪魔見習いとはいえ、悪魔としてのプライドがある。


「んー、そうね。それじゃ、取引といきましょうか。

 ミオが見抜けなかった彼の秘密を特別に教えてあげる。

 そのかわり、この女神選考会で私のサポートをしてもらう。

 これでどうかしら?」

その言葉を聞いたミオははぁっとため息をついてこめかみを押さえた。


「君はそういうところがあるんだったね。

 すっかり忘れてたなぁ。」

まさか悪魔(見習い)相手に取引を持ち掛けてくる女神(候補生)がいるだなんて。


「それに、貴女面白いものが好きでしょう?」

逡巡していたミオだったが、姫柊ゆかりのそのセリフがダメ押しとなって取引が成立した。


「それで、彼にどんな秘密があるっていうの?」

「彼にはおそらく【予知】もしくは【読心】の能力が与えられているわ。」


「嘘、特殊能力持ちだっていうの?何を根拠に?

 ステータス情報にはそんなこと書かれて無いわよ。」


「そう、貴女の言う通り。

 彼のステータスには出てきてないわ。

 だって彼の能力じゃないもの。」

姫柊ゆかりの言葉にミオは困惑していた。


「ステータスに記録されるのは本人の情報のみ。

 その情報も事実と結果の列挙のみで彼の努力や苦悩なんかは読み解けないわ。」


「それならなぜ見抜けたのさ?」


「さっき貴女が言ったじゃない。『ささくれ悪党』にしては悪行が多いって。

 貴女は悪党なんて見慣れてるから違和感無かったんでしょうけど、私には不思議でしかなかったわ。

 神界の皆はステータスに記録された情報しか確認しないから見落としがちだけど、記録されていない情報っていうのが侮れないのよね。」


そう言うと、姫柊ゆかりは手書きの書類を取り出した。


その書類はフィルシード=ストームの調査書類。

冒険者ギルドでの登録情報にある戦闘能力は極めて平凡なレベル。

荒くれ者の多い冒険者の中で、相手の攻撃を利用してカウンターで返す、後の先の戦いを多用する珍しいタイプだが、驚くべきは対人戦の成績。


なんと、彼は対人戦でほぼ負けなしだったのだ。

対戦相手には彼よりもはるかに高い戦闘力を持つ剣士なども含まれていた。

敗北の原因も、勝利すると場外で暗殺されるようなリスクの高いものばかり。


「ああ、なるほどね。

 それを偶然の一致とするのは無理があるね。

 彼は明らかに普通の人が見えてないものが見えてる。

 ゆかりが【予知】や【読心】持ちだという根拠が分かったよ。」

書類に目を通しながらミオは納得したように首肯する。


「だけど、分かってるのはここまで。

 彼の観測映像も見たけど、記録媒体がテープだったの。

 51惑星を監督する神の影像保管が悪かったからか、彼の幼少期の映像は使い物にならなかったわ。」


神界では各惑星ごとに監督する神を設けて、そこに住む者を監視している。その際、映像記録を取っておくのだが、保存方法はそれぞれの神にゆだねられている。


「そのあたりを今から本人に直接確かめるわよ。

 だから、頼りにしてるわよミオ。」

姫柊ゆかりはパチンと指を鳴らした。


■■■


「はっ?」

フィルシード=ストームの口から間抜けな声が漏れた。


(俺は確か、魔獣に食い殺されたはずだろう?)


ストームが思い出したのは、災害級の魔獣黒狼ブラックウルフに食い殺されるという最後の記憶。


「美人を前にして見惚れてしまうのは仕方のない事だけれど、いい加減正気に戻りなさいな。」

縦ロールに巻いたブロンドの白い肌をした少女が不遜な態度でストームを見ていた。


「ひょっとして僕に惚れちゃったかな?それは罪なことをしたかな~。」

褐色肌に黒髪ショートカットの中世的な少女がからかい半分の表情で笑っている。


「すまんが、ここはどこであんた達は誰なんだ?」

状況が理解できない。

混乱する頭でストームは目の前の2人に尋ねた。


「あら、驚いた。

 まさか『ささくれ悪党』なんていうランクがちゃんと正しいだなんて。」


「君ねぇ。ちょっと悪魔界を馬鹿にし過ぎじゃない?

 確かにクソださなネーミングセンスだけどさぁ。」

ミオはジト目で姫柊ゆかりを見つめた。


「あー、悪いんだが、先に俺の質問に答えてくれないか。」

少女2人の口喧嘩が始まりそうな気配を察知したストームは機先を制した。


「いいわ。物事は円滑に進めなきゃね。

 ここは神の住まう、いわゆる神界と呼ばれる世界よ。

 あんたは死んでここにやってきたの。」


「やはり俺は死んだんだな。」

ストームは納得するように頷いた。


「そうね。そんなあんたを拾ってやったのがこの超絶美少女にして女神でもある姫柊ゆかり様よ。」


「いや、君まだ女神じゃないから。女神候補生だから。

 それに拾ったっていうか相棒バディだからね、彼。」

ドヤってる横でミオのちゃちゃが入った。


「今回の最終選考をパスすれば女神なんだからそんなの誤差よ。」


「全く。呆れてるじゃないか。ごめんね、ストーム君。

 彼女いつもあんなだから無視してていいよ。

 ああ、僕は乱堂ミオ。悪魔見習いさ。」


当初困惑していたストームだったが、2人の説明を聞くうちに理解していった。


「つまり、あんたが女神になるためには相棒である俺の協力が不可欠ってことか。俺になんのメリットがあるんだ?」


「1つは新たな生。普通は輪廻転生に本人の意思は反映されないんだけど便宜を図ってあげる。

 なんたって、その結果が私の評価になるんだからね。

 もう1つはサポート。私が直接かかわることは出来ないけど、彼女なら介入できるからね。」

そう言ってミオの肩をポンッと叩いた。


「…、それで俺に何を望んでる?

 こうして話をしてるからには結果以外の何かがあるんだろ?」


「あら、馬鹿じゃないのね。

 もちろんこちらからも要求はあるわ。

 でもその前に確認しなきゃいけないことがあるの。」


「確認することだと?」

ストームは警戒心を露わにした。


「そう。あんたが持ってた特殊能力についてよ。

 あるんでしょう?」

姫柊ゆかりの発言にギクリとしたストームだったが、諦めたようにため息をついた。


「お見通しかよ。降参だ、女神様。

 俺には他人の心を読む能力がある。といっても、生まれ持ってのもんじゃない。

 10歳の時に家の納屋から出てきた黒い箱を開けると声が聞こえてきて、その時に能力をもらったんだ。

 だが、そんな能力貰っても無知なガキだったから、そこからが大変だった。

 なんせ周りの悪意を持ってる奴らの心の声が聞こえてくるんだ。

 はっきり言って地獄だったね。」

ストームは遠い目をしながら、今までの人生を滔々と語った。


■■■


「君はハードモードな人生だったんだね。」

ストームの壮絶な人生にミオは顔を引きつらせていた。


「気に入ったわ。やはり私の見立てに間違いは無かったわね。

 さて、フィルシード=ストーム。

 先ほど言った内容で私と契約するということでいいかしら?」


「意味が分からねぇな。なんで俺にそこまでする?

 女神なら強制すればいいだろ?」


「馬鹿ね。私が気に入ったのはあんたの精神よ。

 歪んで捻くれながらも高潔さを持ち合わせている。

 そんなあんたを力で抑え込むなんて愚策よ。

 上下関係の無いフラットな関係を築く方があんたを活かせるわ。」

そう言うと姫柊ゆかりはニヤッ妖しく笑う。


「なんだ。それなら分かりやすいじゃねーか。

 ようは利用し合う関係ってことだろ。

 それならいいぜ。思惑がどこか知らねーが乗ってやるよ。」

フィルシード=ストームもまた笑った。


「いいね。僕も楽しくなってきたよ。

 それじゃいくよ。

『我が名においてここに契りを交わす。

 契約コンストラクト』」


こうして、悪魔見習い乱堂ミオの仲介によって、神界で初めて女神候補生と相棒の間で契約が行われた。


そして、後世に語り継がれることになる神界を巻き込んだ波乱の最終選考会の幕が上がる。






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