第3話 怪異! 包帯男と婚約した美女の末路 ~なお襲うのは美女で、襲われるの包帯男である~
「あら、包帯男ってほんとなのね」
ヒルダは挨拶もすっ飛ばしてそういった。友人の紹介ということであってみたが、本当に本当だったと感動すら覚えている。
いや、でも少し違和感があった。
「うーん。でも、包帯というより仮面と包帯ね! 個性的だわ」
「帰っていいよ」
どよんとした声が仮面の下から聞こえてきた。
ヒルダは首をかしげて考える。
改めて振り返れば自分の態度は失礼だったかもしれない。初対面だった。
「ごめんなさい。わたくし、ヒルダと申します。
やだわ、挨拶を忘れるなんて失礼はいつもはしないのに」
「そこなの?」
「ほかにどこに問題が?」
「包帯と仮面」
「ティナがあれだけ念押ししてくるからどんなにすごいのかと思ったら本当にきいた通りなんですもの! ほんとに、包帯男で感動しちゃって」
「見世物じゃないんだけど。やっぱり帰って」
「え、ご、ごめんなさい。人の美醜どころか顔なんてついてればいいんじゃないって思ってて、何なら別になくてもとか」
「それどこの
「わたくしも人間ですわ。妖精とか精霊とか人形ではなく」
どれも真顔で言われたのだ。冗談でもなく、本気で。ヒルダとしては引きつった微笑みで礼を言うのが精いっぱいである。そこで謙遜したら嫌味であるという自覚くらいあった。
「まあ、とにかく、眩しい生物は帰って」
「いやですっ! 私の贅沢な一生のために! 婚約してくださいっ!」
「……どゆこと?」
仮面の向こう側の声は困惑しているようだった。
ヒルダは、顔が良い。それもべらぼうによい。なんなら、国一番を自称しても、苦笑気味とはいえ、そうかもね、と肯定されるほどだ。
そのうえに貴族の娘に生まれ、人生楽勝、と思われがちである。
しかし、家は貧乏とは言わないまでも没落寸前、借金はないもののぎりっぎりの生活である。そう見えないが。
それというのも両親に貯蓄という概念がなかったからだ。収入を上回る浪費はないが、収入全部使い切り型。なにか予定外のことがあったら詰む。
そういう両親であったので、10年ほど前までは祖父が管理しており、あと10年くらいは管理しようと思っていたらしい。祖父としては両親をすっ飛ばして孫の誰かに家を継がせる計画だったようだが、流行り病でぽっくりと逝ってしまった。
ヒルダ、お前は可愛い。すごく可愛い。だから、貯金しておくのじゃ。いざというとき役に立つのは金だ。
という謎の祖父の遺言に従い、ヒルダの趣味は貯金である。元々貯蓄しない両親を見て育った姉弟ともなにか不安を覚えていたのか全員貯金していた。
なお、ヒルダは家に隠していたお小遣いが消失して以降、銀行にお金を預けにいっている。
姉は現金ではなく、本などに変えて持っている。本は高いが、ものさえ間違わなければ買ったときと同じくらいの売り上げにはなる。本を読むこともない両親の知らないことだろう。
弟はどこかに埋めていた。リスかと思いながらも発見した場合、ヒルダは銀行の弟の口座に預けておいた。どうせ、どこに埋めたかなんて半分くらい忘れているに違いないのだ。
この十年色々あったなぁとヒルダは思う。
まず、弟が天才剣士として王宮勤めになって、やめて帰ってきて、女の家を転々とするヒモになった。いや、元々、家出しがちで、転がり込む先も女だけでもなかったかとヒルダは考え直した。老若男女口説き落としては家に転がり込む。みんなのかわいいペットみたいなもんだなと思ったが口にはしていない。
つまりは、普通の人間関係なんてしたくない、ということだ。
その結果が刺されるということになるわけだ。バカにしながらも泣きながら看病している姉たちについて考えよとはヒルダは思う。おそらく姉も思っているに違いない。
なお、弟もべらぼうに顔が良かった。
美男美女の血筋を何代も継承してきた王太子や王侯貴族を差し置いて、王都一のイケメンとは弟のことだった。
アレを見なれると大体普通かそれ以下、顔なんてついてればよくない? くらいに成り下がる。ヒルダは本気でそう思うし、おそらく、姉も同様だろう。
なお、当人の感覚では、顔? いいほうだと思うよ、程度である。
姉は先日結婚し、婚姻無効にし、消息不明である。なんでも、結婚のやり直しをしたそうだ。
最初の結婚は親が主導し、きな臭いと思いながらも姉を送り込んだらしい。何か掴んだらめっけもの。そうでなくても、金がかさむものがいなくなってよいというところだろうか。
ヒルダと弟はなんとなく両親に優遇されて生きてきたが、姉はそこそこ悪い待遇だった。それに幼いころは疑問を覚えたし、姉と仲良くしようと思っていた。しかし、姉と仲良くすると両親の機嫌が悪くなるのを察して、できる限り会わないようにしていた。ヒルダではなく、姉に被害が及ぶから。
祖父に懐いていた姉が両親には煙たかったのだろう。しかし、それを直接言うこともなく、ヒルダのほうが可愛いから優遇するのだと言い続けた。
それでも、家族仲良くすることをあきらめず、お姉ちゃんと同じものがいいのとお小遣いで買ったお揃いの服を買ったことがある。それは姉の目に触れれることもなく、刻まれて捨てられてからヒルダはそういうものと割り切った。
親の期待は、可愛い娘と可愛くいない娘の構図。自分たちが目にかける娘を優遇して、祖父が優遇した娘は虐げてよい。そう優越に浸りたい。
それを覆すときっと、もっと悪くなる。ヒルダは自分があまり頭が良くないと知っている。余計なことをしないのが一番だ。
家を出るその日まで。
思えば、弟はその歪な構図を知っていて、家に戻ることもなく外に出ていったのだろう。ヒルダは、それがちょっとうらやましかった。
貴族の女性は働くことが許されていない。辛うじて許されるのは、城や高位貴族の家に行儀見習いと称して侍女として侍ることや婚姻そのものをあきらめて家庭教師などになること。そうでなければ、神に身を捧げるといって修道院に行くくらい。
ヒルダは行儀見習いとして働いたことがあるが、すぐにやめた。正確にはやめさせられたのだ。
最初はいろいろさせてもらえた。
しかし、いつの間にか微笑み一つで何もしなくていいことになり、そこにいてお茶を飲んでてなどといわれ。仕事すらさせてもらえなかった。
姉に言わせれば、いい仕事じゃない? 微笑み応援係、と言っていたが、ヒルダはちゃんと働きたかったのだ。たとえ、一日5回も転んでも、バケツをひっくり返しても、お皿を割っちゃいそうになっても、銀食器を落としてしまっても!
しかし、世の中は無常である。
ヒルダの予想外のことが起こった。
行儀見習い先のお嬢様には婚約者がいた。優しい方ですのと頬を染めるご令嬢にヒルダは羨ましいと思っていた。素敵な殿方との結婚、素敵と。
しかし、素敵なはずのその婚約者に一目ぼれされ、その場で求婚された。
よりにもよって、そのご令嬢のまえで!
もちろん、無の気持ちで断った。断ったところで、その後の修羅場が回避されることはない。一度の面識もないということすらなんの意味もない。一目惚れだから。
ああ、私のお仕事と涙が出てきた。そのヒルダの涙が勘違いされ、危うく婚約が成立しそうになってしまった。
こればかりは両親も慌てて、両家に謝罪しに行き、そのつもりはないと平身低頭だった。その結果、小銭を稼いでいるのだからブレないなとヒルダは思う。
勘違いは両親には好都合では? とヒルダは思ったのだが、母の思惑は違ったらしい。
もっといい家に嫁いでもらわなくちゃと呟いていた。
ヒルダは、そのうち、金持ちのおじいちゃんが紹介されそうだとため息をついた。できれば介護はしたくない。
今のところ、来ている縁談は値踏みの段階のようだから嫁がされるまでにはもう少し猶予があるだろう。
そう思っていた。
それは姉が嫁いで消失して、一月半くらいたった後のことだった。
家の中はどこか苛立ったような雰囲気があり、気が滅入ってきたのでヒルダは友人の誘いで王宮でのお茶会に参加していたのだ。
姉という感情のはけ口を失って、両親が当たり散らすのを見かけるようになった。
ヒルダになにか向けられるのは時間の問題であり、どこかで夫か夫候補を捕まえておかないと困ったことになりそうだった。
貯金の額にも思いをはせながら友人と話しながら過ごしていた時に声をかけられた。
誰かしら? と思っていたら、友人が殿下とあいさつしていたので、王子の誰かというのはヒルダにもわかった。
王子というのは同じような金髪碧眼で、ヒルダはあまり判別がついていない。ヒゲとか個性的な髪型とか服装とかしてくれないだろうか。陛下は素敵なつるっとした頭である。ほれぼれするほど頭の形がいい。ちょっと前までは個性的なM型の額があったのでその時点でもちゃんと認識できていたが。
話しかけてきた相手のお美しいとかそういった言葉に微笑んで、適当に相槌を打っていながらそんなことを考えているとは相手も思ってはいないだろう。
「どうか、私の妃の一人になっていただけないだろうか」
別のことを考えていて途中の色々を聞き流してしまったヒルダだが、それだけは危機感が仕事をした。
「え? いやです」
秒も考えず、ヒルダは返答した。
「私、頭悪いので、お役目なんて全然できませんし、座ってるだけでいいなら人形でも置けばいいんじゃないですか?」
微笑んで言えばいいものをヒルダは真顔で言い放った。
「わたし、顔は良いですけど、それだけなんです。ちゃんとわかってます。
ですが、一応、私も貴族の女性なのです。自由意志というものがあります。貴族法でもありましたよね? 同意のない婚姻は認められない。私から拒否いたします」
姉と弟にしつこいくらいいい聞かされていたのだ。もし、意図しないところで求婚されたときにどう振舞えばいいのか。
貴族法の中の婚姻の条項。
双方の合意により、婚姻は成立する。
曖昧な表現のため、通常は両家の合意とされる。そのため、娘に知らされるのは両家の合意後であることが多い。そこからは覆せない。
しかし、その下準備もせずに、直接求婚された場合には異なる。その場に娘の保護者たるものがいないならば、娘が決めてよい。
大勢の前で断れば強引に結婚まで持ち込むことはできないと。恥知らずな例外に当たった場合には諦めろとも。
「試しだったのだ」
沈黙の末に彼がひねり出した答えはこれだった。
「美しいからと誘う悪い男が多いと聞く。ヒルダ嬢のような美しい娘を傷つけようとするものも。
きっぱりと対応できることが素晴らしい」
「まあ、よかった!
賢明な殿下はそもそもわたくしなど選びませんわよね」
「う、うむ。
楽しんでいかれるが良い」
そういって去っていった。
「ねえ、ヒルダ。
気がついてなかったと思うけどあれ、王太子殿下よ?」
「あらぁ?」
やっちまったな! と脳内の弟が言った。いい笑顔だった。
それは仕方ないわねぇと脳内の姉も言う。呆れたようで、やはりこちらも笑っていた。
「姉様、エイル、わたくしやりましてよ……」
困ったことにヒルダもやっちゃったと思っても、後悔は一片もしていないのだった。
ついでに言えば、友人も呆れるだけで済んだ。
それで済まなかったのは家に帰ってからだった。
この王太子を公然と振った事件により、ヒルダの縁談は絶滅した。どこに高く売りつけようかと算段していた両親はヒルダに激怒した。
こうなればと平民で金持ちをリストアップされている。ただでは転ばないガッツがなんで、普通に稼ぐ方に向かないのかヒルダには不思議だった。
おそらくは祖父への反発心が拗れに拗れた結果であろうけれど。親子喧嘩に孫を巻き込まないでもらいたいものである。ヒルダは墓の下の祖父に文句を言いに行こうと決めた。嫌いだったニンジンを供えるのだ。
両親が選ぶ結婚相手は金、権力のみで選出されているようだった。さすがに法に触れそうなものと虐げられそうなところにはヒルダも嫁ぎたくない。
少ないお友達に、金持ち求む! 年齢、階級、顔問わず。と手紙を出した。
そうして、出てきたのがこの包帯男ことグース氏である。
家はお屋敷。
調度品は下品でもなく、成金感もない。
使用人は少ないながらも洗練されており、ヒルダ相手でも丁寧に接してくれる。
その上に、グース氏は紳士であった。
ヒルダとしては断る理由はゼロである。むしろ、婚約してくれという話だ。
押し付け嫁になる気満々になるのお仕方ない。
「お茶がおいしい。
百点ですわ」
家のような出がらしのお茶ではない。ヒルダはお茶菓子もつまんで、んーっ! と堪能していると視線に気がついた。
グースの仮面といっても目の部分はあいている。視線はなんとなくわからなくもない。
「……なんなの君。普通、この包帯とか仮面見たらビビるでしょ」
「うちには王都一の顔の良い弟が生息してまして。幼少期から見てたら、なんか、普通の顔のいい男はもういいかなぁって」
「……生理的に無理かもしれない、ってなにっ!?」
「いやぁ、そんな顔なら逆に見てみたいなと思いまして」
グースが話しだしている途中にヒルダはにこにこ笑って立ち上がり、対面までの数歩を詰め、座っているグースのうえに乗っかった。手はすでに仮面に引っかかっている。
「野蛮! 見た目に反してすごく蛮族!」
そう叫ぶ癖にヒルダを叩き落そうとしない。そのうえ、両手をあげている。触らねぇぞという強い意志を感じてますます好感度が上がった。
なにかあるとすぐお触りしたがる野郎が多いのだ。ニコニコ笑っていると思ってと後で、ドジな振りをして靴で踏んでいるが減りはしない。
「ねぇ、旦那様、お顔見たいなぁ」
「結婚どころか、婚約もしてないっ!」
「しましょ。婚約。しないと仮面外しちゃうかも」
「恐喝されてる!? それに手口がなれてる!」
「うちにはヒモをしている弟がいまして、手口は知ってます」
「やばい親族がいる宣言されてるっ!」
「あと結婚三日くらいで、婚姻白紙にして、もう一回結婚した姉もいます」
「なにそれこわい。僕も捨てられるの? 慰謝料もぎ取り案件!?」
うるさい(未来の)旦那様にヒルダはあごくいをした。
ごくりと唾をのみこむ音さえ聞こえそうだ。
「一生。遊んで暮らしたいだけなのです。かわりに、私を好きにしていいんですよ」
「じゃあ、その」
「なんです?」
彼も微笑むヒルダが、どんな変態趣味もどんとこいだ。痛いのは嫌だが、まあ、応相談とヒルダが考えているとは思わないだろう。
「手を繋いで、お買い物とか、行ってくれる?
そ、それからごはん一緒に食べて、劇を見に行って、楽しかったねって、話してもいい?」
「…………しんどい」
「やっぱり駄目?」
「いえ、薄汚れた自分をとても反省しましたわ。
一日でコンプリート出来そうなお願いが可愛らしすぎて。やりましょう。いまからでも!」
「え?」
ヒルダは立ち上がると部屋の扉を開けた。
グースは気がついていなかったが、ヒルダは気がついていた。
扉の外には使用人一同がそろっていた。なんなら飼い犬さえいた。
「お聞きですよね? 旦那様とお出かけします。準備してください」
にっこりと笑ってヒルダは告げた。
「え? え? みんな覗いて?」
「旦那様、半端に空いてる扉に気がつかないくらいに女慣れしてないんですね……。結婚前に密室に二人きりは無理なので、少し扉を開ける習慣があります。
それから、いきなりやってきた求婚者なんて怪しすぎて、使用人が心配して覗くのも想定内です。
わたしでも心配して見に来ます」
ばつの悪そうな使用人一同とグースにヒルダは言う。別に怒ってはいないのだ。旦那様ってちゃんと心配されてますのねとさらに好感度爆上げである。
これが実家だと……ヒルダは思い出しかけて、追い払った。
「さ、お出かけしましょ。
それから、この先の話をしましょう。
わたくし、したい散財があって」
ヒルダは機嫌よくおねだりをぶち込んだ。
呆然としているグースはすぐにいいよというのではないかという目論見があったのだ。ヒルダは微笑みのおねだりに敗北しない男はいないと豪語してきたのだ。まあ、滅多にやらないが。
「なに買いたいの?」
案外冷静に問い返された。
「うちの爵位です。
あの両親に領地の人たちを任せるのはさすがにかわいそうです。今まではなんとかなっていても、これからは無理でしょう。
さあ、今こそ、鍛え上げられた交渉力で、うちの両親をぼこぼこにしてください!」
お父様、お母様、これまでにないくらいに稼がせてあげますので、もう、私の人生から、消えてください。
微笑むヒルダにグースは少し考えて、頷いた。
「ちょうど貴族への足掛かりが欲しかったところだ。
それなら任せてほしい」
「では、末長くよろしくお願いします。旦那様」
「……あれ? そういうことになるの?」
「なりますね。返品は不可なのでよろしくお願いします。呪いのようについていく所存です」
「……そう」
かくして、二人は婚約したのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます