第40話 三人の時間を過ごして


 翌日の朝。

 鏡を見ると、目が腫れていた。


(あぁ……泣きすぎたなぁ)


 昨夜は、ルルメリアを久しぶりに寝かしつけた。もう五歳なので必要ないのだが、彼女が眠るまでお話をしていた。枕元に椅子を置いて座ると、早速ルルメリアが話し始める。


「わたしね、おかーさんみたいなこいをするんだ!」

「私みたいな恋?」

「うん! きらきらしてる、じぶんだけのこい!」


 意気揚々と語る姿はとても眩しいもので、ルルメリアにとって大きな目標が見つかったようだった。どうやら、ヒロインのような略奪的恋愛よりも、純粋な恋愛でどこにも存在しない恋がよいのだとか。そこまで聞くことができれば、私はもう何も心配がいらない。


「ルルならきっと、いい人が見つかるよ」

「うん、がんばる!」


 今のルルメリアは、十分魅力的で可愛らしい女の子だ。

 これからも私は、責任をもって立派に育て上げる。


(成長したら、すぐに嫁いじゃうんだろうなぁ……)


 そう思うと、寂しさがこみ上げてきた。まだ五歳だとわかっていても、きっとあっという間なのだろう。


「あたし、おかーさんのじまんになる」

「……もう十分自慢の娘だよ?」

「それならもっと!」


 母親の自慢大会がルルメリアに大きな刺激を与えたようで、ルルメリアは熱意にあふれていた。興奮して眠れないのか、しばらくは会話が続いた。


「おやすみ、おかーさん……」


 ウトウトするルルメリアの頭をそっと撫でた。嬉しそうに微笑むルルメリアは、すーすーと寝息を立て始めた。


「おやすみ。いい夢を見てね、ルル」


 しばらくの間寝顔を眺めると、私は自室へと戻った。

 興奮して眠れないのは私も同じで、自分のベッドに座ると再び涙があふれて来た。


 安心と、喜びと、不安から解放された気持ちが混ざり合って流れ落ちていった。

 横になれば、疲労もあったおかげで眠りにつくことができたのだった。



 鏡で自分の顔を見ていると、バンッと勢いよく部屋の扉が開いた。


「おかーさん、おはよー!」

「おはようルル。早いね」


 朝から元気な声が家の中に響いた。昨日の疲れなど全く感じさせないほど、ルルメリアはにこにこと笑っていた。


「おかーさん、いっしょにごはんつくろう!」

「うん。おなかすいたね」


 料理に乗り気なルルメリア。その姿を微笑ましく思いながら頷くと、朝食は二人でサンドイッチを作るのだった。




 お昼を迎える前に、コンコンというノックが聞こえた。


「おーさんかな?」

「そんな気がするね」


 私は立ち上がると、扉の前に立った。


「オースティン様ですか?」

「はい、そうです」


 ガチャリと扉を開けると、バスケットを手にしたオースティン様が立っていた。


「こんにちはクロエさん、ルルさん」

「昨日はありがとうございました」

「ありがとうございました、おーさん!」


 ルルメリアと二人で深々と頭を下げる。


「楽しんでいただけたようで何よりです」


 優しい声と微笑みを返してくれるオースティン様に、私の口元も自然と緩んだ。


「昨日の今日でお疲れかもしれないのですが、よかったらピクニックはいかがかなと」

「ぴくにっく!」

「はい。実は近くに綺麗な花畑を見つけたので、そこに行きませんか?」

「是非、ご一緒させてください」


 ピクニックに行くことがわかると、ルルメリアは物凄い速さで準備をし終えた。私も外出できるよう身支度を整えると、家の外で待ってくださったオースティン様に声をかける。


「お待たせしました」

「では行きましょうか」

「しゅっぱつ!」


 前回同様、私が真ん中でルルメリアと手を繋ぎながらオースティン様のエスコートを受けた。


 オースティン様の案内で花畑に到着した。

 そこは辺り一面に花が咲いており、非常に綺麗景色だった。


「おはなだ~!」


 ルルメリアは嬉しそうに花畑を駆けだした。


「穴場のようで、普段はあまり人がいないみたいです」

「そうなんですね」


 景色に見とれていると、ルルメリアが戻って来た。


「おーさん、ここすごくきれいだね。わたし、ここすき!」

「気に入っていただけたようで嬉しいです」


 笑みを交わす二人だったが、ルルメリアのお腹が鳴った。


「あっ。……おなかすいちゃった」

「よろしければ食べますか? 今日はクロワッサンを作ってみたのですが」

「くろわっさん!」


 一瞬で目を輝かせるルルメリア。

 私もオースティン様の作ったクロワッサンに興味津々だった。


 近くにベンチがあったので、そこに三人で並んで座る。オースティン様は座る前に、私とルルメリアの場所にハンカチを広げてくれた。


「ありがとうございます」

(さすがオースティン様。スマートだな)


 感謝を述べながら座ると、早速クロワッサンを食べ始めた。


「美味しい……!」

「おーさん、おいしい!」


 前回のプリンでも思ったが、オースティン様には料理の才能があると思う。


「よかった……実は何度か失敗してしまって。お口に合うか不安だったのですが、安心しました」


 失敗しても何度もやり直す。その心意気が、純粋に素晴らしいなと感じた。


(……幸せだな)


 ルルメリアと二人でご飯を食べる時間も、もちろん幸せだ。けれども、そこにオースティン様が加わると一気に賑やかで楽しさが増す。こんな時間が続けばいいのにという思いが、一人静かに込み上げてきていた。

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