第14話

 こいつらの実力だと、地下15層の拠点に着く前に勝手に死にそうだが、帰るよう言ってあげる筋合いもない。

 スイの同級生ということだが、別に死んだからって寝覚めが悪いとはならない。そもそも、最後に一緒に仕事した仲間が3人死んでいるからな。ダンジョン内での他人の生死に思い詰めていたら、長持ちしない。


 バールのようなものでコボルトを蹴散らして進んだ先は、地下7階層。この辺りからダンジョンの空気が変わる。化学的に。ようはにおいが違ってくる。

 ダンジョン内でのにおいの変化は重要だ。出てくるモンスターの種類や環境の変化を示唆する、大きな情報源になる。

 北国出身のやつが「雪の日の匂いがする」とか言い出して、なんのこっちゃと思っていたら、スノーゴーレムが出たときにゃ流石に驚いたもんだ。


 正面からゆっくりと、ぎっくり腰のジジイみたいな動きで、全身に包帯を巻いた死体が歩み寄ってくる。

 マミー。ゾンビとの最大の違いは「腐ってはいない」といったところか。なんなら防腐剤と思われるハーブやらのいい匂いがする。


「オラァッ」


 動きの遅さにナメてかかったか、れん君がウキウキで斬りかかった。が、ショートソードはマミーの肩口に少しだけ食い込み、あっさり止まった。追加で何回か殴るように剣を振るうが、全く有効打になっていない。


「なん、っだこいつ。かてぇ!」


「当たり前だろ。ミイラだぞ。全身ビーフジャーキーみたいなもんだ」


 色んな汚れがついてカピカピになった布を全身に巻いて、中身はクソデカビーフジャーキーって考えたら、よほど上手くやらんと切れないに決まっている。


「どけ、邪魔だ」


 蓮君が下がる。指示にキビキビ従えるのは良いことだ。

 バールのくぎ抜き部分を思いっきり側頭部に叩きつけると、先端がぐしゃりとマミーの頭に埋まった。びくん、と痙攣けいれんしてから倒れる。


 あれこれ言ったが、生身の人間と同じく、頭部はきたえられないからな。眼窩がんかを突くなり、頭蓋骨ずがいこつごとカチ割るなり、とにかく頭をぶっ壊すのが早い。


 アンデッドの嫌なところは、持ち物がなければ、倒しても何も手に入らないってところだな。人間の死体なんて最も利用価値がないし、わざわざダンジョンで集めずとも、地上で毎日たくさん人は死ぬ。


 マミーはたまに副葬品と思われる宝石を身に着けているが、だいたいが低品質なヒスイ・メノウ・トパーズだ。んなもん持ち帰っても買い手がつかない。


「頭を壊せ。次からマミーはお前らがやれ」


「うす」「はい」


 俺は楽できるし、こいつらは経験を積める。ウィンウィンだ。


 地下9層。

 さらに臭いが変わってくる。コボルトの獣臭さ、マミーのハーブの香りに加えて、明確に腐臭がただよってくる。


 ずるり。ずるり。湿ったものを引きずる音が、階層のあちらこちらから聞こえてくる。

 何が出てくるのかを知っているようだ。ひよっこ2人も顔を白くしている。ダメだぞ、ダンジョンで活動するならグロ耐性はつけないとな。


 地下10階層への最短ルート上、薄暗がりに現れたのはフレッシュゴーレムだ。

 見た目は、全身の生皮を剥がされた人間を5体ほど、乱雑に丸めてくっつけたような姿。

 飛び出た手足を器用に使って、芋虫のようにいずってくる。通ったあとには血と肉片の道が出来あがる。


 こいつはアンデッドのような見た目だが、その実、分類は有核種。スライムとかと同じだ。

 コアから伸びた触手が死体に食い込み、中から動かしている。


「こいつの倒し方は何種類もあるが、お前らにとれる選択肢は実質2つだな。1つ目が、全力で取っ組み合って死体を引っぺがす。全身が体液まみれになるが、健康な男子ならまず負けない」


 2人は泣きそうな顔で首をぶんぶん横に振った。根性なしめ。


「もういっこは、核に当たるまで、武器を突き刺しまくることだな。効率が悪く時間がかかる」

「「そっちがいい」です」


 魔法で吹き飛ばせたら一番楽なんだけどな。あとバールみたいに、引っかけられるタイプの道具があれば、直接触らなくても倒せる。


 この手の動きが鈍いモンスターは、1人に敵意ヘイトが向くと、周囲にいる全ての同種のモンスターがそいつを標的にして動き出す。高い耐久力にものを言わせて、ゆっくりと集まりながら取り囲んで、数で包囲してなぶり殺すのだ。


「そんじゃ頑張れ! 前後から来るだろうからな。ちゃんと分かれて処理しろよ」


 なんて言ったそばから、背後にもフレッシュゴーレムが現れる。れん君が前、康太こうた君が後ろを受け持ち、必死にフレッシュゴーレムを突き刺した。


「何体来るんだよ、これ!」


「もう! 腕が! 痛いです!」


 返り血まみれの2人の泣き言が聞こえる。通路の前後には、人体換算で30体ずつくらいの肉が転がっている。こりゃあ返り汁を浴びていなくとも、服に臭いが染みつくだろうな。

 ということは、そろそろ俺の出番か。前に進めればいい。後ろは無視だ。


「康太! そっちはもう良い! こっちに来い!」


「はい!」


 叫ぶような返事が返ってくる。大きな声に慣れていなくてひっくり返っているが、頑張る男の声だな。


「蓮は下がれ!」


「うす!」


 ひよっこ2人を回収して、背中に庇う位置に立たせた。


 山積みになっていた死肉がうぞうぞと一斉に動き出す。それらは砂鉄に磁石を落としたかのように、無秩序に、とにかく最短距離でまとまり、潰れ、大きな肉の塊になった。

 砕けた骨が組み合わさり、隙間だらけだが螺旋らせん状の甲殻こうかくを作り出す。そこにひき肉が集まっていき、巨大な腐肉のカタツムリの形をとった。


「冒険者時代はタルタルゴーレムって呼んでたやつだな。知ってる?」


 ひよっこは青ざめた顔を左右に振った。なんだ、知らんのか。

 高さ4メートルってとこか。まぁまぁだな。


 ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ……。


 タルタルゴーレムのあちらこちらから触手が生え、威嚇するように振動した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る