第10話 才能がないにもほどがある

「ふぅん? 結婚するんだ」


「そう! いい叔父さん紹介してくれてありがとう!」


「それは何度も聞いた」


「なんども言いたいのっ!」


 ニコニコ笑う彼女は、とてつもなく可愛く、幸せそうだった。

 ティナは、つまらなかった。この愉快な友人が普通に結婚してしまうことに。まあ、結婚に至るまでの間のあれこれは噂と叔父からのどうにかしてくれという要請により知っているが。

 大いにぶん回してくれて結構である。


 結婚。

 ティナにも降りかかっている話題ではあるが、まだ、する気はない。親はうるさいが、妹に期待してくれと言っている。なお、妹も同様なのはさすが姉妹というところだろうか。

 この友人に男の子でも生んでもらえば家の問題は解決と思うのはヒドイかもしれないが、本音である。


「それでね、婿にもらうことになったからよろしくね?」


「は?」


「うちの領地買ってもらっちゃった。

 これで、親はお金がっぽりで隠居してもらって口出しもしないでもらえるの」


 普通に結婚しなかった。

 これでこそわが友。ティナは苦笑いする。

 上機嫌にお茶を飲み干してお代わりを要求するツラの皮の厚さは変わりないなと思いながら、ティナはお代わりを注ぐ。


「じゃあ、子供が生まれたら養子一人よろしく」


「なんで、生まれてもいない子を渡さなきゃいけないのよ。そもそもなにもないんだから」


「え、うそ」


「純真無垢な旦那様で手を焼いております。キスも仮面を理由に徹底抗戦の構えです」


 真顔だった。そ、そっかーとティナは呟いた。

 友人、美人。それも王都一とか、国一番とか言ってもいいくらいの美貌を誇る。その美人に手出しをしない男。しかも婚約者なのに。もう結婚するという段階だというのに。


 奥手すぎるか、免疫ないか、美人過ぎてビビっているか。


 どれもだなとティナは決めつけた。あの叔父は異性どころか人間に対して線引きしている。それを無神経にどかどかと突っ込むような女の相手は手に余るだろう。

 色々事情を知っているティナにはできない芸当である。


 叔父というが、血縁ではない。元々の家のほうで揉めてティナの家に養子に出されたのだ。5歳くらいしか違わないので、ティナとしては兄でもよかったのだが母が断固お断りをし、叔父となった。

 ティナとその妹とは兄のような叔父のような微妙に遠い距離感で接してくれる。仲は悪くないが、相手からの遠慮は感じておりほどほどの距離感はあった。

 距離はあるものの進路の相談など各種相談には対応してくれたので、ティナからすれば実のところ親より信頼感はある。


「いっそ、エロい夜着を」


「卒倒するか、逃げるかどちらかだからやめなさいね」


「えぇ……」


 もし仮にティナが男だとしても、この友人が迫ってきたら逃げる。なにされるの、俺、という気持ちにしかならない。食われるのはこっちである。

 黙っていれば清楚な女神のようであるが、それを裏切る中身だ。

 もうティナが学生の頃に会ったときにはそうだった。


 この友人との出会いは、お友達になってほしいの! と学生時代に言われたことによる。

 ティナの生まれはただの商家だ。貴族が半分以上を占める王都の学院に入れられたのは、叔父の陰謀による。結婚を嫌がる彼女に見聞を広めておいた方がいいよと笑って送り出してくれたのだ。父や祖父、母さえも説得して、学費もポンと払って、お小遣いもねとこっそり渡してくれさえした。

 叔父は、そういう意味ではティナとその妹には優しかった。


 叔父がそう言うならと渋々通い始めた学園は、ティナにとっては面白くなかった。すでに派閥があり、どこに属するのかを探られ、学問よりも人脈を作りに来ているようなものだった。

 あるいは夫を。


 どこにも属していないティナは、孤立していった。

 孤立だけならばよかったが、それから後ろ盾もないならと少々の意地悪をしてもいいとターゲットに選ばれたのだ。

 ティナはやられてやり返す派だったので、さらに事態は悪化していくことになる。

 面子を潰しすぎたというのは、後で気がついたことではあるが、そのころはわからなかった。ただ、ほっといてくれという気持ちしかなかった。


 そんなある日、突然、食堂のど真ん中で言われたのだ。


「お友達になってくださいっ」


 学校一どころか王都一の美少女に。


「え、いまなんて?」


「お友達になりたいです。ぜひなってください。それで、毎日のその撃退法を教えてください。あと、いじわるのバリエーションも知りたいです」


「……いまなんて?」


 繰り返してしまった。

 斬新すぎる理由だった。


「だから、いじわるのバリエーションを」


 もじもじと恥ずかしそうに言っていた。話の中身と見た目がかみ合わない。

 もちろん断った。


「えぇ……」


 不満そうに言う彼女はめげなかった。

 一週間でティナは諦めた。

 あきらめて、じゃあ、いじわるというのはねと教えたのだが、何に使うかと言えば、お姉ちゃんにという答えだった。

 なぜ? という疑問は、ちょっと面倒そうな家庭環境にあった。

 両親と姉の折り合いが悪く、その主原因は祖父にあった。しかし、祖父は他界済み。現状、改善の余地なし。

 あー……と呟いてしまうような泥沼。仲良くしなよとティナが言わなかったのは叔父とその生まれた家との関係を知っているからだ。親だからと言って折り合いがつくわけではない。


 ただ、まあ、いじわるすることでさらなる被害を減らそうという発想はなんだろうとは思う。

 そんな発想をするくらいなのだから、姉が嫌いなのかと思えば、どうも好きっぽい。どんな姉なんだと調べたらティナも知っている才女だった。それも憧れの、とつく。


 その妹がコレ、とまじまじと見てしまった。彼女はお世辞にも成績がいいとは言えず、赤点ぎりぎりを笑顔と追加の課題で潜り抜けている。

 おそらく神様が、美貌に全振りしたのだ。顔で生き残れと。ついでに痩せも太りもせぬ素敵な体もついている。


 それらはともかく、いじわるを教えたのだから役目も終わりだとやれやれと思っていた。しかし、すぐに泣きつかれた。

 全く全然できないんですの。

 この美少女は、ほんとに、全く才能のないドジっ子だったのだ。


 あまりの壊滅っぷりに笑えてくるほどだ。本人は大真面目であるのがさらに笑いを誘う。

 そこでティナはこの美少女と友達になろうと思ったのだ。きっと、飽きない。

 のちにティナと揉めていたご令嬢も加わり、三人で愉快な学園生活を送っていた。


「そういえば、ユリアナには手紙出したの?」


「出してきました。国外に嫁ぐなんて思ってもみませんでしたわ」


「ねー。お忍び留学の公爵閣下ひっかけるなんて」


 それも、学園では有名な喧嘩ばかりの二人だったのだ。卒業パーティーでの決闘でもするのかというプロポーズは伝説である。

 友人二人が結婚しているのは良いことだが、ティナにも圧がかかるのも不本意だ。


「……結婚しない方法ない?」


「偽装結婚したら?」


「しない方法って聞いた」


「結婚したらしなくて済むじゃない?」


 意味が分からないが。ティナは友人を見返した。両手でお茶菓子として出したクッキーを持っていた。

 ため息をついた。


「君に聞いたのがバカだった」


「お姉ちゃんの旦那さんの知り合いで、結婚したいという人がいるの。誰かいない? と聞かれてはいたのよね。

 弁護士で妻帯してないと信用が足りないという話。都合よくない?」


「名誉はあれど金はなし、な弁護士ねぇ……」


「まあ、しなくてもいいと思うよ。

 私はティナを応援する」


「ありがと」


 家の手伝いではなく、家を継ぎたい。しかし、若い才能ある叔父がいる以上、難しかった。本人は継ぐ気などさらさらなくとも、父や祖父が認めないのだ。

 その叔父が婿という形でいなくなるならまだやりようがある。それも貴族となるなら、破談にさせることは難しい。

 そんなことを考えて紹介したわけではないが、ティナには都合が良かった。


「じゃ、感謝の現れとしてお茶のおかわりちょうだい」


「あなた自分で、いや、私がする。かわいそうな絨毯とカップを見たくない。お気に入りなの」


「なにそれ。そのくらいできますぅ」


「やめ、ちょっとぉっ!」


 ティナは紅茶のシミを作った絨毯の染み抜き代を叔父に請求した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る