第34話 好意の贈り物
我が家に二着のドレスが届いた。
「おかーさん、これすごい! ほんとうにおひめさまみたい‼」
「うん……」
送り主はオースティン様。
ドレスは高級な素材が使われているのが、没落貴族ながらにもわかった。果たしてこれを素直に受け取っていいのか、不安と疑問が同時に浮かび上がる。
(こんなに高価な物、受け取ってもいいのかな……)
恋人でも、婚約者でもない私が受け取るのは何かいけないことをしている気がして落ち着かなかった。そんな私とは真反対のように、純粋に喜びを噛み締めるルルメリア。
「ねぇおかーさん、これきてもいいのかな? だめかな?」
想像以上のはしゃぎっぷりを見る限り、ルルメリアは余程ドレスが気に入ったのだろう。
(確かに、私もここまできらびやかなドレスは着たことない。ルルメリアも――)
その瞬間、はっとあることに気が付いた。ルルメリアが物心ついた頃が、私と暮らし始めた時期だとすればこの子はまだ、貴族令嬢としてドレスを着たことはない。
常にワンピースで、それも平民が着るようなお世辞にも高く見えない安価なものだ。
(そっか……ルルはまだちゃんとしたドレスを着たことがないのか)
いつも以上に目を輝かせる娘を見て、私は複雑な気持ちがこみ上げた。
「あれ? おかーさん、何か入ってるよ」
「何か?」
ルルメリアが渡してくれたのは、一枚の封筒だった。
差出人にはオースティン・レヴィアスと書かれてある。私は封を切って、中から手紙を取り出した。
『クロエ・オルコット様
突然ドレスを贈ってしまう形となってしまい、申し訳ありません。本当は私が自らクロエさんとルルさんに直接渡しに行きたかったのですが、不運にも仕事が立て込んでしまいそれは叶わなくなってしまいました。
クロエさんとルルさん、それぞれに似合うものを悩みに悩んで一着ずつ贈らせていただきました。こちらのドレスは、私の想いとして受け取っていただきたいと思います。厚意ではなく、好意として。まだ婚約者でもなければ、私はクロエさんにとって何者でもありません。それでも、どうか私の強い想いとして手にしていただきたいのです。
演奏会の日、楽しみにしております。
オースティン・レヴィアス』
その手紙は、恐らくオースティン様の直筆で書かれており、とても丁寧な文字が並んでいた。
(厚意じゃなくて、好意……好意?)
その部分をじっと見つめてしまう。そして意味が理解できると、頬が段々と赤くなってしまった。
「おかーさん、だいじょうぶ?」
「えっ、あっ、うん! 大丈夫だよ! ごめんね」
心配そうな表情で私の顔をそっと覗き込んだルルメリアに、思わず変な声が出てしまう。慌てて笑みを作るものの、ぎこちないものになっていた。
もう一度手紙に書かれたオースティン様の気持ちを読みながら、私はルルメリアの方を見た。
「……ルル。そのドレス着てみる?」
そう問いかけると、ルルメリアの瞳はみるみる大きく見開かれ、ぱあっと輝きが増していった。
「うんっ……!! あたしこのドレス着てみたい!」
「よし、じゃあ着替えよう」
こうして私はルルメリアにドレスを着せることにした。
(こんなにしっかりしたドレス、触ること自体久しぶり……いや、初めてかも)
それなりのドレスを着たことはあるけれど、ここまでしっかりとした生地で上位貴族が身にまとうようなドレスを手にするのは覚えている限り初めてのことだった。
ルルメリアに丁寧に扱うよう言いながら、私もそっと慎重に触れていく。
「きれた! かがみ――」
「待ってルル。せっかくならもっと、お姫様になりたくない?」
「おひめさま……!」
今のルルメリアはただ髪を下ろしているだけだったので、私が貴族らしいまとめ髪を作っていく。ドレスだけでかなりの輝きがあるので装飾品は不必要だろう。
「おひめさま、おひめさま」
「ふふっ。ちょっと待ってね、あと少しだから」
今まで見た中で一番上機嫌といっても過言ではないほどに、ルルメリアはずっとにこにことしていた。
「できたっ。うん、いいよルル、鏡を見てごらん」
「やったー!」
走ろうとするルルメリアの手を引いて、「ルルはお姫様だよね?」と問いかけた。そうすればはっとした顔へと変わり、すぐさま落ち着いた歩き方になった。
「わぁぁぁ!」
鏡を前にしたルルメリアは、自分のドレス姿に非常に満足している様子だった。
ピンク色を基調とした、レースが繊細に施されたドレスは、甘すぎず美しい印象を与えるものだった。ルルメリアの愛らしい様子と相まって、私の目にはこの子が立派な貴族の令嬢に見えていた。
(……あぁ、こうやって女の子の成長は感じられるのかな)
鏡に映るルルメリアは、私が今まで見た中でダントツに綺麗だ。
「ルル、凄く良く似合ってるよ。本当にお姫様だね」
「ありがとー、おかーさん!」
ドレスをかなり気に入ったのか、その後もルルメリアは一時間ほど鏡の前で自分のドレス姿を見つめているのだった。
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