ゲームプレイ

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 そんなこんなで作戦当日。

 《ムンイベ2》の月面基地の中、いわゆる『ロビー画面』に相当する場所で、一人のアバターが配信を始めた。


「――ぴょんぴょこぴょ~ん! アナタの心にラブイット、電脳ゲーム配信者の[Love>_<itラビット]でーす♡ 今日は《ムンイベ2》の実況配信やっていくよー☆」


 高く可愛らしい女性の声――良く言えば可憐、悪く言えば作り物のような声がロビーに響く。

 その声の主は、テニスボール代の球形のカメラボットに向けて、頭から生えたウサギの耳を片方折りながらバッチリウィンク。ふんわり流れる白い髪、長い睫毛の下のぱっちりした赤い瞳。アニメキャラのような作り物の可憐さを誇るように、彼女は目一杯の可愛らしさで画面の向こうにそう挨拶した。

 途端に流れてくる沢山のコメント。自動翻訳機能オートトランスレーションによって文字通り世界中から届くそれらのコメントたちは、ラビーの配信を楽しみにしていた旨の文字を彼女に届ける。それらの心温まる言わば「ファンの声」に、ラビーはしかし渋面を作るのを我慢しなければならなかった。


「(なんかこれ、皆を騙してるみたいで気が引けるっすね……)」


 それは所謂「素」の自分と配信者ラビーが余りにもかけ離れているから……ではない。そのことについての葛藤は既に乗り越えている。

 だから、彼女が後ろめたく思うのは別のことだ。

 ……そう。今彼女が配信を始めたのは、純粋に視聴者を楽しませようとしてでも、承認欲求や金銭欲を満たすためでもなく、それがカギヤの考案した作戦に必要だからである。


 作戦はこうだ。

 ラビーが《ムンイベ2》のオンライン対戦をゲーム配信し、迷惑系スナイプチーター[マッドハッター]を誘き出す。そしてカギヤがソイツをどうにかする。「どうにかする」の部分は立案者であるカギヤ任せな、実にシンプルで行き当たりばったりな作戦だ。だがラビーは既に[マッドハッター]の被害にあっており、かのチーターの活動時間なども一応計算に入っているので、割と成功率が高そうな作戦でもある。が、一番大事な「どうにかする」の内容を教えてもらっていない以上、ラビーの不安は拭えなかった。


 内心の感情を押し殺し、彼女はカメラボットに笑顔を向ける。普段やる薄ら笑いとは違う、天真爛漫で星でも飛びそうなとびきりのヤツを。


「(とりあえず、怪しまれないよう普通に配信と……)あ、初見さんこんにちは♡ 是非楽しんでいってくださいねー☆」


 加速するコメント。それは普段は彼女の精神に高揚を齎すのだが、今回に限っては罪悪感をより心の奥底に食い込ませる重しであった。

 と、ここでラビーの視界内、配信カメラには映らない通信ウィンドウにぽこんとメッセージが書き込まれる。


[KAGIYA : ……なんかキャラ違くね?]


 送信元は言うまでもなく、この罪悪感の元凶とも言える「自称・正義のハッカー」カギヤ。

 その相変わらず遠慮というものを知らないメッセージに、ラビーは思考を直接文字にすることで、即座に次の言葉を返信した。


[Love>_<it: 黙れください殺しますよ]

[KAGIYA : やっぱなんかキャラ違うよな!?]


 その文字テキストだけなのに五月蠅いツッコミを無視して、ラビーはやはり元気でカワイイ感じを装って配信を続けた。そんな彼女の姿を画面越しに見ながら、少し離れた基地の壁際でカギヤは呆然とする。

 どちらかと言うとダウナーというか、あんまり感情を表に出さない、冷めた目で砕けた敬語を使う感じだった依頼人の突然の豹変に戸惑うも、すぐに昨日聞いた彼女の言葉を思い出す。


『特にウチはその、気にするチャンネルなんで』


 ……成程、異形のエイリアンに扮したくないハズである。


「……大変なんだなぁ配信者ってのも」


 ぼそりとそう言って、カギヤはしれっとラビーと同じチームに参加。

 今回のルールは最少人数である「5vs5」の「破壊工作」。時間内に相手陣地に設置された「コア」というオブジェクトをより多く破壊するか、先に相手のコア全てを破壊したチームが勝利となるルールだ。必然、それを阻止しようとする相手チームとの銃撃戦になるだろう。


 ロビーから舞台に転送される2人と野良マッチングした3人のプレイヤー。エイリアン側にも同じように5人のプレイヤーが参加したらしく、すぐに試合は開始される。


 マップ設定は「最終局面」。侵略軍エイリアンの母艦が月面基地に乗り上げることで両者がくっついた、少人数の試合でよく使用されがちなマップだ。陣地が月面を挟まず隣接しており、戦闘可能範囲も狭いため、少人数での短期決戦に丁度いいのだ。

 ヴン、と月面基地の中に転送されるラビーとカギヤのアバター。味方の3人も同じ部屋、通称リス部屋(※リスポーン部屋の略)に出現する。格好は皆一様に白を基調とした防衛軍の制服だ。ただし皆それぞれ個性があり、ラビーは足をしっかり露出させたショートパンツだし、カギヤは上からいつもの黒い上着を羽織りフードを緩く被っている。


『――戦闘を開始します。防衛軍のみなさんは、総力を挙げて侵略軍を撃破、敵母艦のコアを破壊してください。作戦開始まで3、2、1…』


 基地内に響き渡る警報混じりのアナウンスを聞きながら、カギヤは初心者向けのアサルトライフルを手に呟く。


「ま、とりあえず『獲物が罠にかかるまで』は俺も普通にプレイしますか」


 0、のカウントと共に部屋の扉が開き、プレイヤーたちが我先にと外に飛び出す。ラビーとカギヤもそれに続いた。白色で囲まれた四角い廊下を、5つの影が銃を手に疾走する。特殊部隊さながらの状況に、カギヤの口角はテンションと共に自然と上がっていた。

 すぐに廊下は枝分かれした部分に差し掛かった。先を行く3つのアバターが、それぞれ思い思いの道に走る。

 さて自分は何処に行くか、とラビーをチラリと横目で見て……と、ここでカギヤの視界内にぽんとメッセージが届いた。タイミング良くと言うべきか、どうすべきかの指示のようだ。


[Love>_<it: 一旦別行動で。他人のフリ、くれぐれもお願いします。]


 カギヤも脳内だけで文字を書き素早く返信。


[KAGIYA : OK 例の奴に警戒されたくないもんな]

[Love>_<it: いえ、普通に活動に差し障るんで。]

[KAGIYA : ?]


 首を傾げたカギヤの視界の端、配信内のラビーがカメラ目線で喋る。


「ゲームスタート、がんばろー☆ え、今日もソロですよぉ? だって一緒にやってくれる人なんて居ないしぃ……彼氏とか居たらパーティー組めたのかも、なんて♡」


 その甘ったるい声と仕草、彼女の素、否「裏」とかけ離れた態度に、カギヤは彼女が言いたかった全てを察した。


[KAGIYA  : ……なるほど マジで大変なんだなぁ配信者って]


 心底からそう書き込んで。

 そういうことなら、とカギヤはラビーとは別の道に走る。手にはアサルトライフルに似た形状の近未来光線銃。進む先は、既に銃声で騒がしい開けた場所……3Dマップによると月面基地内の「ガレージ」という場所か。

 走る、走る……狭い廊下が窮屈だとでも言わんばかりに、その足は止まらない。

 そのままの勢いでばっと廊下から飛び出れば、そこには『侵略軍』たる敵の姿があった。


 ――てらてらと光沢のある、骨ばった黒い肌。骨格は腕足二本づつの二足歩行でこそあるものの、その姿は人間とはかけ離れていた。頭部は細長く、黄ばんだ牙を覗かせるそれは蛇か昆虫を思わせる。肩掛けの簡素なアーマーのような装備の下からスパイクの生えた尻尾を飛び出させ、かぎ爪のついた手で禍々しいデザインの銃器を握るそのアバターこそ。


「出たな『侵略軍』のエイリアン!」


 ゲームの設定に没入したセリフを言うや否や、カギヤは勢いよく引き金を引いた。「敵」目掛けて構えられた銃の口が火ならぬ光を吐き出す。

 ダダダダダダ! と放たれる弾丸の群れ。殺到する白色の死の群れを、しかしエイリアン――敵プレイヤーは素早く遮蔽に飛び込むことで回避した。


「おらおらおら!」


 ズガガガガ! とエイリアンが隠れた遮蔽を掃射するカギヤ。氾濫する銃声、手に伝わる反動が波となって彼の精神に興奮を与える。発砲は現実でなら危険だが、ゲームの中では娯楽に過ぎない。弾丸が敵を貫いた時齎されるのは、殺人と絶望の感触ではなく、プレイヤー撃破による勝利の実感――即ち健全な高揚だ。

 数秒後に手に入るだろうその感覚を幻視して、カギヤ虹色の髪を振り乱しながら嗜虐的に笑い……カチ、と発砲が止まった。同時、銃が機械音声を発する。


『エネルギー切れデス。リロードして下サイ』

「げ」


 ――弾切れ。と思う間もなく、遮蔽からエイリアンが顔を出す。その動きはこの時を待っていたのだろうと一目で分かる程に機敏で迷いが無かった。

 エイリアンが持つ禍々しい銃の銃口が、真っ直ぐにカギヤの脳天に向けられ。

 視界に残る白の残光を掻き消すように、闇が咆えた。

 それは刹那、カギヤの視界を真っ黒に染め上げ――。


 バスバスバスバス、と全身に命中した闇色のエネルギー弾が、カギヤのHPを消し飛ばした。


「ぎゃあああああ!?」


 カギヤ、あっけなく「死亡」。

 気付けばそのアバターは最初の「リス部屋」に。視界の中心には『リスポーン待機中』の文字があり、足は直立の状態から動かない。死亡したプレイヤーは即座に消滅、リスポーン部屋にて復活できるがペナルティとして10秒間強制的に待機しなければならなくなる。


「……ふ~ん? な、なかなかやるなぁ侵略軍」


 断末魔の声の記憶を喉から消すように、カギヤは落ち着き払った声でそう呟いた。しかし聴く者が居たのなら、その声が少し震えていたことに気付いたかもしれない。最も、ゲーム開始からこれほど早くあっさりとやられたプレイヤーは、このチームにはカギヤしか居ないようだったが。

 そんな喜ばしいのか悲しいのか分からない沈黙が、震えた声を過去に押し出し。


 10秒の時間を空け、カギヤ、リスポーン。

 防衛軍の一員として基地を守るため、愛銃を手に再び戦場へと足を走らせる。その足取りは先ほどの「死亡」を思わせない程に力強かった。この男、意外と立ち直るのが早い。


「(だが俺はタダではやられない男。遮蔽物を使って撃ち合えば良いんだな? ククク、エイリアン共よ震えて待て。オマエらは眠れる獅子の尾を踏んだのだ……!)」


 そんなことを思いながら角を曲がり――再度エイリアンと会敵。鎧のデザインや手に持つ銃を見る限り、さっきとは違うプレイヤーだろうか。

 そんな無駄な思考を挟んだせいか、会敵から射撃までは相手の方が早かった。

 ドズン! と重い銃声が響く。

 敵が撃ってくるショットガンの弾丸を、カギヤは咄嗟に来た道へ飛び、壁を盾にすることで躱した。拡散する闇の弾丸の群れは、壁を貫くことは出来ずシミになり、カギヤに届くことは無い。

 弾丸を防ぐ遮蔽物の影で、カギヤはにやりとほくそ笑む。


「(これぞ新技・遮蔽物ガード! んで、次はリロードした相手を撃つ――)」


 先の敵の戦術をなぞるように、相手のショットガンが連射されるのを待つカギヤ。

 1秒、2秒……しかし、新たな弾は飛んでこない。

 代わりに飛んで来たのは、リンゴくらいのサイズの、丸い機械のようなナニカ。黒色と紫色で構成されており、デザインはエイリアン側の銃のそれと似通った部分がある気がする。そんな、投げ入れられた謎の物体が、カギヤの足元にコロコロと転がる。


「?」


 なんだこれ、と思う間もなく、丸い機械はピーと鳴きながら紫色の光を放ち。

 ボカーン! と至近距離で爆発した「グレネード」により、またもやカギヤのHPは吹き飛んだ。状況を理解するよりも速く、リスポーン部屋で再生成されるアバター。

 今しがた己を殺したものの名を、カギヤは殺されてからやっと思い出す。


「……な、なるほどね。『グレネード』は遮蔽に居る相手に使えばいいのかぁ……」


 腰に手をやれば自動的に手の中に出現する丸い機械のアイテム……グレネード。その存在はラビー先生のチュートリアルで聞いていたが、全く警戒できていなかった。


「なんのぉ、まだまだこっから!」


 弱気になりそうな心を叱咤し、リスポーンしたカギヤは独りぼっちのリス部屋から離れるように駆け出す。その胸に反撃の決意を灯して。


 ……しかし。残念ながら、そこからの展開は一方的だった。


 次に見つけた敵に、仕返しとばかりにグレネードを投げようと身を晒したところを撃たれ死亡。

 カギヤ、リスポーン。


 失敗体験からグレネードは封印し、敵と遮蔽ごしに撃ち合っている時に別の敵に横から撃たれ死亡。

 カギヤ、リスポーン。


 エイリアンの身体能力で天井に張り付いていた敵に奇襲され首を切り裂かれて死亡。

 カギヤ、リスポーン。


 敵戦に乗り込もうとしたが、宇宙服を着るのを忘れてしまい窒息して死亡。

 カギヤ、リスポーン。


 正面から敵と撃ち合い、普通に撃ち負けて死亡。

 カギヤ、リスポーン……の前に試合決着。

 彼は叫んだ。


「ぐぎゃー! なんか相手の武器だけ超強くねぇかコレ!?」


 ぼっこぼこであった。

 そんなこんなで月面基地のコアが破壊され、基地は大爆発。試合は防衛軍側のボロ負けであった。結局カギヤは試合を通して一体も敵を倒せなかったのであった。


「もしかしてこれ敵がプロ? 無名の最強パーティー? そうだなそうに違いない、うわあ超アンラッキーだなー俺! 一試合目にして最強集団とぶち当たってしまったなんて!」


 敵は普通に中堅くらいの一般人プレイヤーたちだったことを知らないカギヤがぎゃーぎゃー喚くのを見ながら、同じロビーに戻されたラビーは表に出さないように内心で呟く。


「(カギヤさんめっちゃヨワぁ……スコア見る限り普通に素人レベルの腕しか無いし、コメントで『コイツのせいで負けてる』って叩かれてるし。大丈夫かなコレ……)」


 スコアボードを見れば、彼の雑魚さは一目瞭然。試合を通してカギヤの姿を見ていないラビーも、その醜態をそこから察していた。

 本当に、こんな無様を晒すカギヤにチーターである[マッドハッター]が倒せるのか……割と不安を強めながらも、作戦は既に始まってしまっているため引き返すことも出来ず、第二戦。マップとルールは先ほどと同じだ。


『戦闘を開始します。侵略軍の襲撃です。防衛軍のみなさんは、総力を挙げて侵略軍を撃破、敵母艦のコアを破壊してください。作戦開始まで3、2、1、0』


 扉が開くと同時、ラビーは味方共々我先にと飛び出す。手にはお気に入りの二丁拳銃――通常の拳銃5種に設定されたチャレンジを全てクリアしなければアンロックされないレア武器が握られていた。実の所、ラビーは拳銃5種どころか武器全30種のチャレンジを全てクリアしているベテランプレイヤーだった。

 そんな彼女は当然、マップの構造も全て頭に入っている。どこで敵と接触が起こりやすいかも分かる。

 なので、その接敵にも焦らなかった。

 曲がり角を曲がったところで現れるエイリアン。

 敵プレイヤーたる彼がサブマシンガンらしき銃を此方に構えると同時、彼女は近場の遮蔽を蹴って軽やかに跳躍した。六分の一の重力が、白いウサギを高所に運ぶ。その予想外の動きに咄嗟にエイリアンは狙いを修正しようとして。


「それ!」


 バスバス、とラビーは空中から二丁拳銃で相手の腕を撃ち反撃を妨害、そのまま天井を蹴って急速落下。相手の首に飛びついて足を絡め、両目に銃口をくっつけて好戦的に笑い。


「1人目!」


 そのままゼロ距離でヘッドショット。ポリゴンの泡になり消滅する敵を尻目に、援護に現れた次のエイリアンへ標的を変える。

 放たれた相手の射撃を壁蹴りからの跳躍回転で回避、空中からグレネードを敵に向けて投擲。

 ドカン、とグレネードが空中で爆発。爆風の中からHPを減らしながらも間一髪飛び出してきた敵を、


「2人目☆」


 動きを読んでいたいたラビーがから二丁拳銃でトドメ。散るポリゴンを蹴散らしながら、スタ、と地面に着地する。露出した長い足も相まって、体操選手を思わせる動きだった。


 六分の一である重力を利用した空中殺法こそ、ラビーの得意とする戦法であり、「見た目」に次ぐ配信者としての武器である。いわゆる「見せプ」と言うヤツだ。

 そんな彼女の元に、間を置かず次のエイリアンが現れる。反射的に二丁拳銃の乱射で先手を取る――しかしアバターを赤く染めてカスタマイズしたエイリアンは、飛びあがってその攻撃を回避した。

 空中戦はおまえの専売特許ではない、とでも言いたげに、狭い廊下をピンボールのように跳ね回りながら距離を詰めてくる赤いエイリアン。その手に握られたアサルトライフルがラビー目掛けて火を吹く。


「わっと!」


 ラビーは咄嗟に壁に向かって跳躍、足に被弾するもHPを全損することはなく回避。そのまま壁を蹴ってエイリアンと空中戦を展開する。

 壁を天井を跳ね回りながら、同じように跳ね回る相手に銃を向け発砲する。熟練者同士だからこそ展開される空中戦だったが、流石に両者ともプロプレイヤー程卓越した技量ではないため弾はまともに当たらない。それでも、銃弾の雨霰の中を高速起動で飛び回る両者の姿は、まるで嵐の中で踊る二羽の猛禽のように迫力のある光景だった。

 そのまま5秒ほど……一瞬にも永遠にも感じられる時間をその状況で膠着し、しかし展開は動く。両者の銃が同時に弾切れとなったのだ。銃が『リロードして下サイ』と機械音声を放ち弾を吐き出さなくなる。再び発砲するにはその通りにするしかないが、敵と向かい合った状況でのリロードは致命的な隙になりかねない。


 勝負を賭けたのは赤いエイリアンの方だった。銃をぽいと放り捨て、かぎ爪の付いた腕を構えてラビー目掛けて突進する。エイリアンの特性、刃物のような爪を使った近接攻撃だ。急所に当てればHPを削り切るほどの威力がある。

 そんなエイリアンの突進を受け、ラビーも同じように武器を捨てる……そして背に手を回した。その手の中に出現するのは、どこに隠し持っていたと言わんばかりの、彼女の胴よりも太い砲身を持つロケットランチャー。


 『防衛軍』、つまり人間側のプレイヤーにはかぎ爪のような武器は無い。その代わり、エイリアンが持つことの出来ない副武装サイドアーム――つまり「二つ目の武器」を持つことが出来る(ゲームの仕様上二丁拳銃はひとつの武器として扱われる)。

 本来、オブジェクトに対して攻撃力の低い二丁拳銃の弱点を補うために装備しているロケットランチャーの照準を覗き込み、迫り来る赤いエイリアンをロックオン。

 間延びした刹那の中、彼我の視線が交錯し――。

 引き金が、引かれる。


「三人目♡」


 蠱惑的な声と共に放たれたのは、実にミスマッチな破壊の一撃だった。

 着弾した砲弾が爆発、基地内を爆炎が駆け巡り……煙のエフェクトが晴れた後に残っていたのは、赤色のポリゴンの欠片と、無事であるラビーの姿。彼女は勝利の高揚もほどほどに、傍らで一部始終を収め配信していたカメラボットに目線を向け、


「やったー、3連続キル! 凄いと思ったらフォローしてくれると嬉しいです♡」


 ばっちりウインクしてそうアピール。コメントも今のプレイに対する賞賛で溢れていることに満足する。ただ、もののついでにチラリとゲームのキルログを見れば、


「(またカギヤさん死んでるし……)」


 [KAGIYA]がまた敵にやられていた。遠くからあの「ぎゃー!」というやかましい断末魔が聴こえた気もする。未だキル数は0……この有様で[マッドハッター]をどうにかできるのか、やはり不安だ。


「(まあもう良いや)今のうちに敵の母艦に突入したいと思いまーす☆」


 最初から駄目元だったこともあり、ラビーは気持ちを切り替え宇宙服をワンタッチで着て敵母艦に潜入することにした。彼女の意識は先の好プレイと賛辞のコメントにより、「ゲームを楽しむ」モードに変化しつつあったのである。


 ラビーは足音を立てないよう注意しながら、基地の壊れた外壁をくぐりエイリアンたちの母艦に侵入する。ここは当然酸素が無いあちらのフィールドだ。宇宙服は視界と動きを制限し、対してあちらは素早くなるため警戒の必要がある。

 ラビーは手の甲に付いた端末を操作して3キルストリーク――敵を連続で3人倒すと使用できる、敵の位置を把握するレーダーを発動。レーダーによると敵母艦の中には敵は一体。他は月面基地内を襲撃しているらしい。つまりその敵を倒せば勝利は目前だ。


「(壁の向こうで動いてない……飛び出して勝負しちゃお)」


 ばっ、と遮蔽の影から飛び出せば、敵のエイリアンはこちらに背を向けていた。

 大チャンスだ、と口の中で言葉を転がす。

 そのまま二丁拳銃を乱射しながら敵へ突っ込む。弾丸の数発が肩を腿を背を穿った。そして至近距離を超えてゼロ距離まで接近し、背と後頭部に銃口を突き付けてトドメの発砲。離脱際にグレネードまで投げる、配信映えを意識したオーバーキル気味のコンボ攻撃が見事に決まった。


「よし、これで後はコアを破壊すれば勝ち――」


 しかし、そこでラビーの言葉は止まった。

 彼女は気付いたのだ。爆風が止んだ場所に、先と変わらぬ様子でエイリアンのアバターが立っていることに。


「(はぁ!? 今のでHP残ってるとか絶対有り得ないんすけど)」


 有り得ない……だが、事実目の前に敵は無傷で佇んでいる。

 無傷のエイリアンが此方を振り向く。彼女の驚愕を嘲笑うかのような、いやにゆっくりとした動作だった。その、ようやくこちらを向いた頭の上には――異形の頭部とは全く以てミスマッチな、変な柄の入ったシルクハット。


「ま」


 さか、までは言えなかった。

 異形の顔でにたりと笑ったエイリアンが、有り得ない速度で瞬きの間にラビーの背後に回り込んだからだ。


「うわッ――」


 ラビーは反射で背後を振り向き、拳銃を乱射。弾丸の数発がエイリアンの体や、帽子を被った頭部に命中する……だがやはり、ソイツは倒れなかった。この光景を見る第三者が居れば、拳銃の乱射がまるで子供の拳のように頼り無い攻撃に見えたことだろう。

 カチ、と二丁拳銃の弾が切れる。リロードを求める音声が空気を読まずに発される……それすら、銃撃音から凄い落差で訪れたこの沈黙の中では不気味だった。

 帽子のエイリアンが、「何かしたか」とばかりに肩を竦める。その余裕たっぷりの仕草が、表情の見えないアバターを貫通してこちらを嘲笑う気配を感じさせた。


「こんのぉ!」


 かっと頭に血が上り、エネルギー切れの銃で殴りかかる――しかし再びの高速移動で躱される。ゲームの仕様上の最高速度を何倍も早回ししたかのようなそれは、通常の手段では得ることのできないものだと即座に察せられた。

 そもそもいくら弾丸を受けても「無敵」の癖に、己の速度を見せつけるように回避した帽子のエイリアンは、ようやく手に持った銃を片手で構えた。狙いは明後日の方向を向いているのに、なぜだかその逸れた銃口から目が離せない。

 醜悪に歪んだエイリアンの口が、開く。


『死ネ』


 ボイスエフェクトで辛うじて男と分かる程度に歪んだ、嘲りが色濃く匂う声だった。

 そのままソイツが引き金を引けば、銃弾がぐにゃりと軌道を曲げてラビーの頭に吸い込まれ。

 連続ヘッドショットによってラビーのHPが0になり、彼女のアバターは消滅を経てリス部屋に戻された。


 ……一拍置いて。今起きたことを理解して。

 ラビーの内心で様々な感情が弾ける。怒り、悲しみ、無力感……しかしそれらの感情は、驚愕と祈りに似た感情に押し流された。一瞬配信のことすら忘れ、忘我のまま彼女は呟く。


「もう来た……!」


 頭のどこかで「配信」という言葉が浮かぶが、今だけはそれに構っていられなかった。半分ほど忘我のまま、ラビーはへのメッセージを脳内で紡ぐ。


 これが初対面ではないから見間違えるハズもない、あの奇怪な容姿、匂い立つ性格の悪さ。今の帽子のアバターこそスナイプチーターの[マッドハッター]だ。

 普段は配信のたび「来るな」と願い、そしてそれを嘲笑うように毎度現れる憎い敵に無力さを痛感させられ……しかしラビーの心が負の感情に呑まれることは無かった。

 だって、今日は違う。私たちは「来い」と念じ、その通りに奴はやって来た。伏兵であるの存在も知らずに。

 そう、奴は誘き出されたのだ。無様にもこちらの作戦通りに。

 だから――。


[Love>_<it: KAGIYAさん、マッドハッターが来ました。お願いします。]


 ――信じています、という声が、切実に喉から零れた気がした。


 そんなラビーからのメッセージを離れた場所で受け取ったカギヤは、敵エイリアンの銃撃を遮蔽にて耐えながら、ニヤリと笑ってこう返す。


[KAGIYA : 任せろ!]


 メッセージの返信を終え顔の前に手を翳したカギヤ、その顔を闇が覆い隠す……まるで手から闇が放出されたような光景だった。闇に覆われた、闇そのものになった顔の中で、その眼と口だけが光を帯びた。

 ――それは、毒を以て毒を制すと言わんばかりの、[マッドハッター]に並ぶほど不気味な姿だった。ただ、その声音と仕草だけが変わらない。

 顔を隠し「変身」を完了させたカギヤは、少年が抑えきれない期待感を持て余すように、その内に納まりきらない感情を言葉と共に吐き出す。


「――よし、慣れない銃の出番はここまでだ。外法には外法。チーターのことはこの天才ハッカーに任せとけって!」


 そうして失くなった顔の中で、目と口だけが鬼火のように燃えながら笑っていた。

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