人のほうが怖い

翠雨

第1話

「ねぇ、咲花はな~。夏休み中に何かあった?」

 授業終了後に話しかけてきたのは、親友の明美だ。

「へ? なんで?」

 夏休みと言えば、誰にも言えないバイトで一人立ちした頃だ。

 怪しいバイトだからだろうか。心にさざ波が立つ。

「いや~、なんかさぁ、彼氏でも出来た?」

「そんなわけないじゃん」

「そっかなぁ~。じゃあ、好きな人でも出来た?」

 ぱっと思い浮かんだのは、夜な夜な夢枕にたつという迷惑行為をしてくる、背後霊と化した青年の霊の顔だった。


 宇津木咲花はなの誰にも言えないバイトとは、徐霊師のバイトなのだ。

 徐霊しようとして、逆に憑かれたのだから、咲花の徐霊の能力を疑ってしまう。


(あんなやつ、好きなわけないじゃん。まず、人間じゃないし)

 毎晩のように楽しく会話をしていて、気を許せる仲ではあるが。


「それもないけど、なんで~??」

「だって、孝くんと話さないじゃん」

 教室の入口付近で話している孝くんを確認する。男子二人と女子が三人で話しているようだ。

「学科が同じってだけで、他に繋がりないし」

 入学当初は、同じサークルに入らないかとよく誘われた。その頃、徐霊師の修行で忙しかった咲花は、断り続けてしまった。

「もしかして」

 含みを持たせた言い方に、耳を寄せる。

「孝くんと、なにかあった??」

「それもない!」

 目を細めて睨み付けると、明美は「怖い、怖い」と言いながら笑っている。

「じゃあ、なんで、話しかけてこなくなったのぉ??」

「知らないよ~」

(絶対に面白がっている)

 荷物をバックにしまい終わったところで、自然と教室の出口に向かう。

「じゃあ、孝くんのほうに何かあったのかなぁ? 絶対、孝くんは咲花に惚れてるって思ってたのになぁ~」

「そんなわけないじゃん!」

 明美を小突いて、唇に指をあてて「しー」。近くを通るときに、孝くんに聞こえてしまう。


 孝くんと話している女子と目があった。いつも派手な服装をしている綺麗な子だ。

「ねぇ、そういえば、孝治。最近、咲花って子と話さないじゃん」

「あ~ね」

「ねぇ。なんで?? なんで??」

(聞こえているんだけど!)

 話したこともない女子に腹が立つ。

「ん~。なんかさぁ~。気持ち悪い?? って感じ」

 孝くんの声はモゴモゴと聞き取りづらかった。

「え~。孝治って、意外と酷いやつ~。女の子に、キモいって~!!」

 教室に響く声。わざと咲花に聞かせたいのだろう。

 咲花は、教室から出たところで走り出した。

「咲花、待って」

 明美も追いかけてくる。


 教室では、孝治の怒気を含んだ声。

「キモいとは言ってないだろ!? なんか、ゾッとしたんだよ!! お前なぁ~!!」


 それから学校に行くたび、ささくれだったかのように心がチクチクと痛む。

 本当だったら、傷口からダラダラと血を流していてもおかしくないくらいだったのだが、夢に現れる青年の霊がなぜか優しい気がして、ささくれ程度で済んでいるのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

人のほうが怖い 翠雨 @suiu11

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説