第65話

 ガラの悪い男たちが持つのは、隠し持ちやすい短剣やナイフばかり。そのどれもが、一撃で俺に致命傷を与えるには足りない。

 肉を斬れば痛がる、筋を斬れば止まる。血肉がある分、スケルトンより容易い。


「……この人数を殺れば死刑は確定、命が惜しくねェのかァ?」

「自分が死んだ後のことまで心配してくれんのか。優しい奴だなおい」


 メガネは首を左右に振った。


「イカれてやがる」

「死ぬのが怖いならダンジョンに来んな、地上でお山の大将やってろよ」


 メガネは大きくため息をついた。


「お前は昔からそうだァ。焼け付くような生存競争の頭で、暴力が対話の手段だってこともわかっちゃいねェ」

「拳で語んのは友情あってのもんだろ」


 細いナイフをメガネに投げるが、首を傾けてかわされた。

 俺はせきの後ろ襟を掴んで持ち上げ、首筋にドスの刃を当てる。メガネは不愉快そうに片目をぴくつかせながら、ポケットから丸いものを取り出した。


 ――手榴弾。


 それを舎弟のチンピラの一人に握らせ、容赦なくピンを引き抜いた。


「お、オヤジ!?」

「しっかりレバー握っておけよォ? レバー握ってりゃ爆発はしねェ」

「う、うす」

「そこの野蛮人次第だろうがなァ、かははァ」

「そんな!?」


 狼狽ろうばいしてダラダラと冷汗を流すチンピラ。その背中に手を当て、メガネは俺の方に押し出してきた。

 まずいな。関の体だけで爆発を防げるか? いや、狭い空間だ。衝撃と圧力が閉じ込められ、ダメージは避けられない。


 絶望の表情で俺にフラフラと向かってくるチンピラを睨むと、びくりと肩を竦ませて足を止めた。膝が震えてやがる。

 あんまりビビらせると、何もしなくても手榴弾を落としそうだな、こいつ。


 ――手首ごと切り落として投げ返せばいけるか?


「余計なこと考えんなよォ?」


 メガネが左手3本の指をボールを握るように曲げ、俺に向けた。人差し指、中指、親指に太い金の指輪。複雑な文様が刻印されている。

 俺が何か動けば、魔法で妨害するってことか。

 逆襲するモンスターみてえな恰好しやがって。


「相変わらずやり口がきしょいな」

「穏便に済ませたいだけだァ。わかるだろ、ナガ?」


 ねちゃっとした喋り方が気に障る。

 穏便も何も、先にこういうコミュニケーションを望んだのはそっちだろうがよ。


「ああ、俺だって穏便に思い出話でも語り合いたかったよ。あれだっけな、一緒に見た花火、綺麗だったな。焼きイカが美味かった。最高だったな。あの日のプリクラ、まだ持ってるぜ」

「ありもしねェ思い出語んな」


 てめえとの思い出なんてねえからな。ないものは作るしかないだろ。


「そもそもがよ。脅しを口にした時点でこうなるのは分かってなかったのか?」


 俺の言葉に、メガネは面倒くさそうに首を鳴らした。


「たまァにいるんだよな。なりふり構わず噛みついてくる馬鹿が。どうせ後から佐藤親子を人質にとってもォ……お前はただ俺らを殺しに来るんだろうなァ」

「大正解」


「お前に声をかけたのはァ、プランとしちゃァオマケに過ぎねェ。ここで殺し合いまくんのは牡羊の会としてもデメリットがでけェ。何もしなくても、戦果はうちで総取り出来るンだ。仲直りしようぜェ、ナガ?」


 殺しておきたい。本音はこれだ。

 こういう男は、生きているだけで、いつどこでどんな不利益をもたらすか分かったもんじゃない。


 強く握りしめたドスの、白木の柄が割れた。床に放り捨てる。


 だが。ここで殺し殺されをやり続けるメリットが薄くなったのも確か。

 関の体も床に捨て、ポケットに手を突っ込んで歩き出した。手榴弾を握らされた男を筆頭に、全員が道を譲る。

 俺は無言でトイレを出た。片付けくらいはお前らがやれ。


「普通に歩くかァ、バケモノめ」


 うるせえ。


 そのままの恰好で窓口に行き、怯える職員からドローン等を受け取り、家に帰る。

 帰路、スイとあかりさんに連絡をしたところ、セキュリティを強化すると返事が来た。


 部屋の明かりを点ける。ふわふわ浮いているドローンに、脱いだフライトジャケットをかけた。買ったばかりなのに穴があいている。


 浴室に行き、100均包丁で自分を切って弾を抜いた。バスタブのふちに、潰れた鉛玉が3つ転がる。どれも貫通していない。体が頑丈なのは良いが、貫通しないせいで余分にダメージを貰った気がする。


 発散できない怒りで、体が熱い。痛みは痛みとして認識しても、気にならないくらいに感情がたかぶっていた。

 あいつ、トレインでちゃんと死んでおけ。なんで生きてんだクソが。スケルトン共も使えねぇな。


 メガネ1人も殺れないスケルトンごときに負ける気がしなくなってきた。

 連想ゲーム的に、不死の王ノーライフキングへの怒りもこみ上げてくる。


 シャワーを浴びても一向に冷めない憤怒を抱え、3発の弾丸を握りしめた。手の中で潰れたそれは、歪んだ1つの塊になっていた。



<<<<>>>>



 協会から連絡が来た。

 牡羊の会と俺たちは別行動し、地下38層で合流。その後、共同で不死の王ノーライフキングに当たるとのこと。


 先日のことは、パーティーメンバー全員はもちろん山里にも支部長えまちゃんにも伝えてある。

 案の定、上層部から圧力がかかって表沙汰にはならないようだ。まぁ、そうですよねって感じだ。


 ただ、支部長ちゃんの奮闘により、少なくとも行きは別行動が確定した。

 一緒に動けばどこで暗殺されるか分かったもんじゃねえからな。

 名目としては、バギーで移動速度が違うことや、野営の拠点となる階段のスペース問題で、トラブルが予想されるってところだな。


 準備は迅速に行った。決まった以上は先手を取り続ける他ない。

 今回ばかりは俺も細々としたものを買い揃えた。対人戦も意識し、背中に総金属製のライオットシールドを背負う。

 アンデッドが相手だ。食料に困ることも考えて、携帯食料も買い込んでいく。今回はエルフ食ったらダメらしいからな。


 バギーに分乗した面々の表情は硬い。

 強大なモンスターの討伐に加えて、人間の悪意とも同時に戦う。その緊張感がパーティーにのしかかっていた。

 エルフ? オマケだ、あんなん。


 5台のバギーのエンジンが重低音を鳴らし振動した。


「行くぞ。ダンジョンアタック開始だ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る