第4話

 突然の疑いに俺は頭を抱えた。

 結構な年月が経っているはずだから、そりゃ色々と変化はあったと思う。ただ、こんな最先端でございますって感じの機械が、一般常識というか、なんなら免許証みたいな扱いになっているなんて思いもしなかった。

 流れてるコメント的なものからして、動画配信者とかの最新機材かなってくらいに思ったんだよ。


 目の前の少女――スイだっけか。の見た目もいかにも育ちが良さそうな美人さんで、姫騎士みたいな服装しているから、金持ちのガキの道楽かな、なんてな。


「えーと、あのな。おじさんを疑うのはわかるんだけど、落ち着いて聞いてほしい。俺がダンジョンに入ったのは、西暦で2025年頃のことだ。当時は義務とかそんなの無かったし、なんなら法的な整備が全然進んでなかったんだよ」


 これは本当だ。

 ダンジョンの入り口は、本当に世界中の色んな場所に突然生えてきた。コンビニくらいのサイズ感の、謎の真っ黒な素材でできた小さな建物だ。これが既存の建物をぶち壊して生えてきたり、渋谷のスクランブル交差点に生えてきたりして、世の中は大混乱になった。


 法整備も進まぬまま、都市部では警察や自衛隊が見張り、田舎なんかではやっつけ工事の金網で塞がれるだけだったダンジョン。

 行政と立法の対応が追い付かないまま、海外からの情報により、中で得られる物の有用性だけが広がっていったんだ。


 規制されていなければすなわち合法。

 就活に失敗していた俺だったり、派遣法の改正で日雇いができなくなったおっさんだったり、そういった食い詰め物達は、ゴールドラッシュかのようにダンジョンに押し寄せた。


「2025年? もう25年も前の話じゃないですか!」


「25年も経ってたの!?」


 ということは、今2050年!?

 リアル浦島太郎じゃん。というか俺、人生の3分の1ダンジョン確定!?

 ダンジョンに入ったのが23歳のときだから、もう48歳なのか。



:流石に嘘だろ

:いうて見た目で年齢わからん……

:原始人すぎて信ぴょう性あるw

:25年間もダンジョンで生き残れるわけない

:そこはほら、原始人だから



 スイはパニくっている俺を見て、大きく溜息をついた。


「その話が嘘か本当かは、外に出れば警察が調べてくれると思います。先ほど助けていただいた恩もありますので、外までは案内します。ただし、今の距離から近寄らないようにお願いします」


「案内してくれるだけで十分ありがたいよ。それに、たぶんだけど、おじさんめっちゃ臭いからね」


 深層の水場で返り血をちゃちゃっと流すだけの日々だったからな。

 体をこするような布なんてないし、悠長に水に浸かっていられるほど、深層の水場は安全じゃない。なんか細長い魚がめっちゃ股間のあたりに集まってくるんだよな。あれたぶん、気づかなかったらエグイことになるタイプのやつだ。


「ええと、15層にかなり設備が整えられた拠点があります。無駄遣いはできませんが、そこでなら簡易ですがシャワーを浴びることもできますよ」


「マジで!? うはぁ、25年ぶりのシャワーじゃん」


 スイは露骨に嫌そうな顔をした。年頃の女の子にとっては恐ろしい話だろう。


「それに拠点には施錠できる休憩用の個室があるので、今日中にそこまで行っておきたいですね」


「あっ、そういう。確かにね、なるほどね」


 女の子なんだし、そういう不安もあるのか。

 俺からしたら「うひゃア、久しぶりのニンゲンだッ!」って感じだけど、スイ側からしたら、ダンジョンに現れた半裸の不法侵入嘘つきおじさん(戦闘だけ強い)だもんな。

 キモイとかじゃなくて怖いわ、これ。地上まで案内してくれるってだけで、相当優しいのかもしれない。


「そうと決まれば、ぱっぱ行くか」


 水は体に染み込んだ。休憩は十分だ。

 俺たちは地上に向かって歩き出した。



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 17階層。崩れた建物がまばらに並んでいる区画。

 そういえば、俺がトレインに巻き込まれたのがこの辺りだったような気がする。気がするだけかもしれない。


 ダンジョンは入り口こそたくさんあれど、どこからどこまで1つのダンジョンなのかはっきりわかっていない。東京の井之頭公園のダンジョンから入ったやつが、延々とさまよった末に、埼玉県の上尾市から出てきた、なんて話もある。

 マシな方で日雇い労働者、悪くて野盗みたいなのばっかりが潜っていた当時、ちゃんとマッピングできる賢い奴なんかいなかった。手書きの雑な地図で潜っていたんだ。

 そんな調子で、広大なダンジョンの場所を正確に把握するなんて不可能だ。


「当時はそんな感じだったんだよなー」


「えぇぇ」


 記憶もだいぶ薄っすらしてきているが、道中の暇つぶしで当時の話をしていると、スイがドン引きしていることがアリアリと伝わる声でリアクションしてくれる。

 口頭で道を指示しながら、俺を先に歩かせる警戒っぷりだが、話をちゃんと聞いてくれるのがなんだか嬉しい。


 崩れた建物の陰から、2体のモンスターが飛び出してきた。

 ハゲたチンパンジーのような見た目で、粗末な腰巻と、骨のネックレス。手には1メートルくらいの短い槍を持った、二足歩行のモンスターだ。


「お、ゴブリンじゃん。懐かしいね~。当時、こいつに殺されたやつがめっちゃいてさ」


 手斧を投げつけ、速やかに1匹を殺害。2匹目が飛び掛かりながら突き込んできた槍を掴むと、振り回して壁に叩きつけた。前蹴りで顔面を潰して、こいつも撃破だ。手斧を回収して、また歩き始める。


「こいつら、めっちゃ力強いし、顎の力半端ないし、素早いし、地味にタフだしな」


「確かに、それはそうかも……」


 お、スイもゴブリンに苦戦したクチかな?

 こいつらファンタジー作品だと雑魚代表みたいなツラして出てくるくせに、リアルだと中層最強まであるからな。

 武装して群れ作ってブチ切れ散らかしているチンパンジーって想像すれば、とても素人には相手できない強モンスターだってわかるだろう。


「私のレイピアだと、急所に刺さないと倒れないし、変なところに刺さったらなかなか抜けませんから……」


「あー、確かに」


 刺突武器は非常に強力だが、筋肉質な相手には、刺すと抜きづらいというデメリットがある。まあ、斬撃系は毛皮に効きづらいし、打撃系は致命傷を与えるのが大変だったりするから、どれも一長一短なんだけど。


「魔石がとれるので美味しいといえば美味しいんですけどね」


「あー、なんだっけ。妖精種、みたいな分類って今も使われてんの?」


「使われていますよ。といっても、分類が簡単じゃないので、未だに曖昧なところが大きいですが」


 モンスターにも分類学を当てはめよう、みたいな考え方が昔にはあった。が、アンデッドの登場であえなく頓挫。そこで新たに提唱されたのが、モンスター専用の分類学だ。


「有核種、妖精種、不死種、獣種、だったったけな。のでもって、ゴブリンみたいな人に近い姿で魔石がとれるのが妖精種っと」


 魔石というのは、モンスターの背骨の一部が変質した、よくわからんものだ。ゴブリンだと頸椎の1つが、無色透明なガラス質に変質している。

 こいつを上手いこと加工して、なんやかんやすると、魔法を使えるようになるらしい。俺が仕事で組む仲間に魔法使いはいなかったから、詳しいことは知らん。


「竜種と魔獣種が、昔は合わせて獣種と呼ばれていたこと、よくご存じですね」


「その昔の人なんだわ」


 どうやら信じてくれていないご様子で。リアクション的にそろそろ信じてくれた頃だと思ったんだが。

 そんな調子で、俺が適当にモンスターをぶっ飛ばしながらくっちゃべり歩いていると、気づけば15層に入っていた。

 15層は4階建てくらいのレンガ造りの建物が延々と並ぶ市街地って感じだ。

 拠点まであと少し。

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