第23話 聞き間違えではありませんでした
惹かれ続けている。だから頑張る。
聞き間違えではなかった。
その言葉が、私の中で混乱を招き続けていた。念を押されたこと、二回も言われたことがより強い意味を持たせてしまう。
……オースティン様が、私を?
そんな考えが生まれては、違うと頭から振り払うように首を横に振る。それでもまた生まれてしまって、の繰り返し。
「おかーさん……おはよう」
「おはよう、ルル」
眠そうな目をこすりながら、ルルメリアが起きて来た。
「……おかーさん、きょうおしごと?」
「そうだよ……あっ、もうこんな時間!」
考え事に夢中で、準備がおざなりになっていまった。おまけにルルメリアを起こすのも忘れていた始末。
「ルルごめんね、急いでこれ食べて!」
「はーい」
椅子に座ってパンを手に取るところまで確認すると、私は自分の身支度を整え始めた。
「……よし」
着替えを終え、髪も整えた。荷物の確認もしたので、後は家を出るだけ。
「ルル、食べた?」
「……うん」
昨日ピクニックではしゃいだ分、疲れがたまってきているようだ。「ごめんね」と言いながら、急いでルルメリアの服を変えていく。
「ばんざいして」
「ばんざーい」
うとうととしている我が子は、一人では着替えられないほど眠気と戦っていた。
「はい、できた!」
「できた……」
「ルル。マイラさんのところ行くけど、歩ける?」
「うーん?」
こりゃ駄目だ。意思確認をしている間にも、刻一刻と時間が迫って来ていた。
「失礼しますよー」
よいしょと抱きかかえれば、そのままマイラさんの家まで連れて行った。
「すみません、まだ眠いみたいで」
「気にしないでくれ、子どもは寝て育つからね。奥で寝かせておくよ」
「本当に、いつもありがとうございます」
頭を下げながらルルメリアをお願いすると、マイラさんに見送られながら学園へと出勤するのだった。
思い切り走って、遅刻ギリギリの時間に到着した。
「オルコットさんがこの時間とは珍しいですね」
「教頭先生……すみません」
「いえ。間に合っていますので問題ありませんよ。ご無事で何よりです」
厳格な教頭先生に小言を言われるかと思えば、返って来たのは心配していたという声だった。身構えた自分を心の中でひっそりと謝罪した。
こうして仕事に取り掛かるものの、席に着いても考え事で頭の中が埋め尽くされてしまう。
惹かれ続けています。惹かれるって、好意があるという意味……だよね。力になりたいというのは純粋な厚意だとしても。惹かれるはもう、弁明のしようがないというか。いや、私が弁明するわけじゃないけど。
思考すればするほど、答えからは遠ざかっている気がした。唯一わかったのは、私はオースティン様の言葉でこんなにも動揺してしまうのだということだった。
その後、授業はどうにか思考を放棄して真面目に取り組んだものの、帰り道になると再び振り払った考えが戻ってきてしまった。
今日は買い出しの日なので、買い物をしに寄り道をした。
……この通りだ。オースティン様のことを助けたのは。
昨日のことのように鮮明に浮かび上がる記憶。ただ、それを上書きするかのようにオースティン様の言葉が頭の中を占めていた。そんな自分と格闘しながら、買い物を済ませていく。
「すみません、リンゴをもらえますか」
「まいどあり。何個だい?」
「三十個……」
「えっ?」
「えっ……あっ、間違えました! 三個、三個でお願いします!」
「お、おう」
自分で自分を振り回した結果、店主さんを困らせてしまった。申し訳ない。
果たして必要な物は全部買えただろうか? 不安が生まれていくものの、今のところ大丈夫そうだ。買いこむだけあって、少し買い物袋が重い。だけどいつものことなので慣れてはいる。
お肉をどのくらい買おうか吟味していると、背後から名前を呼ばれた。
「クロエさん」
「……え?」
なぜか通りにいるオースティン様。考え込み過ぎて自分が幻覚を見始めたのかと疑い始める。
「クロエさん、オースティンです」
「……本物、ですか」
「は、はい。本物ですが……」
どうやら幻覚ではないようだ。そうとわかれば、すぐさま挨拶をしなくては。
「こんにちは、オースティン様」
「こんにちは、クロエさん」
ごきげんよう、と悩むところだがここは平民街なのでその言葉は似合わないことだろう。
改めて、とても整った顔だなと思う。全く動かない表情も、今では見慣れたもので、特段怖いとは思わない。その上、私の中で占めていた言葉が本人を目の前に一気に爆発する。
……駄目だ、考えないようにしよう!
こんな状況、考えるなという方が無理な話だ。それでも、今、目の前のオースティン様に集中しないと。
ぎゅっと目を閉じると、無理やり思考を切り替えた。
「オースティン様、こちらで何をされているんですか」
「料理のための買い出しを。クロエさんは帰りですか?」
「はい」
料理? と一瞬心の中で首を傾げたが、すぐに意味を理解した。
「もしかして、ご自分で作るための材料ですか」
「はい。宣言しましたので」
表情は微動だにしないものの、背中から強いやる気がにじみ出ていた。
オースティン様によれば、買い出しからが料理とのことだった。だから、自ら足を運ばれたのだとか。
「何を作られるんですか?」
「実はまだ決めきれていなくて。サンドイッチは思いついたのですが、それだと真似になってしまう気が」
「そんなことありませんよ。初めて作る料理にしては、最適だと思います」
「それなら」
よかった、他愛のない会話ができている。
ひとまずはほっと胸をなでおろすのだった。
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