第16話

「ダンジョンでこうして会えて良かった。君のおかげで、人間社会に戻ってこれた」


 頭を下げる。


「あ、いえ。こちらこそ救っていただきました」

「私たちからもお礼申し上げます。仲間を失うところでした」


 スイと仲間の少女たちも一緒に頭を下げた。


「お互い様ってことだな。スイは俺の恩人でもあるんだから、敬語は不要だ。他の2人は敬語使えな?」


 冗談交じりに笑いながら言うと、少女たちは曖昧な笑顔を浮かべた。ちょっと引かれてるか?

 初対面の2人は俺のことを知っているらしい。トレインから撤退した後、スイの配信を見ていたようだ。逆に俺は2人のことを全く知らないため、紹介してもらう。


 黒のラバースーツみたいな戦闘服と短弓に短剣。見るからに斥候職せっこうしょくの恰好をした少女はヒルネちゃんというらしい。

 小柄で細身のからだに、ショートの癖っ毛。目はアーモンド型で大きく、猫のような印象を感じる。

 偵察、探索、哨戒を得意としているようだ。見たまんまだな。


 全身鎧とメイスで、さながら重装騎士といった見た目の少女はトウカ。薄いピンクゴールドの長髪は派手な印象だが、糸目のせいか、穏やかな印象を受ける。

 鎧の耐久を活かした正面戦闘が得意なのはもちろん、支援魔法バフや回復魔法まで使えるそうだ。昔のゲームでいうところの殴りヒーラーって感じか。


 それぞれの自己紹介を終え、風呂に入って着替えてから、適当に食料を漁った。レトルトばっかりか。流石にダンジョンに生野菜とかは置けないもんな。

 パウチに入った五目御飯を手にベンチに戻ると、スイに声をかけられる。


「ナガさんはこの後どうするの?」


「んー、特に考えてないな。金がないから、とりあえずここに来て飯食おうと思ってたんだよ」


「ご飯のためだけにダンジョン潜るんですね」

 トウカが苦笑した。

 変なことかね。どんな仕事も環境も、詰まるところは飯を食うためだぞ、お嬢さん。


「特に依頼とかもないなら、途中まででも一緒に行かない?」

 スイに誘われる。


 もともと稼げるくらいの階層までは潜るつもりだったから、アリかもしれないな。

 ひよっこ2匹拾って実感した。自分らしくない行動をとった理由には、人寂しさみたいなものがある。また変なひよっこを拾うくらいなら、実力を知っているスイと行動した方が良さそうだ。


「見事な撤退戦してたからな、こちらとしても安心だ。ヒルネとトウカは大丈夫か?」


「もちろん大丈夫~! 今をときめく話題の北京原人さんの戦いを生で見られるんだし!」

「先にこちらで話していたんですよ。もちろんわたくしも大丈夫です。よろしくお願いいたします」


 話はまとまった。



:北京原人きちゃ~

:男いらんて

:小奇麗にされるとわからんくなる

:汚くして♡

:北京原人のダンジョンアタック見れるのか

:スイちゃんたちが心配です

:北京原人の配信探すか。本名出てたしすぐ見つかるだろ



 コメントの反応も好意的だな。

 軽く装備の確認と役割分担、探索スケジュールを打ち合わせてから、俺たちはそれぞれ休憩スペースに移動し、拠点に1泊した。


 スマートウォッチの時計によれば午前5時。俺たちは拠点を出発した。

 地下30層まではだいたい薄暗いから昼夜は関係ないが、体調を維持するという意味で、生活リズムは大事にした方が良い。


 地下20層。

 ひよっこ2匹を連れていたときと打って変わって、探索は順調なものだった。

 ぶちのめしたスケルトンの腕から、青銅製のブレスレットを抜き取り、ドローンに吊るした箱に放り込む。既に幾らか入っている金属製品に当たって、ガシャンと高い音を立てた。


「さっきから何でガラクタばっかり集めてるの?」


 スイが不思議そうにする。


「銅ってまぁまぁな値段で売れるだろ。銅合金の中でも砲金――青銅は需要が上がってたんだが、今はそうでもないのか?」


「売れないこともないと思うけど、それ目当てで潜る人は見たことないよ」


「じゃあ何を持って帰るんだ?」


「スマートウォッチの探索者用アプリ開いたら、何が幾らで買い取りされてるか出てるよ。この辺りの階層だと、書物やレリーフ、石板なんかの文字が刻まれたものが高値で買い取られてるね」


「はぁ!?」


 大昔のダンジョンは、草の1本でも持って帰れば売れた時代がある。とにかく何でもかんでも研究資料になったわけだ。それから徐々に買い叩かれるようになった為、値段が安定している金属なんかの資源をとってくるのがメジャーになった。

 それが今では文字が刻まれたものか。どおりで扉の表札なんてもん、わざわざ剥がしているなと思ったよ。


「文字の解読が進めば、魔法言語の理解が深まりますから。今や魔法技術は国力の指標にもなる、重大な知的資源です」


「そりゃ納得だ」


 200キロ積載して無音で追従し、長期間の連続稼働ができるドローンなんて、科学だけでは実現困難な代物だ。それを平気でバンバン配れるんだから、魔法技術のなんと偉大なことか。


「ただ、魔法を使うのに魔法言語の理解が必要ってんなら、モンスターにも知能があるってことなのかね?」


 キン。

 短弓の弦音つるねが鳴った。咄嗟とっさに振り返ると、周囲の警戒をしていたヒルネの放った矢が、スケルトンの骨盤をピンポイントで破壊した。


「スケルトン3、スケルトンファイター2、スケルトンチャンピオンが1体! 鬼火は赤! やばいかも~」


 崩落した厩舎きゅうしゃみたいな廃屋の陰から、ぞろぞろと鬼火の列が現れた。毎度お馴染なじみスケルトンに、金属鎧と長槍で武装したスケルトン。そしてピッケルハウベ――頭頂部につのがついたかぶと――をかぶった、身長2.5メートルくらいある巨大なスケルトンだ。


 ってヒルネのやつ、姿が目視できる前にモンスターの編成言っていなかったか?


「今のは魔法で調べたのか?」

「そう! です! 説明は後でしまーす!」


 続けての矢は、スケルトンが振った剣に斬り払われる。


『セ オエ テ イア アイ アヴァツ エ マナ リ』


 トウカが詠唱し、俺らの武器に白い光が宿った。これが支援魔法か。



:まーたワンダリングボス?

:前回のトラウマが

:はきそう

:北京原人なんとかしろ



 ちらりと横目に映ったドローンにはそんなコメントが流れていた。

 彷徨う実力者ワンダリングボスか。スカした呼び方してるんだな。


『アフィ レ オ マロシ』


 スイが撃った火球を狼煙に、俺たちとスケルトン軍団は激突した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る