第27話 見落とした学び


 更新を止めてしまい大変申し訳ございません。本日より再開させていただきます。よろしくお願いいたします。


▽▼▽▼



 子どもというのは不思議なもので、お姫様ごっこ終えてもルルメリアはお姫様らしく振る舞い始めた。


 ルルメリアの中でお姫様らしく振る舞うことをよほど気に入ったらしく、私が言わなくても上品な動きをしていた。そのおかげで落ち着きがなかった様子は嘘のように見違えた。


 淑女教育は内面も大切なのだが、今のルルメリアがここまでできているのなら何も文句はない。むしろ素晴らしいと褒めるべきだ。


 これで他の家にでも預けられるだろうと安堵していた。


 ……しかし、オースティン様との前日に事件は起きた。   


 朝になると、ルルメリアが可愛らしい服を着て見せにきた。


「おかーさん! どう? このふく」

「よく似合ってるね、明日着ていく服?」

「ちがうよ、きょう!」 


 今日はどこか行く予定があったかと考えてみるものの、そんな予定はないはずだ。一抹の不安を覚えながらルルメリアの方に近付く。しゃがみこむと、ルルメリアの目線似合わせて尋ねた。


「……今日出かけるの?」

「うん、おーさんとやくそくのひ!」

「ううん、それは明日だよ」


 首を横に振ると、ルルメリアは固まってしまった。


「……みっかごってきょうだよね?」

「三日後は明日かな」

「……あれ?」


 キョトンとした顔になるルルメリア。


 その瞬間、家の中に沈黙が流れた。


「いち、にー、さん……あれ? みっかごじゃないの?」

「そ、それはどうやって数えてるの?」


 今日が三日後と信じて疑わないルルメリアに動揺してしまう。


「うんと、きょう、あした、そのつぎ……」

「ルル、当日も入っちゃってるよ」

「あっ」


 ルルメリアは数えるのに当日も入れており、そこで齟齬が発生していた。


 私はルルメリアにスケッチブックをかりて、図を描いて教える。


「ルル、三日後はねその日から数えるの」

「うん」

「うん。当日は数えないの。それで、一、二、三……て数えるのね」

「そっか」

「だから明日が三日後になるの」

「ほんとだ」


 丁寧に教えれば、ルルはすぐに納得した。


「……ごめんなさいおかーさん、あたしまちがえちゃった」

「ううん。ルルは何も悪くないよ」


 悪いのは私だ。


 お姫様ごっこに気を取られて、ルルメリアとの会話をおろそかにしてしまった。


 きっとルルメリアならそれくらいわかるだろうと、どこか心の中で楽観視していた部分もある。


 この子はまだ五歳の子どもなのに。


 重要なことも、簡単なことも、知ってると決めつけてはいけない。教えることこそ私の、母の役目なのに。


 私はそれを放置してしまった。


「ごめんね、ルル」


 淑女教育ばかり意識しすぎて、単純な教養に目を向けられなかった私に責任があるので、ルルメリアは謝らないでいい。


「……おかーさん、あたしおひめさまごっこたのしかったよ」

「えっ」

「だからね、おかーさんもわるくないの!」


 そう断言するルルメリア。


 ルルメリアの顔は、どこか不安そうなものだった。


「おちこまないで」


 そう言われて初めて自分が暗い顔をしていたことに気が付いた。


 あぁ、私はルルメリアを不安にさせてしまった。


 ダメダメだな、と思いつつもルルメリアの言葉のおかげで重く沈んだ心に光が差した。


「ありがとう、ルル」

「うん」


 ふっと笑みをこぼせば、今度はルルメリアが落ち込む番だった。


「どうしよう、あしたかぶっちゃった」

「あっ」


 ルルメリアと約束した日を確認すれば、オースティン様と会う日とルルメリアがお友達と遊ぶ日は一緒だった。


「ルル。せっかくさそってもらったんだから、お友達のお家行っておいで」

「いいの?」

「うん。オースティン様には私から謝罪して、別日に変えてもらうから」

「……そーする!」

「うん、そうしよう」


 ルルメリアにとっては、どちらも行きたいだろうけど、何日も前から楽しみにしていたのはどちらか知っていた。


「それじゃ、おかーさんはおーさんとふたりでたのしんでね!」

「……え? 明日は断ろうと」

「だめだよ! どたきゃんはよくないもん!」

「ど、どたきゃん?」


 また知らない単語が出てきた。唖然としていれば、ルルメリアは聞くより先に言い換えてくれた。


「とうじつことわるの、しつれいだもん」

「そ、それは……確かにそうだね」


 そう納得すれば、ルルメリアは勢いよく頷いた。


「うん! あしたになったからきがえてくる!」

「わ、わかった」


 ルルメリアはドタドタと走り出したが「あっ」と自分で気が付いて、静かな歩き方に変えていた。


 私はというと、オースティン様と二人きりという言葉の威力が強すぎて、頭が真っ白になっていた。

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