第16話

「ヤマムラ部隊長殿!!」


訓練を見学し、その後のひたすらサインするだけという事務仕事も終えた私は、王妃様に挨拶だけしてから帰ろうと王城の廊下を歩いていた。


王城に来たのに顔を見せないと王妃様拗ねちゃうんだよね。

それに会いに行けば、確実にお土産にお菓子貰えるし。


そんな私に珍しく声を掛けて来る相手がいた。

王城で会う人は、ほとんどが私を怖がって近寄ろうとすらしないのに。


何処と無く切羽詰まった様子の声に、私の後ろを歩いていたヒギンスとカレンが私を庇うように前へ出る。


ちなみに、何故二人が一緒にいるかと言うと、ヒギンスはサインするお仕事の手伝い。

カレンは自称私の護衛だかららしい。

大抵の相手なら自分で簡単に対処出来るし、何より一応は『流れ人』で国家レベルの保護対象らしい私に何かしようとして来る人なんて、そうそういないと思うんだけどね。


「あなたは?どちら様?」


そんな二人の隙間から、ひょこっと顔を出して声を掛けて来た相手を見る。


40代くらいの恰幅のいい男性で、身なりからして貴族に見えるけど知らない顔だ。

まぁ、覚えてないだけかもしれないけど。

貴族には良いイメージもないし、何より興味ないからね。


「これは失礼致しました。

私はノートマン伯爵と申します。

先日、娘がヤマムラ部隊長殿に王城でご無礼をしたそうで……」


「私に?」


ノートマン伯爵の言葉に記憶を辿る。

最近、特に誰かに何かされたような記憶はない……と思ったところで、あることを思い出す。


「もしかして、声が出せなくなってたり?」


公爵を拷問した日、陛下に報告へ行く途中に出くわした令嬢の集団を思い出した。

こっち見てヒソヒソ言ってるのが鬱陶しかったから、全員声を出せないようにしたんだよね。

すっかり忘れてた。


「え、ええ。仰る通りです」


私の言葉に頷くノートマン伯爵。

どうやら、あの集団の中に娘さんがいたらしい。


「それなら、もう何日かで声も出るようになるはずですよ」


私の言葉に、ノートマン伯爵は露骨にほっとした様な顔をする。

もしかして、一生そのままとか思ってたのかな?


まぁ、とにかく伯爵の不安は取り除けただろうからもう用はない。

私は早く王妃様のお菓子を食べたいんだ。


「あ、お待ちを!」


さっさとその場を立ち去ろうとする私に、ノートマン伯爵が食い下がる。

何よめんどくさい。死にたいのかなこの人。


私が少しイライラし始めたのを感じたのか、カレンがぽんぽんと肩を叩いてくる。

チラリと見上げると、にかーっと満面の笑みを浮かべているものだから、私も毒気を抜かれてしまう。


「まだ何か?」


めんどくさいのを隠す気が全くなく言う私だけど、伯爵はそれに気が付いている様子は全くない。

無表情の弊害だなこれは。


「娘のご無礼のお詫びに、ヤマムラ部隊長殿を我が家で開く夜会に招待させて頂きたいと思っておりまして……

どうか……どうか何卒ご出席願えませんでしょうか?」


「……」


そう言うや、グイッと目の前に招待状を突き出して来る伯爵。

え、やだよめんどくさい。

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