第31話 決意と安堵の帰り道



 演奏会という次の約束を交わしたところで、今回はお開きとなった。

 ルルメリアのお迎えもあるので、花市場の会場で解散すると、私はそのままマギーさん宅へ向かった。


「演奏会……」


 久しぶりに貴族の世界へ足を踏み入れるのだから、私こそ淑女教育をし直さないといけない。ルルメリアのことを言っている場合ではないだろう。


(……せめて今度は、侍女だなんて言われないように)


 ぐっと思いながらも足を止める。お店のガラス越しに映る自分は間違いなく、令嬢とはかけ離れたものだった。


ぼさぼさの髪に化粧けのない顔。何より、平民に染まりきっている自分がこちらをみていた。


平民に染まることは決して悪いことではない。むしろ、没落貴族なのだから正しい身の振り方だと思っていた。しかし、このままでは演奏会には行けないし貴族には見られない。


「……自分磨き、しないと」


 ずっと後回しにしていた上に、今後もするつもりがなかったこと。

 ルルメリア第一優先で、自分のことをあまり考えていなかった。


(……でもそれは、ルルを言い訳にしてるだけね)


 頑張ればきっと両立できる。

 そう心の中で炎を灯しながら、ルルメリアの元へと急ぐのだった。




 マギーさん宅に到着すると、ちょうど他のお母さん方も到着して子ども達が解散し始めた時間だった。私はすぐにマギーさんに挨拶をした。


「マギーさん、本日は本当にありがとうございました」

「いいのよクロエさん。ハンナも皆も、ルルちゃんと遊べて楽しかったって言ってたから」


 そう言ってもらえると、胸の負担が軽くなる。マギーさんの温かな言葉を受けながら、ルルメリアの方を見れば、笑顔で他の子ども達と話していた。


(……今日ルルをこっちに連れてきて、本当に良かった)


 ルルメリアは子ども達の中心なのか、真ん中で楽しそうに笑っていた。


「もしよろしければ、これからもルルメリアと遊んでただけますか」

「もちろんよ!」

「ありがとうございます……! 今度は是非我が家に」

「あら、ありがとうクロエさん。でも無理はしないでね」


 マギーさんは最後まで私の方を気遣う言葉を選び続けてくれた。他のお母さん方も、今度はうちでと言ってくださり、母同士の関係も良いものになっていた。


「おかーさん!」

「ルル」


 タタタとこちらに駆けて来たルルメリアを迎える。他の子ども達も、お母さんたちの方へ合流していった。


「皆にバイバイした?」

「うん! またあそぼーってはなしもしたよ!」


 心底嬉しそうな表情で語るルルメリアを見ると、私の方まで笑みがこぼれた。

 お母さん方、子ども達ともう一度別れの挨拶をすると、それぞれマギーさんとハンナちゃんに見送られて帰路に着くのだった。


 私はルルメリアと手を繋いで自宅を目指した。


「ルル、今日はどうだった?」

「すっごくたのしかった!」

「それは良かった」


 にこにこと笑みを浮かべるルルメリアに、私はどんなことをしたのか尋ねる。


「皆で何して遊んだの?」

「うんとね。まずはおえかき!」

「お絵描きかぁ」

「うん! みんなあたしのえがじょうずってほめてくれたの」

「それは嬉しいね」


 どうやら皆でお喋りしながら絵を描くのが楽しかったようだ。


「それでね、それでね。みんなとおひめさまごっこしたんだー!」

「お姫様ごっこか……」


 まさか家でやっていたことをそのまましたのだろうか。少しだけ心配が過るものの、ルルメリアの言葉で安堵が生まれた。


「みんなでおちゃかいしたんだ!」

「お茶会かぁ。とっても素敵だったんだろうね」

「うん! すっごくたのしかった!」


 それなら微笑ましい光景だ。よく思い出してみれば、私がルルメリアにしたのも教えとは言えもっとこうすればお姫様っぽくなるよという助言なので、貴族だと露呈することはない。


(……没落貴族だというのは簡単だけど、気を遣わせたくはないな)


 きっと優しい皆さんのことだから、貴族という肩書に反応して意識してしまうはずだ。でも私は、せっかくできたルルメリアのお友達の関係を崩したくはない。


「おかーさんは? おーさんとなにしたの?」

「私? 私とオースティン様は花市場に行ってきたんだ」

「はないちば?」


 キョトンとするルルメリアに、花市場についてざっくり説明した。


「えー! いいなぁ。あたしも行きたかった」

「ごめんね、日にちが被っちゃったから」

「あたしもおいしいものたべたかった」


 なるほどそっちか。

 オースティン様と会えなかったことももちろん残念がっているとは思うが、子どもの本心としては美味しいものがほしかったようだ。


「ルル。それならね、お家にとっても美味しいプリンがあるよ」

「ぷりん⁉」


 勢いよく私の方を見上げるルルメリア。

 私はニッと口角を上げた。


「それもね、ただ美味しいだけじゃないんだよ」

「え?」

「なんと、オースティン様が作ってくれたプリンなの」

「えぇっおーさんが⁉ すごーい!」


 その瞬間、一気に目を輝かせるルルメリア。

 ぱあっとより明るい笑顔が顔一面に広がった


 その後、ルルメリアは家に到着すると物凄い速さでプリンを平らげてしまった。見てるこっちが嬉しくなる食べっぷりは、オースティン様に見せてあげたかったなと感じるほどだった。

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