第38話 義娘の答え


 兄の友人の名前がハンス・ブルームということを聞いて、ルルメリアがどんな貴族に引き取られたのか納得できた。

 シナリオでは私が死亡した後、兄が託した相手だからこそ施設に訪れてルルメリアを養子にしたのだ。


 私は全てを理解した上で、不安を抱きながら娘の方を見た。


(……ルルにとって、きっと〝ブルーム〟という名前は価値が高い)


 あれほどまでに切望していた、ヒロインの名前であり証。一度はブルームではなくオルコットでいいと言っていたが、今どう思っているかはわからない。


(ルルにとって、ヒロインであることには大きな意味がある)


 私は淑女に育てようと努力を重ねてきたつもりだが、思い返せばルルメリアの心情を尋ねたことは数少なかった。最近は特に自分のことを意識し過ぎて、ヒロインという言葉が話題に上がらなかったのだ。


「……ルル」


 何か声をかけるべきだが、何と言えばいいかわからなかった。

 ヒロインと同じ家だねと喜ぶのはおかしな話で、かといって避けてしまえばあからさまな態度になってしまう。


 なるべく顔に出さないように、胸の中で不安をとどめた。ひとまずルルメリアに話を聞こう、そう思った瞬間だった。


「おとーさんのおともだちさん。、おはなしきかせてください!」

「もちろんだよ、ルルメリアちゃん。是非とも話させてほしい」


 また今度。

 それがルルメリアから出た明確な言葉だった。


「引き止めてしまって申し訳ありません。クロエさん。私が言いたかったのは、いつでもお力になるということです。何かありましたら、ブルーム男爵家を頼ってください」

「……ありがとうございます」


 私は胸がいっぱいになりながら頭を下げた。


「またお会いしましょう」

「おはなしたのしみにしてます!」


 ルルメリアのにこにことした笑顔に、ブルーム男爵は安心したような笑みを残してその場を去った。彼が遠くまで離れると、私は一度ルルメリアと向き合うようにしゃがみこんだ。


「ルル……よかったの? だってブルーム男爵……ブルームはヒロインの名前でしょう?」


 もしかしたら我慢しているのかもしれない。そこまで考えながら、私はルルメリアの瞳を見つめた。すると、すぐさま口角を上げて満面の笑みを浮かべた。


「わたし、おるこっとがいいの!」

「……オルコットが?」

「うん。わたしはるるめりあ・おるこっと! そのままがいいんだ。これからもおかーさんといっしょがいいの」


 含みもない、他意もない、純粋無垢な笑顔を浮かべながら放たれた言葉。それは間違いなく、ルルメリアからの答えだった。


 どうして、と娘に聞くのは野暮な話だろう。ルルメリアは選んでくれたのだ。ブルームではなく、オルコットを。


 嬉しさのあまり、涙がこみあげてくるがどうにか我慢する。公の場で泣いてはいけない。せっかく貴族令嬢として、最善を尽くしたのだから。


「……私も。ルルと一緒がいい」

「ずっといっしょだよ? わたしのおかーさんは、おかーさんだもん」


 そうハッキリと言い切ってくれるルルメリアに、心から感謝を伝えたかった。ただ、感謝と共に涙が出てきそうだったのでどうにか堪えて我慢した。


「うん、ルルは私の大切な娘だよ」

「えへへ」


 一言どうにか絞り出すと、私はもう一度ルルメリアと手を繋ぎ直した。立ち上がると、オースティン様が再びエスコートの手を出してくれる。


「それでは、帰りましょうか」

「はい」

「うん!」


 こうして私達は馬車へと戻るのだった。


 馬車が動き出すと、すぐにルルメリアは眠ってしまった。どうやらドレスを来て出かけるという慣れないことをしたからか、疲労が溜まっているようだ。


「お疲れ様です、クロエさん」

「すみません、私事で足を止めてしまって」

「謝罪は不要ですよ。クロエさんにとっても、ルルさんにとってもブルーム男爵との時間は必要だったでしょうから」


 私がブルーム男爵と話している間だけでなく、ルルメリアにしゃがんで話しかけている最中も、オースティン様は私達をそっと見守ってくださった。その心遣いが本当にありがたいものだった。


「……クロエさんは立派な母だと思いますよ」

「え……」

「先程の姿を見て、何か不安を抱いているように見えましたので。差し出がましいかもしれませんが、私にはそう見えます」


 真っすぐな眼差しで断言するオースティン様。その評価は、自分では考えたこともないものだった。


「初めてルルさんは最初から明るく、とても優しい方でした。ですが、今はそれ以上に貴族らしく見えます。これは教える人がいなければ、身につかないことです。礼儀作法はもちろん、立ち振る舞いや雰囲気まで、ルルさんは貴族として遜色ありません。そこまで育て上げたのは、間違いなくクロエさんのお力だと思います」

「……私の、ですか?」

「はい」


 そこまで褒められるとは一切思っていなかったので、私は心の中がじんわりと温かくなっていった。オースティン様の言葉を、一つ一つ噛み締めていく。


「クロエさん。お疲れ様です」


 オースティン様の労わるような優しい声に、私は静かに涙を流すのだった。

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