第33話

 いってぇな、おい。

 散々色んな命を食ってきた俺だが、それでも食われることに慣れちゃいない。

 口に入った肉片を飲み下し、吼える。


「らぁぁぁぁぁぁッ!!」


 全力の頭突き。狼男は仰け反った。その顔面を1発、2発、3発とぶん殴る。返しの右ストレートをもろに食らい、視界にチカチカと白い光がまたたいた。


「はははは、理解の欠片もない癖に、動きはまるで獣のそれだ」


 腹に馬鹿みたいにデカい剣が刺さっているくせに、狼男は笑う。


「同類だってか?」

「まさしく同類だ。どうだ、こうべを垂れて詫びるのであれば、我らの末席には加えてやるぞ」

「見えてる泥船にはカチカチ山の狸でさえ乗らねえよ」


 狼男に刺さるツヴァイハンダーをずるりと引き抜く。刀身の中ほどは刃が潰されているせいで、刺したまま切り裂くことができない。

 こぼれ落ちた内臓など意に介さぬ様子で、狼男は横合いから飛んできた火の玉をてのひらで受け止めた。


「残念だ。次はこのような小勢ではなく、より大きな戦場で相見あいまみえることとしよう」

「次なんてねぇよ」


 振り抜く切っ先は、首をねる軌道。完璧な一閃は、しかし、空を切るだけに終わった。

 変身を解いたのか。

 四つ足の狼が、くるりと体の向きを変えて走り去っていく。


 オオオオォォォォン……。

  オオォォォォォォォン……。


 逃げる狼男の吠え声に呼応するように、あちらこちらから遠吠えが響き、ライカンスロープやコボルトたちが波のように引いていく。

 現れるときの粘つくような空気とは違い、去るときはあまりにもあっさりとしていた。


 残されたのはなぎ倒された草原、コボルトたちの死体、そして疲労困憊した仲間たち。


 今回ばかりは俺も疲れた。ツヴァイハンダーを引きずりながら、倒れているヒルネのところに向かう。


「やるじゃん」

「あ〝~~~」


 仰向けのまま変な声を出している。生きてはいるようだ。


「壊れたか?」

「どどどおぐにぢが」

「何言ってんだお前」


 狼男の方が人間語上手いぞ。


「喉の奥に血が?」


 スイがしゃがんでヒルネの顔を覗き込む。ヒルネはこくりと首を動かした。


「よくわかったな」

「なんとなくね。喉に血って、仰向けだからじゃない?」


 ヒルネがぴょこりと体を起こすと、鼻血がつーっと垂れた。


「あ、なおりましたー!」

「お前、馬鹿だろ」


 顔面に強烈なのを貰った割には元気そうだ。鼻折れて変な顔になっていたりもしない。

 美人の鼻骨折は見れたもんじゃないからな。昔は深夜の歌舞伎町を歩けば、ホストに殴られて鼻からプロテーゼ飛び出してる子とかいたもんだ。それはちょっと違うか。


「で、お嬢様はどうなってるやら」

「一番重症なのはナガさんですよ。私の前に、ご自身の心配をなさってください」


 覚束おぼつかない足取りで、トウカがこちらに向かってくる。両腕には添え木がされており、顔は真っ赤だ。


「おう、歩けるのか。骨折で熱出てんな、顔赤いぞ」


 おでこに手を当てるまでもない。


「ナガさんはそれどころじゃないでしょう」


 と、言われても頑なに自分の傷口は見ない。こういうのって、ちゃんと認識した瞬間にアホみたいに痛くなるんだよな。


「あれ? 傷ふさがってない?」

「お、マジ?」


 背伸びをして俺の肩口を覗くスイ。戦闘後ってのに良い匂いがするな?

 しっかし、そんなレベルの負傷じゃなかった気がするんだが。意を決して傷口を見た。


「なんだこれ!?」


 一瞬バカみたいにゴツいカサブタかと思ったが、よくよく見ると、細い草の根のようなものが、傷を覆うようにビッシリと絡んでいる。

 キモすぎてびっくりしたわ!


「もしかして俺、人間やめた?」

「もとからやめてたけど、方向性変わってきたね」


 みんなもドン引きだ。

 これが世界樹の苗ってやつなのか? 名前の割に神聖さとかミリも感じねえし、寄生虫みたいな生態してるし、ほんとロクでもねぇな。いったいどこで寄生されたのやら。


「たまには日の光にあてたりした方がいいのか……?」

「心配するところ、間違ってない?」


 それもそうだ。なんで寄生虫の健康を気にしなきゃいけないんだ。


「その、なんていうか。本当に大丈夫、ですか?」


 ヒルネが気遣うような表情を見せた。トウカは聞いていないが、スイとヒルネは狼男とのやり取りを知っているんだもんな。


「正直わかんねぇな」

「そんなぁ」


 泣きそうな顔すんな。まだ出会ってから日も浅いだろうが。


 勝手に他の生き物の体にみついて、生物種としての枠を超えた力を発揮させる。そんなものが良いわけがない。なんて思いはするが、俺が世界樹の苗とやらに寄生されていなければ、今回のヤマはキツかったのも事実。


 人間もモンスターも強化する世界樹の苗。

 モンスター同士の世界のダンジョンで、生態系に大きな変化が起きていること。

 知性のあるモンスターが地上を目指していること。

 それだけ広大かわからないこの階層のモンスターが一個の軍にまとめ上げられたら、どれだけの規模になるのか。


 考えなければいけないことが多すぎる。

 そして、そのどれもが俺たちだけの手には余る。

 探索者ライフが始まったばかりなのに、随分と大きなトラブルに巻き込まれちまったな。


「山里ォ!」

「はいはい、聞こえてるぞ」


「全員無事か?」

「細かい傷は幾つもあるが、デカい負傷はそっちのヒーラーちゃんが治してくれたぞ」


 俺に自分の心配をしろと言う割に、自分の怪我を押して他人の治療をしてるんじゃねぇか。


「うちの子に無茶させんな。殺すぞ」

「流石に理不尽だろ!」


 何はともあれ、俺たちは全員無事で生き残ったようだ。妙な結束感が生まれたような気がして、俺たちは笑った。



:笑うと歯が真っ赤でこわひ……

:北京原人同士の共食い怖すぎた

:家の近くにダンジョンの入り口あるから、今すげえ不安

:北京原人の体大丈夫か?

:理不尽で草

:これ、勝ったってことでええんか?



 終わったと判断したドローンが近づいてくる。今となっては見慣れた、戦闘の決着を告げる景色だ。


「帰ろう、地上に」


 スイの言葉に、全員が頷いた。

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