美少女魔王と人類最後の僕の日常4

もるすべ

第4話 ささくれ

「心が…… ささくれていく」

 どうして他人のことを、あんなに気にするんだろう?

 僕がどうしたって、あんたらの人生に関係ないだろ。あんたらはあんたらで、自分の人生を生きてりゃいいじゃんか、僕なんかイジメたって何の得にもならない。ホントやってることが意味不明なんだよ、ああ…… なんかイライラしちゃう。


「指のささくれも酷くなってて、痛い」

 ストレスとか、偏った食事のせいだろうね。

 クラスのDQNたちに体育倉庫に閉じ込められて、たぶん二週間くらいだと思う。スマホのバッテリーはとっくに切れてて、時間感覚があいまいだ。いいかげん死にたくなっちゃうけど、大量の非常食とペットボトルが、まだまだ僕を生かしそう。


「いったい、どういうつもり?」

 この食料と水に加え簡易トイレまで、どれも最初は無かった。

 僕が眠ってる間に持ち込んだんだ、たぶんあの少女が。救けるつもりなら倉庫の鍵を開けてくれるだけでいいのに、食料とか差し入れてまた閉じ込めるなんて、意味不明すぎる。そう、あの少女がここに現れたのは、たしか僕がここに閉じ込められて三日目だった。




「ねぇ、お兄ちゃん大丈夫?」

「…………えっ?」

 優しい声で耳元に囁かれて、目を覚ました。

 一目見てスゴい美少女だとわかった。緑色の瞳と八重歯が可愛く、日本人ぽくない褐色肌に白い髪、羊っぽい角? 着てる服も変わってるし…… コスプレだろうか?


「こんなところで何をしているの?」

「閉じ込められたの…… イジメだよ、イジメ」

 窓のない体育倉庫に、外から鍵かけられて三日目。イジメにしては悪質すぎ。

 あっ、この少女が中にいるってことは…… と思って、急いで扉を確認に行っても、相変わらず外からガッチリ鍵かかってるし。この少女は、いったい何処から?


「お兄ちゃん、お腹すいてない?」

「そっ そりゃ……」

 三日間、水一滴口にしてないんだ。そりゃ当然……

 少女に手渡されたビスケットやら乾パンを、夢中になって頬張った。体が一刻も早く栄養を欲していて、慌てまくって咀嚼して飲み込もうとしたら、カラカラの喉に詰まりまくって盛大にむせてしまう。


「うっ んぐ…… んぅうう」

「あっ お水も飲んで!」

 手渡されたペットボトルの水で、喉のつかえを流し込んで命拾いした。

 ひとしきり食べて「ありがとう」と告げると、頬を染めてニッコリ笑う美少女。鍵のかかった密室に忽然と、食料まで持って現れるって不審すぎなんだけど。救けてくれたのは確かなんだろうし、一体何者だろう?


「君、誰なの? どうしてここへ?」

「ワシは、魔王イヴリス。お兄ちゃんを救うため、世界を滅ぼし尽くす者じゃ」

 あんまりな答えに、しばし思考停止しちゃう。

 魔王って、コスプレのキャラのこと? 救けてくれてるのは解るしありがたいんだけどさ、世界を滅ぼすとか意味不明すぎるじゃん。何言ってんの、この人?


「……とりあえず鍵開けれないかな、閉じ込められてるんだ」

「世界を滅ぼし終えるまで、暫しここで待つがよい」

 聞いちゃいないし。

 お芝居はもういいから救けてよ…… って、急に抱きついてきて何なの? 花のような匂いの小っちゃな体で、控えめなフニフニ押しつけられて、すんごいドキドキするんですけど…… 何なのこの状況! これもイジメの一環? 手が込みすぎだろぉお!


「むっふぅ~ お兄ちゃんの匂いぃ~」

「なっ 何してんの? 君」

 僕の体臭吸って恍惚の表情浮かべて…… 君って変態?

 僕が固まってると、ぴょんと飛び退って「充電完了」とか言ってニッコリ笑う。一瞬、その笑顔をどこかで見たような気がした。いったい、どこで?


「じゃあ、サクッと世界滅ぼしてくるねぇ~ 待ち時間一ヶ月くらいかなぁ」

「いや、君どっかで……」

 疑問を口にする間もなく、美少女の体がふわりと浮き上がる。

 そのまま天井に向かって…… ぶつかることもなくスッとすり抜けて消えいった。幽霊なの? それとも幻覚? いずれにしろ、後に残された大量の非常食と水のペットボトルは現実ぽいし。振り向いてみると、簡易トイレに布団まで置いてあるじゃん。何なのこれ?

『だからぁ、こっから出してよぉお!』




「明かりをつけて」

「きゅい」

 僕が頼むと、天井のコウモリが短い返事とともに光りだす。

 蛍光灯に比べると薄暗いけど、活動するのに支障は無い。そう、停電したのはあの美少女が出て行った翌日だった。それ以来この光るコウモリのお世話になっている、僕の頼みに応じて光ったり光らなくなったりしてくれる、不思議なコウモリ。


「君ってあの子…… イヴリスの子分とかでしょ?」

「きゅきゅ」

 返事が肯定か否定か解らないし、会話は無理っぽい。

 ただ、このコウモリを見るに、あの美少女が不思議な存在というのは信じざるを得ないね。魔王かどうかは別としてさ。あと、あれから外の音が全く聞こえなくなっている。


「お世話になるね、ありがとう」

「きゅー」

 会話成立しなくても、返事があるだけで気が紛れる。スゴく救かってる。

 もう三週間だろうか? 時計無いし、自分の時間感覚だけだから確認しようもないけどね。だから僕は無理せず、自分のペースで寝て、起きて、食べるを繰り返してる。


「あの子って…… ひょっとして」

 暇なので、あの美少女のことばかり考えちゃう。

 どこかで会った気がしたのは、中学の頃よく一緒に遊んだ女の子に雰囲気が似てるからだと気がついた。もう、その子の顔も忘れちゃったけど、その子のはずは絶対にないよ。だってさ…… その子、死んじゃったから。僕のせいで……




「僕、中学の時もイジメられててね」

 黙ってると孤独に押しつぶされそうで、天井のコウモリに向けて話しかけてる。

 DQNって、どこにでもいるんだね。捕まったら酷い目に合うの解ってるから、中学の時の僕はコソコソ逃げ回ってたよ。家もバレてるからまっすぐ帰らないで、ちょっと離れた公園に行って時間潰すのが常だった。


「その公園に、ちょっと変わった子がいてね」

 女の子なのにガキ大将みたいで、よく他の子の面倒をみていたよ。

 結構年下なのに、変に大人びててさ。僕もお説教されちゃったけど、ホントいい子だったんだよ。それなのに僕を見つけたDQNが公園まで来ちゃって…… 後で思えば、僕が公園行かなきゃよかったんだよ。そう、僕のせいだ。


「あの時は大人もいなくて。あいつら、小っちゃい子たちをイジメ始めたんだ」

 たぶん僕の居場所を荒らそうとか、間接的なイジメだよ。最悪だ。

 僕が勇気出して追い払うべきだったんだ、でもその時は「やめて」って言うことしか出来なかった。でもリっちゃん…… あの女の子は違ってた。年上の大きなDQNたち相手に一歩も引かずにお説教して、論破しちゃった。でも、DQNたちは面白くなかったんだろう。


「小っちゃい子の大切なぬいぐるみ取り上げて、公園の外へ、道路に投げ捨てたんだ」

 その子はただ泣いてたけど、リっちゃんは怒って道路に……

 僕は「危ない」って止めようとしたよ、でもDQNの一人に足かけられて転んじゃって間に合わなかったんだ。しっかり者のリっちゃんが道路に飛び出すなんてさ、きっとスゴく怒ってたからだと思う。いつもなら、あんなことするはずがない。


「大きなトラックが…… リっちゃんを」

 大きなタイヤが小っちゃなリっちゃんを、ぐちゃぐちゃに。

 ちょっと生意気なあの笑顔が、大人びたお説教で僕を励ましてくれた賢い頭が、意地悪するガキを元気よく蹴っ飛ばした足が、泣き出しちゃった子をなだめてた優しい手が一瞬で……


「…………僕、死のうとしたんだ」

 でも死ねなかった。何故かいつも邪魔が入ってさ、嘘じゃないよ。

 それから学校に行かなかったんだけど、親が学校に話しに行ったりして。受験会場に連れてかれて、でもぜんぜんそんな気になれなくて。名前書いただけで入れた高校は、スゴく荒れててね。勉強する気もないのに何故か成績トップの僕は、またDQNの標的だよ。




「きゅー きゅー」

「………………」

 僕は食べるのをやめた。

 まだ食料いっぱいあるんだけど、もう食べたくない。というか、もう生きてたくない。ここなら邪魔は入らないし、食べないだけでゆっくり終われるよね。コウモリさんってばちょっと静かにしてよ、死ぬのに忙しいんだから僕。


「きゅいきゅい きゅー」

「……」

 食べるの止めて、たぶん何日かたった。

 最初はグウグウ鳴ってたお腹も、無視しているうちに静かになった。もうぜんぜん動く気になんなくて、ただ寝転がってる。コウモリさん相変わらず鳴き続けてるけど、何言ってるのかわかんないってば。


「きゅうう きゅうう」

「……ぷっ べっ 何なの? ほっといてよ」

 口に何か押しつけられて、目が覚めた。

 押しつけられたのはビスケット、押しつけたのは…… コウモリさんだった。何、僕に食べろって言うの? よしてよもう! もう少しであの子のとこに行けるんだから、謝りにさ。


「……きっと君の仕事なんだね。でももう、放っといてよ。……ごめんね」

「きゅうぅうう……」

 なんか泣いてるみたいだね、君。

 泣くんならさ、あの子のために泣いてあげてよ。僕なんかの ためじゃなくって…… さ。


「きゅ…………」

 もう ほとんど…… 眠ってばかり だ

 …………というより  いしきこんだく じょうたい か? やっと…… おわ




ちゅ

「ぁ? ぅ…………」

 唇に何か柔らかい感触、ついで口の中に流れ込んでくる…… 水?

「ぶっ ごほっ! ……んん」

 最初は喉カラカラでむせちゃったけど、僕に合わせて少しずつゆっくり流れ込んでくる水は喉を潤し、お腹の中へ染みてゆく。なんだろうこれ、スゴく優しい感じ。


「お兄ちゃん、お・き・て」

「うぇ? ……リっちゃん?」

 目を開けると直ぐ目の前に心配そうな顔の、あの子…… じゃない。

 えっと…… 魔王って言ってたっけ。たしか、世界を滅ぼすとか変なこと言ってた美少女だよね、どうしてここに? …………戻って来たの?


「イヴリスじゃ。ようやっと世界を滅ぼし終えたわ、すっかり待たせたのう」

「……えっ と………… そうなんだ」

 相変わらず言ってることは意味不明な、不思議少女。

 起きようとしたけど、体にちから入らなくてもがいてると、イヴリスが後ろから抱きしめるように背中を支えてくれて、やっとのことで上体を起こした。


「さあ食事じゃ。まったく、ファハが心配しておったぞ」

「ふぁ は?」

 聞くまでもなく、あのコウモリさんが僕の膝の上で、羽根をモジモジ擦りあわせていた。

「ふぁはっていうんだ、君。ありがとう…… 心配させてごめん」

「きゅきゅきゅ」

 お礼を言うと、ピカピカ点滅してスゴく嬉しそうで可愛い。こんな心配してくれる子が間近に居てくれたのにさ、死のうとしてたことが申し訳なくなっちゃうよ。


「と・こ・ろ・で リっちゃんとは、誰なのじゃ?!」

「ええっと…………」

 何、その言いかた?

 やましいことなんかないのにさ、そんな風に聞かれたら、なんか焦っちゃうじゃん。あと、首絞めるのはやめてよ。死んじゃうから~




「さて、どこへ行きたいかの?」

「…………えっ  と」

 イヴリスと一緒に、巨大なバッファロー? に乗せられた。

 まわりにも、同じような巨大バッファローがいっぱい。それだけで、目が点になっちゃうのにさ。巨大モフモフの足下では、学校の校舎や家や車とかいろんな物が壊れまくってて…… あたり一面が廃墟になってるじゃん。何これ?


「この…… 色々壊れてるのって、なんで?」

「世界を滅ぼしたと言うたであろう、聞いておらなんだか?」

 …………マジ?

 体育倉庫も外側だけがボロボロで、僕が外に出た途端に半分崩れちゃったし。中に居たときには物音ひとつ聞こえなかったのにさ、僕が閉じ込められてる間に外がこんなになってるなんて………… 世界って、まさか?


「せっ 世界中がこうなの?」

「あたりまえじゃ。ちと、見て回るかの」

 イヴリスが合図すると、巨大バッファローが歩き出す。

 まわりにいるのも群れになって一緒に移動し始めた。廃墟の建物やいろんな物を蹴飛ばして踏み潰し、破壊しながら進むバッファローの群れ。行けども行けども、廃墟は続く。


「……ひ 人はどこに?」

「みな片付けたわ。お兄ちゃんが見て、悲しむと思うての」

 気を使うとこが違う。何? このひと…… 魔王? こわい……

 巨大バッファローが丘を登り始めた、道なんか関係なく直線移動だ。子供の頃に遠足で来たことのある丘の上の公園、頂上に展望台があって見晴らしがいい。


「ここなら、よく見えるじゃろう」

 促されて、バッファローの背の上で振り返り見る…… 東京。

 遠くに目につく、東京スカイツリー。地平線まで視界いっぱいにひろがる市街地が、全て廃墟と化している殺伐とした…… 絶望しか感じ得ない風景。


「はっ は…… はは」

 無意識に乾いた笑いが漏れ、ペタンと座り込む。

 何だよこれ…… 僕が死にたいと、死のうとしてたときにさ…… 世界がこんなんなってたなんて。そりゃ、あの子を殺したヤツらが厳重注意だけとか、理不尽な世界だと思いはしたけどさ。世界ぜんぶ壊れればいいとか、そんなこと思うわけないじゃん。


「どうじゃ、スッキリしたじゃろう」

(何言ってんの…… こいつ)

 座り込んだ僕を、背中から抱きしめるように覆い被さってくる…… 魔王。

 花のような匂いをさせて、美少女の横顔が直ぐ横で微笑んでいる。僕は怒るべき? それとも罵るか? 勝てないまでも闘って死ぬべきなの? ……人類全部にそんな義理ある?


「きゅー」

「…………」

 コウモリさん…… ファハが、ちょこちょこと膝に登ってきた。

 心配そうに僕を見上げてくる、つぶらな瞳。その優しさに触れているうちに、物騒な想いは消えてしまった。そう、ちっぽけな僕一人が意気込んだって、どうしようもないね。


「死んではならんぞ!」

「うっ…………」

 鋭い歯をむき出して、凄んでみせる美少女。

 その様は美しいながらも恐ろしげで、確かに魔王らしい迫力があった。ただ、ギラギラ光る緑色の瞳の奥になんとなく、あの子の優しい面影を垣間見たように思う。


「…………うん、わかった」

「よーし、約束じゃ。破ったら、百回でも千回でも、百億回引き裂いて殺してやるわ」

(いや、けっきょく殺すのかよ)

 ツッコミを飲み込んだ僕の頬に、軽く唇で触れるイヴリス。

 直後、おでこを僕の後頭部に押し当てたかと思うと、そのまま首を左右にフルフルと振り出すし。花のような匂いと、ふわっとひろがるサラサラの月白色の髪、美少女のスベスベの頬、時々背中に触れる控えめなフニフニに、スゴくドキドキさせられちゃう。


「お兄ちゃん大好きぃぃ あっはははははははははははは…………」

 楽しげに嬉しそうに笑い続ける、美少女な魔王イヴリス。

 スッゴく可愛らしくてさ、その仕草も微笑ましいんだけどね。羊角の先が僕の頭にガスガス当たっちゃうのがちょっと…… いや、けっこう痛い。頭皮がささくれっちゃうよ。

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