第174話 王の遺産

 目を覚ますとスマートウォッチに数通のメッセージが入っていた。メガネからの報告だ。

 シャベルマン本人を見つけることは叶わなかったが、モーガンに捜索と伝言を依頼したとのこと。最悪、モーガンがシャベルマンをテイムして連れ戻すらしい。


 ともかく、シャベルマンが行くかどうかも含めて数日間待てとのことだった。最悪はシャベルマンじゃなくてもいいんだが、エルフは遠征に向いていないからな。モーガンやブランカを拠点から出すのは不安が強い。やっぱシャベルマンを期待することになっちまうな。


 ひとまずは、この籠城戦に混じりつつのんびりと過ごすことになった。


「んじゃ、私は城壁の砲撃に参加してくるから」

「一緒に行って、相手の指揮系統見てくる」


 朝飯のレトルト食品を食べながら、スイと柚子が言う。

 有り余る破壊力を持つスイが参戦すれば、かなり城壁側は楽になるだろうな。柚子が高高度からグレンデルの動きを観測するだけでも、情報アドバンテージを得られる。

 この2人は城壁に行って貰うのが良いだろう。


「ヒルネは?」


 そういえば朝からヒルネの姿が見えない。


「やけに早い時間からシャルルと出かけていきましたよ。ケットシー達の様子を見てくるそうです」


 トウカは電子的なレティクルの浮かぶ片眼鏡をかけて、パワードスーツの関節部分を工具で弄っていた。荒々しく使う道具ほど繊細なメンテナンスを求められる。長期戦になることも多いダンジョン探索に使う以上、トウカは自分で弄れるように勉強していたらしい。


「トウカは予定あるのか?」

「ドワーフの魔法技術を学びたいので、交渉してみるつもりです」


 ランプの下で本を読んでいたユエが目を上げる。


「ならば手土産を用意した方が良いであろうな。どれ、王と一緒にこれでも持って行くといい」


 ユエがポケットから小刀を出した。

 受け取って抜いてみる。薩摩クランの剣士たちが皆使っている、刃文のないのっぺりとした日本刀だ。


「貰ったのか。なんでこれを?」

「きっとドワーフが喜ぶぞ。これだけの技術都市を作っているのだからな。謁見の間の扉など、変態の所業であっただろう」

「ふーむ……本当に喜ぶのか? なんつーか日本刀なんだが日本刀っぽくもねえんだよな」

「正確には日本刀じゃないからね」


 隼人が横から口を挟んできた。そういえば隼人も日本刀に持ち替えていたな。


「どちらかと言えば軍刀に近いと思うよ」

「何が違うんだよ」

「鍛造じゃないんだ。鋼材を削り出して作ってるよ」

「弱そうだ」


 日本刀が凄いのって、なんかこう折り返し鍛錬? だかなんだかで、何度も何度も鉄を折りたたんで層を作りまくるからだって聞いたことがある。

 隼人はゆっくりと首を振った。


「それは昔の話だからね。日本の科学力と重工業の凄さを侮っちゃいけないよ。この刀に使われているのは、エクストラブルー2035というブランド鋼材。鉄、クロム、ケイ素、タングステン、炭素を緻密に結晶化させた鋼材だよ。削り出しただけというか、この素材の強さを活かすためには鍛造なんて出来ないんだ。性質が変わっちゃうからね」


「かがくのちからって、すげー」


 よく分からねえが、半端な古刀よりも性能が良い量産刀ってことか。

 で、その素材自体がとんでもない技術力で作られているもんだから、ドワーフへの手土産として最適ってわけだな。


「魔法で不純物を抜く技術が向上したみたいですからね。全世界で工業製品の品質が上がっています」


 トウカがさらっと言う。

 俺たち探索者にとって一番でかい収入源が、魔法知識の持ち帰りだ。何に使っているのかと思っていたが、結構日常生活で見えない部分に使われていたんだな。

 三角関数みてえだ。

 社会人になると三角関数を使わない、なんて言うが、インフラ関係者は使いまくっているみたいな。


「一応、話しやすくするためにユエちゃんも来て貰えますか?」


 トウカの求めにユエが頷いた。

 隼人が口を開く。


「僕は薩摩クランと一緒に動こうかな。何度か当たってみて、前線の感触を掴んでくるよ」


 ま、体を慣らすっつーのも大事だな。

 俺は大きく肩を回して筋肉をほぐすと、小刀をくるりと回して戦闘服の目立つ場所に差した。見えねえところから刃物出したら、相手さんもビックリしちまうからな。



 ドワーフの戦士長ドルメンはすぐに見つかった。

 城門の近くで心配そうに外を眺めている。手には大きな箱を携え、迷いのある表情をしていた。


「よお、浮かない顔をしてるな。戦場は安定してるんじゃないのか?」


 ドルメンがこちらを見た。身長差がかなりあるせいで、近くで話すとお互いに首を骨折しそうな角度になるな。だがしゃがんで話すのはちょっと違うんだよな。

 体格差があろうとお互いに両脚で立ってしっかり話す。目線なんて違っていい

。同じ立ち姿でありたい。


「おお、人間の……。そうだな、戦場は安定している。王級も出てこず、ダラダラとした攻め手だ」


 格子状の城門の先を、目を細めて眺める。

 今日は城壁に張りつこうとするゴブリンもおらず、遠距離の間合いから散発的な投石があるだけだ。犠牲を払わず、包囲を維持するだけって感じだな。昨晩の儀式魔法が効いたか?


「こちらが本気を出そうとすれば、向こうはサッと手を緩める。緩急に振り回されてばかりだ」

「守る側は大変だな。その箱は?」

「ああ、王の遺品だ。たまに戦場の風に当てなければいけなくてな」


 ドルメンが箱を開いた。

 中から出てきたのは、巨大なウォーハンマーだった。頭の部分がリボルバー拳銃のような、独特の形をしている。


「やたら厳ついな。よほどでけえ相手を想定してんのか?」


 ドルメンは誇らしげに胸を張って言う。


「一三式対熊たいゆう戦槌。かつて北から攻め込んできた亜神、ウェンカムイを撃退したときのものだ」

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