君を潤す湿度

獅子吼れお🦁Q eND A書籍版7/25

潤いが足りない、物理的な意味で

「あっちいな……」

 狭いサウナの中、私の隣で汗を流しているのは、クラスで一番イケメンの砂川くん。いつもオールバックにしている髪を下ろして、しかも頬を上気させて息を荒くしている。

「おい、漆間うるま。これで本当にいいんだな……?」

 不機嫌そうに言いながら、ぐい、と彼は私に顔を近づけてくる。距離が近すぎる!元々密着状態なのに!私の心拍数も、サウナの熱で上がっている以上に急上昇。

 ああ、神様、なんでこんなことになってるの?!



 それはこのお話の主人公、高校1年生の女の子、漆間さつきの家が銭湯で、同じクラスの砂川くんが、家のお風呂が壊れたとかで銭湯に入りにきたからです。話の流れで「サウナなんて暑いだけだろ」と言った砂川くんにさつきが反論したところ、さつきの両親が「じゃあいっしょに入ったら?」とか言い出したのでした!ちなみに、二人とも岩盤浴で使うみたいな服を着て入っているので青少年の何らかもご安心ですね!



 神様ありがとう!でも今必要なのは『これまでのあらすじ』じゃなくて、私のドキドキを鎮める方法なんです!

「しかし、女といっしょに入れるサウナがあるとは思わなかったぜ……」

「さ、最近はけっこうあるんだよ、サウナシアターって名前で、男女いっしょにアウフグースを受けられたりとか、横浜の『スカイスパ』とかに」

「……お前、サウナのことになるとよく喋るのな」

 そう言って、砂川くんはフっと笑った。

 あー喋りすぎちゃった!私のバカ!ていうか、笑った?!砂川くんが?!いっつもイライラ、ギスギス、ガサガサしてる砂川くんが?!

「ご、ごめん。うるさかったよね。サウナは静かに入りたいよね」

「そういう話じゃねえよ……うるせえけど」

 砂川くんはまたちょっと不機嫌そうにいうと、ふいっと顔をそらした。怒らせちゃったかな……?

 二人のちょっと気まずい沈黙を、じゅうわあ、とオートロウリュの音が流した。ああ、神様、ありがとう!なんていいタイミング。



 私に感謝するより砂川くんのことを気にかけたほうがいいですよ。そういうとこですよ、さつき。



 え、神様それってどういうこと?

「で、もう入って10分ぐらいたつぞ。もうそろそろ出ていいか?」

 そうだった、もうけっこう時間がたっていたのだった。ドキドキしっぱなしで忘れてたけど。

「う、うん、そろそろ出ようか。しっかりあったまったよね?」

「十分すぎるぐらいだ。で、どーすんだよ。このまま水風呂はいんのか?あれも嫌いなんだよ足痛くなるし」

「大丈夫、そのまま外気浴しよう。今の時期は外が涼しいから」

 私たちはうちの銭湯自慢の外気浴スペースに出る。うちにはクールダウンできる冷凍サウナもあるんだけど、せっかく冬なら外気浴のほうがいいよね。

「あー……」

 砂川くんと長椅子に並んで座る。火照った体に冬の風が気持ちいい。彼もいっしょに、目を閉じて放熱感を楽しんでいるようだった。

「ど、どう?砂川くん」

 私はやっぱり、まだちょっと話しかける時ビクビクしちゃう。砂川くんって、いつも当たりが強くて怖い男の子だと思ってたから。

「……親父がサウナ気に入ってたの、わかるわ」

「お父さん……?」

「もう死んじまったけど、ここのサウナ気に入ってずっと来てたんだろ」

「……え!?あのおじさん……そっか、亡くなって……ごめん、気づかなくて」

「お前が謝るこっちゃねえだろ」

 砂川くんは、長椅子を横に使って寝っ転がった。背高いとほぼ全部使うんだ。

「そっから、ウチなんかちょっとギスギスしてて……お袋もいつもカリカリしててさ。でもなんか、今日ひさびさにゆっくりしたわ」

 彼の目元が、少しだけゆるんだ。そんな顔もできるんだ。

「なんつーの。ささくれがふやけた感じ。漆間、ありがとな」

 あ、かわいい。

「えっ、あ、いやいや!う、うちのサウナがすごいだけだから!」

 あーもう!サウナに入ってもないのに、心拍数が上がっちゃう!こんなんじゃ外なのにととのい散らかしちゃうよぉ!

「おーい、さつき。男湯サウナ、あったまったぞ」

 パパが外気浴スペースに顔をのぞかせた。なんだかニヤついてる。男湯サウナが故障したからって共用サウナを使わせたのはパパなんだけど、ほんとか疑わしい。

「あざっす……じゃ、俺、サウナはいってくわ」

「うん。ゆっくりしていってね」

 砂川くんの、あんな表情を見られたのは、もしかしたら私だけかもしれない。そんなことを思うと、どきどきするような、あったかいような、そんな気持ちになるのだった。

 これでサウナを気に入って、またきてくれたらいいな。

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