第33話 ハーレムではない恋を




 好奇心の眼差しに、私は小さくと微笑んだ。


「実はこの前の花市場で、オースティン様のお知り合いに会って。その方は貴族のご令嬢だったの」

「ごれーじょー」

「うん」


 私が受けた屈辱を、五歳の娘に話すのはいかがなものだろうかと引っ掛かる部分もあった。


(でも……ハーレムという言葉を考えれば、聞かせられない話じゃない)


 何よりも、きらきらを解き明かすには必要な話だった。


「私、その方に侍女だと言われたの」

「じじょ……」

「簡単にいうとね、貴族には見えない。令嬢とも思えない。……それよりも下だと、見下されたと言えばいいのかな」


 どうすればルルメリアにわかりやすく伝えられるか、考えながら慎重に言葉を選んだ。


 伝わっているか不安になりながら娘を見れば、凄く不機嫌そうな表情になっていた。


「ル、ルル?」

「やなひとだ」

「嫌な人……ご令嬢のこと?」

「うん。やなひと。だっておかーさんはぼつらくでもきぞくだもん」

「ルル……」


 ムスッと頬を膨らませるルルメリアに、私は嬉しくなってしまった。


「……ありがとう、ルル。私も凄く嫌な気持ちがしたし、何より悔しくて。だからもう二度とそんなこと言わせないぞって頑張ることにしたんだ」

「おかーさんはもえてるんだ!」

「燃えてる……ふふっ、そうかも」 


 ルルメリアがぎゅっと力をいれた両手を、胸の前に掲げた。その動作が可愛くて頼もしくて、自然と笑みがこぼれた。


「おかーさんはがんばってるから、きらきらしてるんだね」


 まるで納得したという声色のルルメリアに、私の笑みはスッと消えた。そして一呼吸つくと、真剣にルルメリアを見つめる。


「ううん、違うの。きらきらしてるのわね、私がオースティン様に恋してるからなんだ」

「こい……おかーさん、おーさんのことすきなの?」


 不安と疑問が混ざった表情に、私は自信を持って頷いた。


「うん、好きなんだ」


 そこからは自然と自分の気持ちを表現するかのように語り始める。


 逆はーれむとは全く別物になる純粋で、単純な恋愛もあるのだということを、どうかルルメリアにも知って欲しかった。


「オースティン様のことが好きで、隣に立ちたいって思った時に、侍女だなんて言われたままじゃ駄目だもの。どこまでできるかわからないけど、できるところまで頑張りたくて……だから練習してたんだ」


 本音を吐露した恥ずかしさを隠すように笑みを浮かべると、ルルメリアはじっと私の方を見ていた。そして、再び両手を胸に掲げた。


「あたし、おかーさんのことおうえんする! あたしもおかーさんとがんばる!」

「……ありがとう、ルル」


 一緒に頑張ってくれるのはとても心強い。私の練習にルルメリアが付き合うとなると、これは二人で成長するよい機会なのかもしれない。


「それじゃあ頑張ろう!」

「おー!」


 二人でそう決めると、早速練習を再開した。立ち姿や雰囲気だけでなく、表情や細かな所作まで見ていくことにした。


 これはもはや実質淑女教育になっていたが、ルルメリアは楽しそうに勉強してくれた。


 以前抱いていた「おひめさまになる!」という気持ちというよりも「おかーさんとがんばる!」という思いが強いことに、私は感動するばかりだった。


 そんな上達する中、演奏会の三日前に素敵すぎる贈り物が届いたのだった。

 

 

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