機械少女に捧げる都市英雄譚
紅葉
エーデルグレンツェと都市の夜明け
プロローグ.『競技場の珍事』
熱と音が押し寄せてくる。
一瞬で目を焼いた強烈な光。スタジアム全体を煌々と照らしている。
『──さあ、さあ、さあァ! 皆様ご期待の試合がもうすぐ始まろうとしています!! 本日集まった方々! ようこそ、アマテラス・スタジアムへ! 今宵、メジャーAブロック予選を勝ち上がった強者たちによるぶつかり合いが!! 今、まさに、目の前で繰り広げられようとしています!!!!』
広い。
そして、人が多い。
ここ、超巨大都市アマテラスで最も大きなスタジアムは、観客席の数もライトの数も、電光掲示板の大きさも規格外だった。
うねるような人の波。
もはや人の声とも分からない熱量のこもった声援が幾重にも重なって押し寄せてくる。
実況の声が何十にもハウリングを起こしている。
「……うるせーな」
そんな光景を前にして、待機エリアからスタジアムの床を踏んだばかりの足が止まっていた。
我らが主人公、直角エリヤだ。
まだ年端もいかない少年に見える。……いや、実際そうだ。ほんの一週間前、エリヤは正しく落ちこぼれ中学生だった。
それが今はどうだろう?
「流石メジャーってところか。ははっ、今からここがオレたちのステージってわけだな!」
予選のちんまい地下競技場とは大違いだ。舞い散る紙吹雪一枚一枚にスポンサー企業のロゴが散りばめられているのを見て、エリヤは顔をしかめた。
「──膝が震えていますよ、マイ・マスター」
ふわりと隣に並んだのは、純白の少女だった。
彼女はその金色の瞳を細めて、主人に忠告する。
「自信を持つのはいいことですが、あまり普段の行動とそぐわない言動は慎んだほうがいいかと。思わず頭を解体して、異常がないか調べてみたくなります」
「相変わらず手厳しいなぁ。そろそろ仲良くなったんだし、応援してくれてもいいじゃんか? ──エーデルグレンツェ」
鼻の先端を擦ってエリヤは不敵に笑う。
「応援してほしいのならば、それに見合った実力を見せてください。今のエリヤ様では、豚の鳴き声のほうがよほどマシです」
マイ・マスターと呼ぶ相手に対する言葉とは思えないほど辛辣な舌鋒。エリヤより十センチほど高い位置から氷のような視線と共に降り注ぐ。
「そりゃねーよ」
「私は完璧な自動人形です。エリヤ様は私のマスターなのですから、完璧な私に相応しい活躍をお願いします」
堂々と言い放つ彼女は、人間ではない。
その正体は人類史上最高にイカした自動人形であり、そこらの低俗な人間よりもよっぽど価値の詰まった最高の宝物だ。
その純白な機体とそれを覆う白磁のドレスは、この腐った時代に対する強烈なカウンター。
「──上等だッ! いくぞ、エーデルグレンツェ!」
「──承知しました、マイ・マスター」
エリヤは両の手を拳と手のひらにして、打ち合わせるとゆっくりと光の中へ──アリーナの中心へ歩き出した。
その瞬間、どっと湧き出す観客席。
「本当に?」「真っ白だ……」「スポンサーをつけてないのか?」「今どきありえねぇよ」「でも……」
観客の声は、期待二割と困惑八割といったところ。
エーデルグレンツェは、そんな好奇の視線を向けられても涼しい顔で受け流している。
「……来たぞ」
向こう側の対戦相手のスペースからも、同じように二人組が歩いてきた。
青を基調としたライダースーツのような衣装を全身に纏った男だ。スーツの表面にはデカデカと白文字で企業ロゴと電話番号、そして光の当たる角度によって模様が変わるホログラム技術を使ってまで、最新商品のQRコードが印字されていた。
隣に立つ目を瞑った少女も同じような衣装を身に纏って、静かに付き従っている。
『ヴィクター&ヴィクターズ』──『ロボット工業のヴィクター&ヴィクターズ』と言えば、誰もが知るであろう大企業だ。
──相手のスポンサーは、ヴィクター&ヴィクターズか。
「また会ったな、アレックス!」
「……ここまできたのか、猿」
金髪をかき上げて、不快感を隠そうともせずに唸る。
衣装に映える金髪は、もはや有名どころの話ではない。この都市のスターの一人。
アレックス・ライトとその自動人形のアンブレアだ。
ヴィクター&ヴィクターズを始めとした、多くの大企業とスポンサー契約を交わしている。まさにアマテラスという複合企業都市を全身を使って表しているような男だった。
「予選を見てくれてたんだよな。なら、オレのエーデルグレンツェの強さは知ってるだろ?」
「……それが?」
「今からでも遅くない。スポンサーの顔に泥を塗る羽目になるから、先に謝っといたほうがいいぜ?」
エリヤは今年初めての出場だ。ここまで一敗もせずに、勝ち抜いてきた。
それは相手も同じ。しかも、相手は毎度メジャーに出場するほどのスターなのだ。
そんな相手に対する挑発。
観客席が一斉にどよめいて、ブーイングがエリヤの元へ次々と飛ぶ。
「……くだらんな。実にくだらん」
腕を組むアレックスの立ち姿に一切の迷いはない。
エリヤは、そんな彼に内心で評価を一段階上げた。
ここで苛ついたり、怒ったりしてくれれば、助かったんだがな。腐ってもメジャー選手、か。
「二つ訂正をしておこう」
アレックスは眉を欠片も動かさない。
「一つ目。そういったスポンサー関係の面倒事は全て弁護士を通してもらうことになっている」
そして、
「二つ目だ。──俺は、お前に勝つ」
クソガキからの挑発に動じず、正々堂々と正面からの勝利宣言。観客席が一斉に湧き立ち、声援がアレックスの元へ届けられる。
「最高だぜ、アレックス! それでこそ、この都市の顔だ」
「……理解に苦しむな」
それで終わりだった。
エリヤとアレックスは、互いに背を向けてパートナーの自動人形の後ろへ下がる。
「……まさか、私よりもあちらの方との会話をお楽しみになっていたとは。そういう趣味があるとは聞いておりませんでした」
「誤解だって。ま、あながち間違ってないか。見てられなかったからな。アイツ、羽ばたく翼がありながら、がんじがらめにされてやがる」
「私は詩文を理解できません。もう少し簡潔な文章で要約してください」
「あんなピッチピチスーツ、チンポジすら直せねーの可哀想だなって言ったんだよ」
「最低ですね」
「だろ?」
「マスターの頭の中が、です」
ケケケッ、と意地悪くエリヤが笑った。
そんなマスターを一瞥するとエーデルグレンツェは、ふわりと飛翔してアレックスの自動人形と向かい合った。
実況の声が響き渡る。
『改めて、本日の対戦のご紹介と行きましょう! ──脅威のダークホース! 無名の新人にして、メジャー進出を成し遂げた快挙! 直角エリヤ! スポンサーの情報は……なんと、ありません! なんて野郎だ! ここに身一つで立っているだなんて!』
エリヤが観客席に向かって大きく両手を突き上げた。
エーデルグレンツェは無反応だ。
『対するは、──前大会チャンピオン! 圧倒的なカリスマと実力を持つエリート! アレックス・ライト! 彼の纏うスーツは、なんと新素材のナノポリマー製! ヴィクター&ヴィクターズのナノポリマーは風通しもよく、耐衝撃性に優れているとのこと! これは先週の株主総会で話題に上がったV&V繊維業界に進出するとの証明か!? 今すぐチェック! アレックス・スーツのレプリカは特設サイトにて販売中! この試合を見たあなたには、なんとV&V社の商品が全品5%オフになる記念クーポンを抽選中! 今すぐ端末をチェックだァ!』
アレックスはゆっくりと観客席に手を振った。
彼のパートナーである自動人形もスカートの裾を摘んで優雅な礼をしている。
『前置きはここまでッ! 何を見にここまできたのか!? そう、『アマテラス・メジャー』に決まってる! 自動人形同士を戦わせ、勝利を勝ち取る! ただそのためだけに、実力者が集っている!!』
実況のボルテージが上がってきた。
『さあ、準備はいいか!! レディ──?』
「楽しもうぜ! アレックス!!」
「……チッ」
主人同士の会話に、エーデルグレンツェは初めて相手の自動人形を見据えた。
アレックスの自動人形は、黙ったままゆっくりと腕を前に突き出して構えを取った。
「──私の名前はエーデルグレンツェ。楽しませてくださいな、鉄屑さん」
「……」
超巨大電光掲示板に、数字が映し出される。
5、4、3、2、1──
──0!!
『ファイ───────────ッッッ!!!!』
実況の絶叫。
メジャー決勝戦の火蓋が、今、切って落とされた!!
◇
人間と寸分違わない自動人形が開発されてから約百年。
複数の企業が統治権を持ち、互いにしのぎを削っている超巨大企業都市──アマテラスにて、自動人形は娯楽のために消費されるに至った。
それは、かつてのコロシアムの再現。
人が争い合うのを娯楽として楽しむように、アマテラスでは自動人形が互いのスポンサーから得た武装を持って、日々戦い合っている。
ここ、『メジャー』もその一つ。
最大級のコロシアムであり、スポーツであり、娯楽だった。
さて、こんな世界の中心とも言える地になぜ、彼のような冴えない
直角エリヤは、一体の自動人形──エーデルグレンツェを守るため、世界に喧嘩を売った。
どうしてか?
許せないことがあったからだ。
少女の悲劇を見てしまったからだ。
最後まで見届けると約束してしまったからだ。
さて。
メジャー初参加にして、連戦連勝!
スポンサーの一つもつけておらず、まさに規格外の新星!
最年少のダークホース──直角エリヤが、たった二週間の間に生まれたのだ。
そんな彼が、いかにしてここまでたどり着いたのか、興味はないだろうか?
──事は二週間前に遡る。
そんな彼の軌跡をご覧に入れよう────ッ!!
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