目
@ku-ro-usagi
読み切り
1
大学の入学式で席が隣になったのがきっかけで
わりと行動を共にすることが多い友人Cが貸してくれた
ホラーDVDを部屋で観てた
ほっこりな見た目とは似合わない趣味だと思ったけれど
「ホラーじゃなくてお話が面白いの」
とのこと
「ホラーじゃなくて」
は作品を全否定してるみたいな気がしたけれど
面白いならいいかと黙って観てた
20分くらいかな
画面が真っ暗になって
お、演出かと思ってぼうっと見てたら
真っ黒な画面から唐突に人間の目が二つ現れた
「うん?ストーリーと全然関係ない演出だけど怖いな」
と感心しつつも呑気に見てたら
黒目が唐突にギョロギョロと動いて
何だか私の部屋を見回してる様に熱心に動いてた
しかも3D?4D?の様に両目だけ立体感を錯覚させる生々しいリアル感
睫毛がないからより不気味感が増す
凄い技術だなと目を凝らしたら
両目は室内見物が物足りないのか
黒目が更に部屋を観察するように
ぐりっと左に動いた
その時
白目の部分に小さな赤い点を見つけたんだ
その赤い点は
大学の授業中にたまたま隣に座るCの方を見た時に
チラッとCの白眼に見えたもので
それは大丈夫なのかと訊ねたら
「もうずっと昔からあるものなの、特に問題ないみたい、よく気づいたね」
と言われくらい端にある小さな赤い点
それに気づいて固まっていたら
それを察したかの様に
急に目が真っ正面に向き私をじっと見てきた
私は
必要以上に人に生活圏内
プライベートに入られるのがとても嫌で
彼氏にも部屋にはあまり
いや本当は凄く来て欲しくない
友人なら尚更
代わりに
人様の部屋へ行こうとも思わないし行かない
一度Cに
「部屋に行ってみたいな」
と軽くせがまれた時
迷ったけれどそれを正直に伝えた
その時は
「そっかそっか、○○はそういうタイプなんだね」
と頷いて理解を示してくれていたのだけど
あれはあくまでも表向きの返事だったのか
Cの両目は私と目が合った後も
私本人などは心底どうでもよさげに
再び部屋を
正に舐め回すようにじっくりと眺めてから
満足したのか目は閉じられて
暗い画面はいつの間にかホラー映画の
山道を延々と進む車の画面に戻ってた
2
週明けに学校へ行くと
Cは酷く上機嫌だった
DVDを返しながら
「何かあった?」
と訊ねてみたけど
「ううん、別に」
と手に取ったDVDを見て
微かに小鼻を膨らませて目を細めた
午後の講義の後に
Cが別の子に
「絶対面白いから!」
とDVDを渡しているのを見掛けた
それからなんとなくCと距離が開いたのは
私からというより
Cが積極的に他の子に話しかけるようになったから
新学期から夏休みまでは友達もシャッフルされる時期だし
別に珍しいものでもなく
そのまま夏休みに入った
私はバイトに明け暮れて
Cとは一度も連絡も取らなかったしCからも連絡はなかった
後期の講座が始まってから
出ているはずの講義にCが居なくても
別の友達とでもいるのだろうと
薄情だけどあまり気にしてもいなかった
代わりに
Hという子が話しかけてきて
「あのさ、CちゃんにDVD借りなかった?」
とおずおずと訊ねられた
借りたけどと頷くと
「その、……変なこと、なかった?」
と躊躇するような問いかけに
私は迷ったけれど
「少し」
と肩を竦めてみせた
すると
「だよね、だよね!!」
ってぐいぐい来られ
予想通り、Hも同じ目に遭ったらしい
Cはどうやってか知らないけど
私に貸した怖いDVD以外でも
テレビや画面?を媒体にして部屋を見回すことができるようになってる様で
切っ掛けもなにも本人じゃないから分からないけど
でもきっと
私に
その時は純粋に
「面白いから」
と貸してくれたあれが始まりで切っ掛けだと思う
あの時Cがどこにいたのか知らないけど
しっかり見えていたんだろうね
「人を呼びたくない干渉されたくない」
と言った私のプライベートの全てが
Hは洋画のDVDを渡されたと言った
面白いからと勧められて
なぜか
「今夜絶対ね、22時」
と時間指定までされたと
同じ時間に観て一緒に実況でもするのかなと思いつつ
言われた通りの時間に再生してみたら
「10分位してから、花畑に混じって両目が出てきて」
「うち、凄く狭いアパートで、キッチンの小さいテーブルにテレビ置いてて」
「正面じゃなくて横向きでテレビ観てるのね、少しだけ斜めにして」
「だから、凄く近くて」
「それで、映画のお供にケーキ用意してたの」
「両目が、その……明らかに、画面から出てるのに気づいて」
うん
その先は聞きたくないんだけれど
「握ってたフォークでね、思わず」
はい
「突き刺しちゃったの」
ですよね
「絶叫や悲鳴は聞こえなかったけど」
良かったね
「目はあり得ないほど見開いた後に痙攣して消えた」
それは
「眼球、くっついて来なかった?」
「平気」
ただ
「向こうから眼球を押さえてる感じはした」
フォークに持ってかれない様にか
「夢だと思い込もうとしたんだけど、フォークに少し液た」
勘弁してください
「うん。それでDVD持って学校来たけどCは来てなくて
そのまま夏休み入っちゃったでしょ」
夏休み明けにCを目撃していないのは私だけではなかったらしい
大学でも事務だと個人情報云々で教えてくれなさそうだなと思ったから
Hと一緒に
一応クラスで割り振られてる担任扱いの助教授に聞いてみたら
「Cさんなら休学届けが出ているよ」
と教えてもらえた
Hは
DVDはCのロッカーの鍵が空いてたから入れてしまったと言う
一応Cのロッカーを開いてみたけど盗っていくアホは学内には居らず中に置かれたままだった
でも多分DVDはなんでも構わないんだ
必要なのは相手への異常な好奇心と異様な詮索心
ただそれだけ
その後も
Cが復学して大学に姿を見せることはなかった
今年は寒くなるのが早くて早々とコートを出した日
隣の県に住む
昔から私を可愛がってくれている叔母が
足を怪我したとかで
私は大学からそのまま病院へ向かった
隣の棟へ行く広い廊下に
ふと見覚えのある後ろ姿を見掛けて足を止めると
「あー待って○□さん、○□Cさん、次の診察なんだけど」
看護師が呼び止め
振り向いたのは確かにCで
Cは眼帯をしていた
遠くて看護師が呼び止めた声以外は聞こえてこなかったし
片目が眼帯で覆われているせいでCはこちらには気づかなかった
3
Cは
病的な程の知りたがりの欲を持った結果
ほんの一時人の力を超えて
その結果
それなりの代償を支払わされた気がした
しかし
それを前後して
ネットで小さいながらも広まっていた話がある
「好きな人や気になる人にDVDを渡すと
相手の私生活が見えちゃうかも♪」
基本はこれ
普通に考えたら
共通の話題
貸し借りの行為で接触回数が増える
プライベートな話が出来て私生活のことを知れる
など
王道過ぎる物珍しくもないテクニックだけれど
もっと詳しく潜ると
「相手がDVDを観る媒体を通して相手の姿を見られる」
「同じ時間でないとダメ」
「目を閉じて、見たい見たい見たい見たいと心の底から願うのが肝」
「それで目を開けた時、あたなの目の前にあなたの好きな人のお部屋が広がり彼のプライベートが見られるかも♪」
等が書かれていた
肝心な
相手にも見えていること
眼球は画面を越えて剥き出しなこと
当然だけれど相手には恐怖心しか与えないこと
本来の人間が出来ることの許容を遥かに越えているため
近い未来に数十倍のおぞましい反動がくるであろうこと
そんな大事な事は
何一つ書かれていない
どこから派生したものか調べたけど
同時期に色んな媒体で広まったことだけしか分からなかった
ただ
そんな都市伝説に見せ掛けた話を
広めているのはCなのはすぐに分かった
片目になった彼女は
自分の行いを反省するどころか
仲間を増やそうとしている
自分と同じ目かそれ以上の悲劇に見舞われるであろう仲間を
Cは残っている片方の目すら
何か歪なものに捧げるような行為をしていた
書き込んであるサイトなどを見かける度に注意喚起をしてみたけれど
すぐに止めた
逆にその真実感、本物感や信憑性を高めてしまうだけだと気付いたから
放っておくしかない
自己責任
そう思うことにして
もうその話題を調べることを私はやめた
4
就職してから
一から十まで人のことを詮索してくるお局様
興味ないふりして人の持ち物を
瞬きも惜しいと言わんばかりに見てくる同僚
そんな2人から
いつDVDを
「面白いから観て」
と渡されるかと思うとビクビクしてしまっている
疑いすぎ考えすぎなのは解っていたけれど
一度経験させられているため
過敏になってしまい疑い癖はなかなか抜けなかった
しかしそのうち気づいた
あの手の都市伝説の類いは
基本的には若い子に広がるし主なメインターゲットだ
そうそう大人が本気にするわけがないと
そう
至極まともな大人ならば信じることなどしない
「これさ、面白いんだよ」
とDVDを見せてきたのは
隣の部署の男△△だった
二度程食事を断った男
奇跡的にそのDVDは観ていたし
今は観なくてもネットでいくらでも粗筋が載っている
ロッカーに仕舞いっぱなしにして翌日返した
感想を述べても尚
「ホントに観た?」
と疑われますます気持ち悪い
数日後
「隣の△△さん、なんか目に漂白剤入って救急車で運ばれて入院してるって
失明の危機すらあるって囁かれてるらしいよ」
隣の席の先輩に教えられた
大方
私以外にもDVDを押し付けられた誰かが
律儀に再生しながら掃除でもしていたのだろう
私だってあれがホラーでなく尚且つ漂白剤が手許にあったら
驚いて画面にぶっかけていたかもしれない
私はもう
それを聞いてから
まだごく微かに残っていた
Cのしてる事、悪意を広めている事に対しての
見て見ぬふりの放置への罪悪感も全て消えた
もう
そこまで他人に執着を持つ人間がおかしいのだ
そいつの眼球がどうなろうと知ったこっちゃない
取れようが潰れようが溶けようが
もう
どうでもいい
5
あれからどれくらい経ったかな
また叔母が
今度は酷い目眩を訴えて病院に運ばれたと連絡があり
運び込まれたのがまたあの病院だった
しばらく入院らしく
叔母は今は娘夫婦の家で世話になっており
なかなか顔も出しにくかったから
病院なら逆に見舞いに行きやすいと足繁く通っていた
そんな折
叔母の病室を後にして一階の広いロビーに降りてきた時
母親らしい年配の女性の腕にしがみつく女がやってくるのが見えた
私と同じくらいの年だろうか
目深に帽子を被って目には濃い目のサングラスをしていた
ゆっくりゆっくり歩いているその姿を
私はただ見ていた
年配の女性がしがみつく女に声を掛けている
「Cちゃんはどうする?」
「待ってる」
「じゃあここにいて、ここ、そう、座って」
長椅子の端に手探りで腰かけるC
私はもう何も驚かなかった
むしろ予想通りだ
Cは
やぱり両目失っていた
いつ
どうやって
どんな切っ掛けで
残った片目を失ったんだろう
「知りたい聞きたい詳しく全て教えて欲しい」
なんて
あぁ
これはまるでCそのものだ
浅ましく軽蔑していた感情そのものが自分の中にもある
私は
Cの目の前に立ち止まりたい気持ちを抑えて
Cの前を通り過ぎ出口へ向かう
「○○?」
Cが私の名を呼ぶ声が聞こえた気がしたけど
それは気のせいだろう
私だと気づくわけがない
いや
案外視力の代わりに鋭くなった他の感覚が
記憶と共に呼び起こされるのかもしれない
自動ドアの前で
Cが私の名を叫んでいるような声と
それを止める母親らしき声が聞こえたけれどきっと気のせい
例え
気のせいでなくとも
少なくとも私にはもうCに用はない
病院の外へ出た私は
広がる空の青さ
色とりどりの色彩の花壇
外壁が少しくたびれている向かいの調剤薬局にその看板
同じ灰色でも色が異なるコンクリート
電柱に電柱に貼られたポスター
何もかもが
全てが隈無く満遍なく見えることに感謝をして
私は
1人で足を踏み出した
目 @ku-ro-usagi
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