第117話 不可侵可侵

 支部長ちゃんが言うことには、アーサーが問題行動を起こすようになったのは、本当にここ1~2年の話らしい。

 それまではどの人に対しても公正に接し、自己犠牲も問わない英雄的な行動が多かったようだ。


『少しばかり冗長になってしまいますが、イギリスの近年の歴史について説明してもよろしいでしょうか?』

「状況次第だがな」


 俺らの攻撃のせいか糸のせいか、アーサーのスマートウォッチは既に破壊されている。現在地が掴めないが、それは相手も同じ。今のところは追いつかれている感じはしないな。


『それでは失礼します。そもそもイギリスは、つい5年前まではダンジョン関連では後進国でした』

「意外だな。先進国だろうに」

『逆です。先進国の病とも言えますし、不運だったとも言えます』


 ダンジョン発生後、しばらくした頃。イギリスの調査チームはとあるゴブリンに出くわした。他の個体と比べて著しく知能が高く、そして人懐っこかった。愛嬌のある仕草やおどけたような動きは、凶悪な見た目のギャップと相まって、多くのイギリス人を魅了した。


 知性があり、人間と友好関係を結んだモンスター。初期にそんなものに出会ってしまったイギリスでは、「ダンジョンアニマルライツ」と呼ばれる、ダンジョンのモンスターの権利を主張する団体の活動が活発になった。

 迂闊にモンスターを討伐できなくなったイギリスでは、ダンジョン内の監視すらままならなくなった。


『そんなイギリスを現在のダンジョン先進国に導いたのが、3人の英雄です。一切の支援なく単身でダンジョンに潜り聖剣を持ち帰り、ヘルハウンドを討伐した勇者アーサー。魔法技術を持ち帰り、多くの探索者を育て上げた導師マーリン。そしてモンスターを操る術を見つけ出し、多くのダンジョンの謎を解き明かした研究者モーガン』


 彼らが日の目を浴びたのは、とあるダンジョンアニマルライツの活動家がゴブリンに殺される事件が起きてからだ。

 国際的に魔法技術で取り残され不景気だったこともあり、急速にダンジョン攻略路線に舵がとられた。ノウハウ不足に苦しんだイギリスを救ったのが、勝手に各地のダンジョンに潜っていた3人だったらしい。

 その後、ダンジョンからモンスターが出てくるヘルハウンドの事件などがあり、今では完全に「ダンジョン制すべし」という機運になったそうだ。


「で、それが何に関係あるんだ?」

『おそらく、ポピーと名乗っているのが研究者モーガンです。モーガンはモンスターに対して非人道的な実験を繰り返し、テイム技術を確立しました。また、ワンダリングボスの情報を得ればフラフラと捕獲しにいく習性があるようです』


「習性ってもはやモンスター扱いじゃねえか」

『向こうでの扱いはモンスターですよ。興味関心の赴くまま。周囲のことなんて考えないそうです。だからこそお目付け役としてアーサーさんが共に行動していたようですが……』


「あの始末か。なんだ、アーサーはモーガンに操られてでもいるのか?」

『どうでしょうか。テイムの魔法に人間を操るものはなかったはずです。それに、モーガン本人の戦闘力から考えて、アーサーの動きを封じることは出来ないはずです』


 全然追ってこねえな。

 比嘉ひがの方を振り返る。スマートウォッチを見ながら難しい顔をした。


「ポピーの動きが止まっている。アーサーと合流したのかもしれない」

「っつーことは、スマートウォッチで追って来る可能性があるわけだ。捨てるか?」


 俺の言葉に躊躇なくバンドを外そうとするスイ。スマートウォッチは現代人の生命線だろうに。くっそ割り切ってるな。


『お待ちください。緊急の連絡が入っています』


 支部長ちゃんの焦った声に動きを止めた。


『マーリンがナガさんたちの援護に名乗りを上げています』

「拒否する。いらねえ」


 イギリスの英雄かもしれねえが、俺たちからすると誰だよって感じだ。

 裏切ってアーサー側につく可能性が高すぎる。全く面識のない俺らと組むよりも、仲良く祖国を引っ張った仲間を選ぶんじゃねえか?


『でしょうね。恐らくは失態の挽回をしたいのでしょうが……受け入れる理由もありませんね。断っておきます。では、ご武運を祈ります』

「おう、お疲れさん」

『あ、あと。普通に位置情報の共有を切るだけでいいと思いますよ』


 そう言い残し、支部長ちゃんは通話を閉じた。

 言われてみればそうじゃねえかよ。リザードマンたちの野蛮さが感染っちまったな。カルカを見上げると、俺を見返して不思議そうに首を傾げた。

 全員でアーサー、ポピーとの位置情報の共有を切断する。


 地味に山里たちがドローンのカメラ部分に泥をこすりつけ、映りを不鮮明にしていた。マジで気が利くやつらだ。完全に見えなくすればドローンが俺たちを追えなくなり困るが、配信に映されても困る。絶妙な小技をよく知ってるな。


「ヴリトラのところに逃げるのはいいんだけど、実際そのあとどーするの?」


 ヒルネがひょこりと現れた。常に人の視界の下側にいるようになったな。


「それなんだよな。囲んで叩くのは通用したが、バラバラになっても決定打になってねえ。それに、あの糸の攻撃を防ぐ手段がないのもヤバい。対策を考えてみて、無理そうなら自衛隊の救援に期待するしかねえかもな」


 ヴリトラと相討ちが理想だが、アーサーは既にヴリトラの強さを認識している。無策で突っ込んで来るとは思えない。

 となれば、自衛隊に遠距離から迫撃砲などで叩きのめしてもらうしかないかもしれん。


「糸の攻撃についてですが、本来はポピーの許可が必要な口ぶりだったのも気になりますね」


 カルカに抱えられたままトウカが思案顔をする。サマにならねえな。

 湿地帯の森の奥に、馴染み深い構造物が見えてきた。階段だ。


「とりあえずヴリトラと同じ階層に行って、安全確保してから考えるか――!?」


 地面の揺れを感じ、全員が足を止める。


『まさか、向こうから来たか!?』


 カルカの声に身を固くした。

 誰が何をしても傷一つつかない不可侵の構造物。ダンジョンの階段。それが、俺たちの目の前で爆ぜた。

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