第27話

「妻と娘は関係ない。だからやめてくれ……」


呻くように呟く伯爵の声に、今にも夫人の口に中身が零れ落ちそうになっていた小瓶を遠ざける。


「話す気になった?」


「……」


安堵の息を漏らしている夫人に目を向けることなく伯爵に声を掛けるも、伯爵は俯いたまま黙っている。


「話さないなら、やっぱり奥さん達にもワインの試飲してもらうけど?」


「…………わかった。全て話す。だから妻達は……」


長い沈黙の後、ようやく伯爵が口を開く。


「アレク、ジェイク」


私の言葉に無言で頷くと、アレクとジェイクが夫人とレミアを支えるように立ち上がらせる。

たぶん腰抜けてまともに歩けないだろうからね。


「この二人はもういいよ。連れて行って」


「かしこまりました」


「ご配慮、感謝する」


不安そうに何度も振り返りながらアレクとジェイクに連れられて行く妻子をじっと見ていた伯爵が、二人の姿が地下室から消えたタイミングで口を開く。


「まぁ、あの二人は関係ないだろうなと思ってたしね。感謝されるようなことじゃないよ」


「無関係とわかっていながら毒杯を平然と飲ませようとなさるとは……。

噂以上に恐ろしいお方だ」


「あんまりやったことないやり方だけどね。

伯爵がどんな反応するか興味があったからためしてみたの。それだけ」


「……」


その言葉を聞いて伯爵がどう思ったかはわからない。

まぁ、人でなしとか悪魔とか思われたのかな。

どうでもいいけど。


でも、思った以上に効果はありそうだけど、私の楽しみがないからいまいちかなぁ。


「……手紙が届いたのだ」


そんなことを考えていると、伯爵がおもむろに話し始める。

ちらりとヒギンスに目を向けると、しっかりと伯爵の言葉を書き記している。うん、さすが。


「差出人はわからん。

その手紙には、ヤマムラ部隊長殿を夜会に招いて毒殺せよとだけ書かれていた」


「あの毒も手紙と一緒に?

それと、なんですぐに騎士団なりに届け出なかったの?」


私の言葉に、伯爵は表情を歪める。


「あぁ。毒も同封されていた。

私も最初は馬鹿馬鹿しいと思ったし、すぐに騎士団に届け出ようと思った。

だが……」


「だが?」


「妻と娘の部屋に何者かが侵入した痕跡があった。

そして、私の執務室の机にもいつの間に置かれたのかわからない手紙があった」


あぁ、そういうことね。


「それには、いつでも妻子を殺せると書かれていた。

騎士団へ通報しようものなら、妻と娘が殺されてしまうのは明確だった。だから……」


「その手紙は?」


答えはわかっているけど、念の為確認する。


「全て燃やした。そうするように書かれていたからな」


「やっぱりそうだよねぇ……」


さて、どうしようか。

伯爵が言ってることが真実だって証拠はないけど、たぶん嘘は吐いてない。勘だけど。


もちろん、脅されていたとは言っても私に毒を盛った事実は変わらないし、この国の法に則ればその罪は重いんだけど。


でも、こういう人で遊んでも楽しめないんだよね、私が。


「私はどうなっても構わない。

ヤマムラ部隊長殿にしたことはどんな理由があっても許されないことはわかっている。

だが、妻と娘だけは……」


「うん、わかってるよ」


私は伯爵の言葉に、それだけ答えた。

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